マリオ・フリック

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マリオ・フリック Football pictogram.svg
AUT vs. LIE 2015-10-12 (194).jpg
名前
カタカナ マリオ・フリック
ラテン文字 Mario Frick
基本情報
国籍 リヒテンシュタインの旗 リヒテンシュタイン
生年月日 1974年9月7日(42歳)
出身地 クール
身長 183cm
体重 79kg
選手情報
ポジション FW (CF)
利き足 右足
ユース
1982-1990 リヒテンシュタインの旗 バルザース
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1990-1994 リヒテンシュタインの旗 バルザース 97 (49)
1994-1996 スイスの旗 ザンクト・ガレン 60 (11)
1996-1999 スイスの旗 バーゼル 80 (30)
1999-2000 スイスの旗 FCチューリッヒ 41 (7)
2000-2001 イタリアの旗 アレッツォ 23 (16)
2001-2002 イタリアの旗 ヴェローナ 24 (7)
2002-2006 イタリアの旗 テルナーナ 133 (44)
2006-2009 イタリアの旗 シエーナ 88 (13)
2009-2011 スイスの旗 ザンクト・ガレン 41 (5)
2011 スイスの旗 グラスホッパーズ 8 (1)
2011-2016 リヒテンシュタインの旗 バルザース 69 (7)
1990-2016 通算 664 (190)
代表歴2
1993-2015 リヒテンシュタインの旗 リヒテンシュタイン 125 (16)
監督歴
2012- リヒテンシュタインの旗 バルザース
1. 国内リーグ戦に限る。2016年11月27日現在。
2. 2015年10月12日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

マリオ・フリックMario Frick, 1974年9月7日 - )は、スイスクール出身の元リヒテンシュタイン代表サッカー選手、現サッカー指導者。現役時代のポジションはFW

リヒテンシュタイン代表歴代最多出場記録、最多得点記録を持つ。同じくサッカー選手であるヤニク・フリック英語版は息子。

経歴[編集]

1990年リヒテンシュタインFCバルザースでキャリアをスタート。1994年から市民権を持つスイスのクラブチーム、FCザンクト・ガレンFCバーゼルFCチューリッヒでプレー。2000年イタリアセリエC1ACアレッツォに移籍。イタリアでプレーする最初のリヒテンシュタインの選手となり、23試合で16得点を挙げた。

2001年セリエAエラス・ヴェローナFCに移籍。アルベルト・マレザーニ監督による3-4-3の攻撃型フォーメーションの前線をアドリアン・ムトゥマウロ・カモラネージと形成した。24試合で7得点を挙げるが、チームはセリエBに降格。シーズン終了後、セリエBのテルナーナ・カルチョに移籍。テルナーナで4シーズンプレー後、ACシエーナに移籍し再びセリエAでプレーした。

2009年6月、古巣のFCザンクト・ガレンと契約。2011年1月、グラスホッパー・クラブ・チューリッヒに移籍。2011年7月にFCバルザースに復帰し、2012-13シーズンより同クラブの選手兼任監督に就任した[1]。2015-16シーズン限りで現役を引退し監督に専念する[2]

代表歴[編集]

1993年10月、エストニアとの親善試合で代表デビュー。以来、リヒテンシュタイン代表の中心選手として、ドイツとの親善試合や、EURO2008予選・スウェーデン戦、2010ワールドカップ予選・フィンランド戦などでゴールを決めている。

2010年9月7日、EURO2012予選・スコットランド戦でゴールを決め、最多得点記録を15に伸ばした。翌2011年8月10日ファドゥーツで行われたスイスとの親善試合でリヒテンシュタイン代表として通算100試合出場を達成した。

タイトル[編集]

個人[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Vereinschronik des FCB”. FC Balzers. 2016年11月27日閲覧。
  2. ^ Il Liechtenstein rimane targato Frick: dopo il ritiro di Mario, l'esordio di Yanik”. Goal.com (2016年10月7日). 2016年11月27日閲覧。

外部リンク[編集]