ホムス県
ホムス県 Homs Governorate مُحافظة حمص | |
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| 座標 (ホムス):北緯34度18分 東経38度18分 / 北緯34.3度 東経38.3度座標: 北緯34度18分 東経38度18分 / 北緯34.3度 東経38.3度 | |
| 国 |
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| 県都 | ホムス |
| 郡数 | 7 |
| 政府 | |
| • 県知事 | Talal Barazi |
| 面積 | |
| • 合計 | 42,223 km2 |
| 人口 (2021年推計)[1] | |
| • 合計 | 1,790,000人 |
| • 密度 | 42人/km2 |
| 等時帯 | UTC+3 |
| ISO 3166コード | SY-HO |
| 主要言語 | アラビア語 |
ホムス県(ホムスけん、ヒムシュ県、Homs Governorate, アラビア語: مُحافظة حمص, Muḥafaẓat Ḥimṣ)は、シリアの14ある県の一つ。面積は42,223平方kmで、シリアの県では一番大きい[1]。人口は1,790,000人(2021年推計[1])。県都はシリア第3位の都市ホムス(ヒムシュ)。
地理
[編集]シリア中央部にあり、東はデリゾール県に、北はラッカ県・ハマー県に、西はタルトゥース県・ダマスカス郊外県・レバノン国境に、南はイラク国境とヨルダン国境に接する。
ホムス県の人口は西に偏っている。西にはオロンテス川が流れ豊かな穀倉地帯となっているが、東部のほとんどはシリア砂漠であり荒涼とした山地が広がっている。
歴史
[編集]パルミラ王国
[編集]モンゴルのシリア侵攻
[編集]シリア内戦
[編集]2011年、ホムス包囲戦(5月6日 - )。 2012年、ホムス攻勢 (2012年)(2月3日 - 4月14日)でババアムルを政府軍が制圧。 2014年5月9日、停戦協定に基づき旧市街で篭城していた反体制派が撤退、政府軍が奪還。
2024年11月末より反体制派の攻勢が始まり、12月7日にはホムス郊外にまで迫った[2]。12月8日、反体制派はホムスの制圧を宣言した[3](ホムスの戦い (2024年))。同日、アサド政権の崩壊が決定的なものとなった。
アサド政権崩壊以降
[編集]2025年12月13日、パルミラ付近でアメリカ軍とシリア軍による車列が攻撃を受ける事件が発生。アメリカ軍兵士2人と通訳の計3人が死亡、アメリカ軍兵士3人とシリアの治安部隊2人が負傷した。アメリカ軍兵士の死亡は、アサド政権崩壊後、初のケースとなった。アメリカのドナルド・トランプ大統領は、直ちに報復を宣言[4]。結果的に、シリア国内のISILの拠点などに大規模な空爆(ホークアイ・ストライク作戦)が行われる契機となった[5]。
行政区分
[編集]2010年にホムス郡から北部のタルドゥ郡が分かれ、ホムス県には7郡が属する。右の地図には6郡までしか記載されていない。
郡
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脚注
[編集]- 1 2 3 “Syria”. Citypopulation (2022年9月25日). 2024年12月23日閲覧。
- ↑ “シリア反政府勢力、主要都市ホムスに迫る 南部でも現地勢力が拠点掌握か”. 英国放送協会 (2024年12月7日). 2024年12月23日閲覧。
- ↑ “シリア反体制派、中部要衝ホムス制圧と発表 「目指すは首都」”. AFP通信社 (2024年12月8日). 2024年12月23日閲覧。
- ↑ “シリアで米兵ら3人殺害 ISの攻撃か トランプ大統領「待ち伏せ攻撃を受けた。報復する」”. FNN (2025年12月13日). 2025年12月22日閲覧。
- ↑ “米、シリアでIS拠点を空爆ホークアイ作戦実行”. biz.chosun (2025年12月20日). 2025年12月22日閲覧。