ホルディ・アレッセ

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この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はアレッセ第二姓(母方の)はカスターニェです。
この記事の項目名には以下のような表記揺れがあります。
  • ジョルディ・アレッセ
ホルディ・アレッセ
Jordi Arrese
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基本情報
フルネーム Jordi Arrese Castañé
国籍 スペインの旗 スペイン
出身地 バルセロナ
生年月日 (1964-08-29) 1964年8月29日(55歳)
身長 175cm
体重 65kg
利き手
ツアー経歴
デビュー年 1982年
引退年 1996年
ツアー通算 10勝
シングルス 6勝
ダブルス 4勝
生涯通算成績 307勝322敗
シングルス 224勝210敗
ダブルス 83勝112敗
生涯獲得賞金 1,847,136 アメリカ合衆国ドル
4大大会最高成績・シングルス
全豪 2回戦(1990)
全仏 3回戦(1985・87・90・93)
全英 1回戦(1991)
全米 1回戦(1990・92)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 1回戦(1990)
全仏 2回戦(1987・95・96)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 23位
ダブルス 62位
獲得メダル
男子 テニス
オリンピック
1992 バルセロナ シングルス

ホルディ・アレッセJordi Arrese, 1964年8月29日 - )は、スペインバルセロナ出身の元男子プロテニス選手。1992年バルセロナ五輪で男子シングルスの銀メダルを獲得した選手である。自己最高ランキングはシングルス23位、ダブルス62位。ATPツアーでシングルス6勝、ダブルス4勝を挙げた。

彼はクレーコート(赤土)のスペシャリストとして活動し、キャリアを通じて全仏オープン以外のグランドスラム大会出場が少なく、全豪オープンウィンブルドン全米オープンに出場したのは1990年から1992年までの3年間だけであった。

アレッセは10歳からテニスを始め、1982年に18歳でプロ選手となったが、14歳から17歳までは全くテニスをプレーしなかった時期があったという。1985年全仏オープン4大大会に初出場し、ハンス・ギルデマイスターチリ)との3回戦まで進出する。1986年7月、フランスボルドー大会のダブルスでダビド・デ・ミゲル(同じスペインの選手)とペアを組み、ロナルド・アジェノールハイチ)&マンスール・バーラミイラン)組を 7-5, 6-4 で破り、男子ツアー大会でダブルス初優勝を果たす。1989年8月、チェコスロバキアプラハ大会でホルスト・スコッフオーストリア)と組み、3年ぶりのダブルス2勝目を獲得。1990年7月末から8月初頭にかけて、アレッセはシングルスで2週連続優勝を遂げた。1991年4月のモンテカルロ・マスターズで、アレッセは突然の現役復帰を表明した元世界1位のビョルン・ボルグと顔を合わせ、往年の名手に 6-2, 6-3 で勝ったことがある。この大会では次の2回戦でゴラン・イワニセビッチに敗れた。

彼のテニス経歴のハイライトは、故郷のバルセロナで開かれた1992年バルセロナ五輪の男子シングルス銀メダルであった。金メダルをかけた決勝戦で、アレッセはスイス代表のマルク・ロセと激突し、試合は 6-7, 4-6, 6-3, 6-4, 6-8 の長丁場になった。先にロセが第1・第2セットを取った後、アレッセは第3・第4セットを奪い返し、決勝は最終第5セットにもつれこむ。第5セットを 6-8 で失ったアレッセは、故郷の観客の前で準優勝に終わり、男子シングルスの銀メダリストになった。

オリンピック銀メダルの翌年、アレッセはギリシャアテネ大会の決勝でアルベルト・ベラサテギ(当時20歳)を 6-4, 3-6, 6-3 で破り、ここで最後のシングルス優勝(通算6勝目)を挙げた。彼はキャリア後半の時期、1993年3月以後はシングルス・ダブルスともクレーコート(赤土)のトーナメントのみに出場した。1993年から1995年にかけてはダブルスで6度の決勝進出を記録したが、1995年8月にサンマリノ大会でアンドリュー・クラッツマンオーストラリア)と組んだ優勝のほかは、5度のダブルス準優勝に終わっている。

クレーコート・スペシャリストで通したホルディ・アレッセは、1996年7月初頭のイタリアヴェネツィア大会を最後に32歳で現役を引退した。彼は2002年から2005年まで、4年間男子テニス団体戦・デビスカップスペイン代表監督を務め、2004年にチームを4年ぶり2度目のデ杯優勝に導いた。

参考文献[編集]

  • ATPツアー発行「プレーヤーズ・ガイド」1995年版 (英語、ツアーの公式ガイドブック。サイト内プロフィールから一部の伝記情報が消滅したため)

外部リンク[編集]