フォースタン=アルシャンジュ・トゥアデラ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
フォースタン=アルシャンジュ・トゥアデラ
Faustin-Archange Touadéra
Faustin Touadera.jpg

任期 2016年3月30日
首相 マハマ・カムン (暫定首相)
シンプリス・サランジ

任期 2008年1月22日2013年1月17日
元首 フランソワ・ボジゼ大統領

出生 (1957-04-21) 1957年4月21日(61歳)
ウバンギ=シャリ((現在の中央アフリカ共和国)、バンギ
政党 国民集合クワ・ナ・クワ (2015年以前)
無所属 (2015年 - )

フォースタン=アルシャンジュ・トゥアデラ: Faustin-Archange Touadéra1957年4月21日[1] - )は、中央アフリカ共和国の政治家、学者。2016年3月から、同国の大統領を務める。かつては2008年1月から2013年1月まで、首相職にあった。2015年12月から2016年2月にかけて行われた大統領選挙の第2回投票で、元首相のアニセ=ジョルジュ・ドログエレを破り当選した。

経歴[編集]

バンギに生まれる[1]。一家はバンギの北のダマラの出身であった[2]。バルテレミー・ボガンダ・カレッジを経て、バンギ大学とアビジャン大学で教育を受けた。1986年にフランスリール第1大学から数学の博士号を取得し、2004年にはカメルーンヤウンデ大学からも数学の博士号を得た。1987年にバンギ大学の数学助講師となり、1989年から1992年には同大学理学部の副学部長を務めた。その後、師範大学の理事を経て、1999年にフランス語諸国・インド洋数学標準化計画国家間委員会に加わり、2001年から2003年には委員長を務めた。2004年5月には、バンギ大学の副学長に就任した[1]。2005年から2008年には同大学の学長を務め、その間に起業訓練計画[3]やユークリッド・コンソーシアムの創設など、いくつかの重要な構想を発表した。

首相職[編集]

2008年1月22日、トゥアデラはフランソワ・ボジゼ大統領から、エリー・ドテの後任の首相に任命された[4] 。トゥアデラを含めて29人の閣僚からなるトゥアデラ政権は、1月28日に認証された[5]

2008年12月に国民対話が開催されると、ボジゼは2009年1月18日に、国民統一政権の発足準備のため、トゥアデラ政権を解散した[6]。翌日、トゥアデラは首相に再任され、31人の閣僚からなる新政権も認証された。2009年の地方選挙と2010年の大統領および国会議員選挙にそなえて、新政権はかつての反政府勢力のメンバーを多く含む陣容となった[7]

2013年1月にボジゼ政権と反政府勢力連合セレカのあいだで和平交渉が行われると、ボジゼは1月12日にトゥアデラを更迭した。これは野党勢力から新首相を任命するという、両者が締結した協定の内容にしたがった措置であった[8]

その後、トゥアデラは2015年10月の大統領選挙に無所属として立候補する意向を表明した[9]

大統領職[編集]

トゥアデラは、2015年12月から2016年2月にかけて実施された大統領選挙に立候補した。第1回投票では2位につけたが、第2回投票に向けて敗退した候補者から過半数の支持を取り付けたため、第2回投票では62%を得票して当選した。2016年3月30日に、大統領としての宣誓を行った。その際の演説で、トゥアデラは武装解除を推し進め、中央アフリカ共和国を統一した、平和で、開発に取り組む国にすると誓った[10]。4月2日には、首相にシンプリス・サランジを任命した。サランジはトゥアデラ首相時代の首相府のトップで、先の大統領選挙ではトゥアデラ陣営のマネージャーも務めた[11][12]

トゥアデラの首相就任後、フランスは中央アフリカに対する軍事的介入を終了する意向を改めて表明した。フランスはサンガリス作戦の一環として2500名前後の兵士を駐屯させ、およそ1万名からなる国際連合の平和維持要員を支援していた[13]。フランスが支援を打ち切ったことで、トゥアデラは主要都市の治安を維持するという喫緊の課題に直面している[13]

脚注[編集]

公職
先代:
エリー・ドテ
中央アフリカ共和国の首相
2008年 – 2013年
次代:
ニコラ・チャンガイ
先代:
カトリーヌ・サンバ=パンザ
代行
中央アフリカ共和国の大統領
2016年 - 現在
現職