フントの規則

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フントの規則(フントのきそく)は、原子の最安定な電子配置に関する経験則である。フリードリッヒ・フントにより提案された。原子に限らず、イオン分子においても成り立つことが多い。同じエネルギー軌道N 個あるとき、これに k 個の電子を配置する場合の数は 2NCk 通りある。フントの規則によれば、これらの電子配置のうちで、許される限りスピンを平行にして異なる軌道に電子を入れる配置が、最も安定な電子配置である。

定性的な説明[編集]

同じエネルギーの軌道が複数ある場合、二個の電子は同じ軌道に入るよりも互いに異なる軌道に入ったほうが、それらの電子同士が接近して存在する確率が低くなり、クーロン力による位置エネルギーが小さくなる。互いに異なる軌道に入っている電子のスピンが反平行であるときよりも平行であるときの方が安定になることについては、フェルミ孔を考えることにより定性的には説明できる。

このような解釈は理解しやすく、また納得のいくものであり長期間信じられていた。しかしその後計算科学の発展に伴い、このような素朴な見方には問題があることが明らかとなってきている。 1964年にDavidsonによって行われたHeの励起状態に関する計算[1]は、実は三重項状態の方が電子間反発が強いことを示し、フントの規則の起源に関する議論が巻き起こることとなる。近年では、例えば本郷らによる量子モンテカルロ計算[2]などで三重項状態の軌道の方がより原子核に近い位置に収縮しており、これによる原子核-電子間引力によるエネルギーの低下がフントの規則の起源である事が示されている。佐甲らは、一重項状態において存在する共役フェルミ孔(一重項状態の電子のペアが同時に存在できない位置関係)の存在により電子がより広い範囲に分布せねばならず、この結果核から遠い場所へと押し出される効果と認識すべきで、三重項状態の収縮というよりも、一重項状態が膨張しそれによりエネルギーが高くなっているのだと指摘している[3][4]

具体例[編集]

例えばMn原子の3d軌道に5個の電子を配置する場合の数は、252通りある。これらの電子配置のうちで、すべての電子が互いに異なる軌道に入る配置は、電子の数が軌道の数と同じなので、25 通りある。フントの規則によれば、これらの32通りの電子配置のうちで基底状態に対応する最安定の電子配置は、電子のスピン量子数が全て同じとなる電子配置である。

磁気量子数 -2 -1 0 +1 +2
スピン ↑  ↑  ↑  ↑  ↑ 

例えばTi原子の3d軌道に2個の電子を配置する場合の数は、45通りある。これらの電子配置のうちで、許される限りスピンを平行にして異なる軌道に電子を入れる配置は、20通りある。フントの第2規則によれば、これらの20通りの電子配置のうちで基底状態に対応する最安定の電子配置は、電子の磁気量子数の和の絶対値が最大となる電子配置である。

磁気量子数 -2 -1 0 +1 +2
スピン          ↑  ↑ 

注意すべき点[編集]

遷移金属錯体の中心金属イオンでは、スピンを反平行にして同じ軌道に電子が入っている配置の方がエネルギー的に安定になる場合がある。これは、配位子場により軌道の縮退が解けているためである。すなわち、配位子場により軌道のエネルギーが同じではなくなっているので、フントの規則を破っていることにはならない。

酸素分子 O2メチレン CH2 などのように、分子やビラジカルについてもフントの規則が成り立つことが多い。

電子スピンが平行になるのは磁気モーメントどうしのエネルギーが小さくなるためである、という定性的な説明がなされることがあるが、これは間違いである。電子スピンが平行のときと反平行のときの磁気的エネルギーの差は、フントの規則を説明するには小さすぎる。

参考文献[編集]

  1. ^ E. R. Davidson, J. Chem. Phys., 41, 656 (1965).
  2. ^ K. Hongo, R. Maezono, M. D. Towler and R. J. Needs, J. Chem. Phys., 121, 7144 (2004).
  3. ^ T. Sako, J. Paldus, A. Ichimura and G. H. F. Diercksen, Phys. Rev. A, 83, 032511 (2011).
  4. ^ 佐甲徳栄, ヘリウム様原子におけるフントの第一規則の起源, 日本物理学会誌, 68, 358 (2013).