フタバアオイ

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フタバアオイ
Asarum caulescens.JPG
フタバアオイ(伊吹北尾根)
分類
: 植物界 Plantae
: 被子植物門 Magnoliophyta
: 双子葉植物綱 Magnoliopsida
: ウマノスズクサ目 Aristolochiales
: ウマノスズクサ科 Aristolochiaceae
: カンアオイ属 Asarum
: フタバアオイ A. caulescens
学名
Asarum caulescens Maxim.
シノニム

Japonasarum caulescens (Maxim.) F. Maekawa

花の付き方

フタバアオイ Asarum caulescens Maxim. は、ウマノスズクサ科の植物で、小型の草本。葉はハート形をしており、いわゆる『葵の御紋』のモデルであることで知られる。

概説[編集]

フタバアオイは名の通りハート形の葉を普通は二つつける特徴がある。花は小さくて、地際に俯いて咲く。花の構造などの特徴からカンアオイ類と区別して別属としたこともある。

京都賀茂神社の葵祭で用いられることからカモアオイ(賀茂葵)の異名もある。標準和名は葉が二枚ずつ出ることに依る[1][2]。他に別名としてヒカゲグサ、フタバグサ、カザシグサ(挿頭草)、モロハグサ(両葉草)も知られる[3][4]

特徴[編集]

背の低い多年生草本[5]。茎は地上を横に這い、多肉質で紫を帯びた褐色、節の間が長く伸び、枝分かれしてその先端には鱗片葉を互生する。葉は茎の先端に生じ、対生状に2つ(時に1つだけ)つく。葉は1年生で、長い柄がある。葉身は薄くて卵心形で、先端は尖り、基部は深い心形で半円形の側片がある。葉の面には、初めは両面、特に葉脈の上に白く短い毛があり、同様の毛は葉の縁に沿っても並ぶ。

は対をなす葉柄の基部から出て一つだけ生じ、花柄には毛がある。花弁はなく、花弁状に発達した萼片は淡紫色で、下半分は融合して椀形となり、その外面には毛が多い。萼片の先端の三角状の列片は反り返って萼片基部に接する。

花の構造[編集]

上記のように花弁に見えるのは萼片であるが、ウスバサイシン類やカンアオイ類ではそれが先端の裂片を残して互いに癒合して壺状になり、カンアオイ類ではさらにその口が環状の構造によって狭まっているのに対して、この種では基部近くまで癒合せず、分かれている。

めしべの花柱は6個あり、互いに合着して柱状になっている。雄しべはその周囲に12本あり、長い花糸を持つ。この花糸は、開花当初は反り返っているが、次第に立ち上がり、先端の葯が柱頭に近づくようになる。これは自家受粉をしやすくするものと考えられる[6]

花の構造

分布と生育環境[編集]

日本固有種で、本州の福島県以南から九州まで分布する。

環境省のレッドデータでは指定がないが、幾つかの県では取り上げられており、特に宮城県・香川県・福岡県では絶滅危惧I類に指定されている[7]

温帯域の広葉樹林、あるいは針葉樹の混じった森林に生育し、暗い林床に生える。小型なので目立たないことも多いが、時に広範囲にまとまった大きな集団を作る[8]

集団を作る場合、周辺に大きな葉を持つものが多く、花着きもいいが、中央では葉が小さく花を着けるものも少ない。カンアオイ類にはより小さな密集した塊を作るものはあるが、このような規模の大きな集団を作るものは少ない。これは、カンアオイ類が短く詰まった地下茎を持ってあまり広がらないのに対して、この種の地下茎が良く伸びてよく分枝するが、その代わりに寿命が5年以内と短く、古い部分が枯死するためである。このような集団は林内を次第に移動しているものと考えられる[9]。、

生活史[編集]

以下に和歌山県高野山の、標高850mの地域での例を中心に記す[10]。その年の新しい葉は4月上旬に展開を始める。この時期、上に広がる落葉樹はまだ葉が伸び始めない。常緑の針葉樹は混じるものの、この時期には林床にまで光が届く。だが、4月中旬以降は低木にも葉が着き始め、その下は急激に暗くなる。いわゆるスプリング・エフェメラルは光の当たる林床で生育するものだが、この種はかなり暗くても生育が可能である[11]

花芽と葉芽は前年の秋の内に形成を終えており、4月上旬に新葉が展開を始めると同時に開花も始まる。開花は丸一日かかり、午前中に口を開いた萼片は次第に反り返り、日暮れ頃にようやく釣り鐘形になる[12]。六月中旬には結実、7月上旬には種子が散布される。果実は花の形ほぼそのままに、子房がやや膨らんだ形で成熟し、裂開して種子を散布する。

この頃から地下茎も横に伸び、それと同時に古い地下茎は貯蔵した栄養を使い果たして朽ちる。これを繰り返すことで、この植物は地下茎を伸ばしては古い部分を枯死させ、水平的に広がりながら分断を繰り返す。地下茎は最大5年分が連結している例もあるが、大抵は3年目で枯死する。

有性生殖[編集]

この花は匂いも出さず、蜜腺もない。上記のようにこの種は自家受粉を頻繁に行っていると考えられ、実験的にも自家受粉の存在は確かめられている。ただしその稔性は高くない。カンアオイ類は地上歩行性の小動物によって花粉媒介されると言われるが、それらの花は地表で開花する。それに対して、この種では地面より上に伸びた花茎がやや俯いて開花する。従って地表を飛行する昆虫によって花粉媒介を受ける可能性は考えられるが、確認された例はない[13]

種子には扁平なエライオソームがあり、アリ散布種子と考えられている。ただし確認はされていない[14]

分類[編集]

現在はカンアオイ属に含めるが、かつてはこの属は細分されたこともある。その際にはフタバアオイ属とされた。同物異名に Japonasarum caulescens (Maxim.) F. Maekawa がある。細分属を認めた場合、同属には国内ではオナガサイシン A. leptophyllum が沖縄本島に分布する。

かつては萼片の癒合の程度が低いなどを原始的な特徴と見て、この類では祖先的な群と考えられていた[15]が、現在ではむしろ、子房が完全に下位になっており、花柱が融合してずい柱のようになる点など、むしろ進化した特徴を持つ群とされ、フタバアオイ亜属としてまとめる。これにはヒマラヤから中国南部を経て日本までに10種、北アメリカに8種、ヨーロッパに1種を含め、これには上記のオナガサイシンも含まれる[16]

利用・文化[編集]

徳川葵
二葉葵
立ち葵

希に山野草として栽培される。 他に実利的な利用はない。ウスバサイシンなどの根は細辛と称して薬効があるとされ、本種も同様に利用されることもあるようだが、この種では辛みもなく、成分もかなり異なり、薬効は期待されない[17]

京都の賀茂神社では葵祭にこれを用いることで知られる。この祭りの際は冠帽に葵桂を飾る。葵はあふひ(日向)=太陽・別雷(わけいかづち)に通じるとされる[18]。また牛車や桟敷、社前にも飾る[19]

和歌においては、『あふひ』と標記されるが、その対象はこの植物とは限らない。万葉集には一首だけこの語が出現するが、それは「フユアオイ」を指すものとされる。平安期以降に本種を指すようになった。近代短歌ではタチアオイのことである場合が多い[20]古今和歌集には「かくばかり逢ふ日(アフヒ)の希になる人をいかがつらしと思はざるべき」がある[21]

また、この植物は徳川家のいわゆる『葵の御紋』のモデルになったことでも知られる。ミツバアオイと言う植物は存在しない。より実物に沿った二葉葵や立葵[22]の紋もある。なお、いわゆる葵の紋にはこの種をモデルとしないらしいものもある。詳細は三つ葉葵の項を参照されたい。

出典[編集]

  1. ^ 牧野(1961)p.110
  2. ^ ちなみに牧野は葵の字を当てるのは誤りと述べている。
  3. ^ 木村監修(1996)p.397
  4. ^ 河野監修(2001)p.6
  5. ^ 以下、主として佐竹他(1982)p.103-104
  6. ^ 菅原(1997)p.46
  7. ^ 日本のレッドデータ検索システム・[1]2013年3月14日閲覧
  8. ^ 河野監修(2007),p.73
  9. ^ 河野監修(2001)p.8
  10. ^ 河野監修(2007),p.73-76
  11. ^ 河野監修(2001)p.11
  12. ^ 河野監修(2001)p.14
  13. ^ 河野監修(2007),p.77
  14. ^ 河野監修(2007),p.79
  15. ^ 河野監修(2001)p.32
  16. ^ 菅原(1997)p.39
  17. ^ 進藤他(1972)
  18. ^ 井本・山嵜(2000)p.69
  19. ^ 木村監修(1996)p.397
  20. ^ 木村監修(1996)p.397
  21. ^ 河野監修(2001)p.6
  22. ^ 立葵の紋は3枚葉であるが、茎は2枚と1枚で別となっている。

参考文献[編集]

  • 佐竹義輔・大井次三郎・北村四郎他『日本の野生植物 草本II 離弁花類』,(1982),平凡社
  • 牧野富太郎、『牧野 新日本植物図鑑』、(1961)、図鑑の北隆館
  • 菅原敬、「カンアオイ」「フタバアオイ」:『朝日百科 植物の世界 9』、(1997)朝日新聞社、p.248-251
  • 河野昭一監修、『植物生活史図鑑III 夏の植物 no.1』、(2007)、北海道大学出版会p.73-80
  • 河野昭一総監修、『植物の世界 草本編(下)』、(2001)、ニュートンプレス
  • 井本伸廣・山嵜泰正、『京都府の不思議事典』、(2000)、新人物往来社
  • 木村陽二郎、『図説 花と樹の大辞典』、(1996)、柏書房
  • 進藤次郎・荻野達則・長沢元夫、(1972)、「フタバアオイの製油成分の研究」、薬学雑誌,Vol.92,pp.874-878