ファイン航空101便墜落事故

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ファイン航空 101A便
Douglas DC-8-61(F), Fine Air AN0210980.jpg
同型機のDC-8-61F(N30UA)
事故の概要
日付 1997年8月7日
概要 貨物の不適切な積載、荷崩れによる操縦不能
現場 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 マイアミ国際空港付近
乗客数 1
乗員数 3
死者数 5 (全員+地上1)
生存者数 0
機種 ダグラス DC-8-61F
運用者 アメリカ合衆国の旗 ファイン・エア
機体記号 N27UA
出発地 アメリカ合衆国の旗 マイアミ国際空港
目的地 アメリカ合衆国の旗 ラス・アメリカス国際空港
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ファイン航空101便墜落事故は、1997年8月7日に、マイアミ国際空港ラス・アメリカス国際空港行ファイン航空101A便(ダグラス DC-8-61F、以下101便)がマイアミ国際空港を離陸直後に墜落し、乗員乗客4人全員と地上の1人が死亡した事故である[1][2]

事故機[編集]

事故機のダグラス DC-8-61F(N27UA)は、4基のプラット・アンド・ホイットニーJT3D-3Bエンジンを搭載しており、1968年に初飛行した。事故までに46,825時間、41,688サイクルを飛行していた[3]

事故の経緯[編集]

101便は当初は別のDC-8(N30UA)で運行し、マイアミ国際空港を午前9時15分に出発する予定だった。しかし、N30UAがマイアミに到着するのが遅れたため、機材をN27UAに変更し、出発時刻を午後12時00分に変更した。N27UAはプエルトリコから9時31分にマイアミに到着し、ファイン航空のハンガーランプに駐機した。この便はファイン航空からメキシコの航空会社であるアエロマール英語版ウエットリースされたものであった。積み込み作業はアエロマールが行い、10時30分から12時06分まで行われた。しかし、アエロマールの担当者は機材の変更を認識しておらず、彼が持っていたN30UA用に作成された重量配分表に従って貨物の積み込みを指示した。このため、重心の位置がこの飛行機の許容される重心の後方限界に近いか、またはそれよりも後方になった。101便は12時33分に滑走路27Rまでのタキシングを許可され、その1分後の12時34分に離陸を許可された[3]

101便は離陸滑走を開始し、80ノットで昇降舵の確認を行った。14秒後に大きな音が聞こえ、V1のコール直後にも大きな音がした。その2秒後に101便は離陸した。しかし、離陸直後に機首の角度が大きく上がり始め、失速した。パイロットは失速から機体を回復させたが、再び機首が上がり、再び失速した。機体は右翼が下がった姿勢で尾部から地面に激突して炎に包まれた[3]

事故原因[編集]

国家運輸安全委員会(NTSB)は、貨物が間違った位置に積載されたことにより飛行機の重心がより後方になったことと、これに相応して、機首上げ時に極端なピッチアップを生じさせる不適切なスタビライザトリムの設定になったことに起因する事故の原因は以下であると決定した[1]

  1. ファイン航空が貨物の積み込みプロセスを管理できなかったこと
  2. アエロマールがファイン航空の指定に従って貨物を積載できなかったこと

事故後[編集]

ファイン航空は墜落事故後にアロー航空を買収したものの、業績が回復せず、最終的にアロー航空に吸収された。

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b Aircraft Accident Report: Uncontrolled Impact with Terrain: Fine Airlines Flight 101”. National Transportation Safety Board (1997年8月7日). 2013年12月18日閲覧。
  2. ^ "Air Cargo Insanity", March 6, 2004. Retrieved May 9, 2008.
  3. ^ a b c Aircraft accident Duglas DC-8-61F Flight 101A”. Aviation Safety Network. 2018年5月12日閲覧。