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ヒトエグサ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ヒトエグサ
1. 配偶体
分類
: 植物界 Plantae (アーケプラスチダ Archaeplastida)
亜界 : 緑色植物亜界 Viridiplantae
: 緑藻植物門 Chlorophyta
: アオサ藻綱 Ulvophyceae
: ヒビミドロ目 Ulotrichales
: ヒトエグサ科 Monostromataceae[注 1]
: ヒトエグサ属 Monostroma[注 1]
: ヒトエグサ M. nitidum[注 2]
学名
Monostroma nitidum Wittrock, 1866[3]
シノニム
和名
ヒトエグサ(一重草)[7][8]、あおのり[9][10]、あおさ[9][11]、おさ[11]、銀あお[11]、あおさのり[10]、あーさ、あーさー[9]、あ一さんくぁ[11]、このい[11]

ヒトエグサ(一重草、学名: Monostroma nitidum[注 2])はアオサ藻綱ヒビミドロ目に属する緑藻の1種である。藻体は緑色で大きは 3–20 cm、一層の細胞層からなり、これが「一重草」の名の由来となっている[7][8]。藻体は薄く柔らかく、縁にしわや裂け目がある(図1)。冬から春に潮間帯上部にふつうに見られる海藻であり、日本では海苔の佃煮など食用として広く利用され、また日本各地で大規模に養殖されている。「あおのり」や「あおさ」、「あおさのり」、「あーさ」、「あーさー」ともよばれるが[9][10]、分類学的な意味でのアオサアオノリアオサ目に分類され、ヒトエグサとはやや遠縁である。

特徴

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藻体は黄緑色で円形や倒卵形、直径 3–20 cm、成長すると縁にしわや裂け目ができる[5][4][7][8](図1)。1層の細胞からなり、薄く柔らかい[4][7][8]。細胞は表面観で四角から多核形で角は丸く、直径 7–10 µm、高さ 8–14 µm、各細胞は1個の板状葉緑体をもち、ピレノイドを1個含む[5]

上記の肉眼視できる藻体は単相染色体を1セットのみもつ)の配偶体であり、雌雄異株、2本鞭毛性の同形配偶子を形成する[4][12]。配偶子は涙滴形、およそ 7.5 × 2 µm[12]。正の走光性を示すが、配偶子合体で形成された動接合子(鞭毛をもち遊泳する接合子)は負の走光性に変換する[12]

接合子は着生し、単細胞のまま成長して球形の遊走子嚢(直径約 60 µm)になる[4][12]。この遊走子嚢はふつう胞子体とされる[12]。遊走子嚢は4本鞭毛性の遊走子を形成する[4][12]。遊走子は涙滴形、およそ 9.4 × 3 µm。正の走光性を示す[12]。着生した遊走子は配偶体へと発生する[12]。ヒトエグサは嚢状体を経て葉状体になるが、ヒロハノヒトエグサは直接葉状体に発生する点で異なるとする記述もあるが[12]、ヒトエグサも直接葉状体になるとする記述もある[4]

配偶子は、合体を経ずにそのまま着生して遊走子嚢へ単為発生することがある[12]。このような単為発生した遊走子嚢は、通常の遊走子と同じ4本鞭毛性の遊走子を形成し、これが配偶体へと発生する[12]

分布・生態

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北米南米ヨーロッパ(大西洋岸、バルト海、地中海、黒海)、インド東アジア(中国、韓国、日本、台湾)、東南アジア(フィリピン、ベトナム)、オーストラリアニュージーランドフィジーなどから報告されている[注 4]。日本では、本州太平洋岸中部から九州、本州日本海側南部、瀬戸内海南西諸島に分布する[4][7]

配偶体は、冬から春にかけて潮間帯上部の岩上を覆う[7]

人間との関わり

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食用

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藻類/ひとえぐさ/つくだ煮
100 gあたりの栄養価
エネルギー 626 kJ (150 kcal)
21.1 g
食物繊維 4.1 g
1.3 g
14.4 g
ビタミン
ビタミンA相当量
(3%)
23 µg
(2%)
260 µg
チアミン (B1)
(5%)
0.06 mg
リボフラビン (B2)
(22%)
0.26 mg
ナイアシン (B3)
(3%)
0.4 mg
パントテン酸 (B5)
(4%)
0.19 mg
ビタミンB6
(2%)
0.03 mg
葉酸 (B9)
(6%)
23 µg
ビタミンB12
(13%)
0.3 µg
ビタミンC
(0%)
0 mg
ビタミンE
(1%)
0.1 mg
ビタミンK
(11%)
12 µg
ミネラル
ナトリウム
(153%)
2300 mg
カリウム
(3%)
160 mg
カルシウム
(3%)
28 mg
マグネシウム
(26%)
94 mg
リン
(9%)
63 mg
鉄分
(28%)
3.6 mg
亜鉛
(9%)
0.9 mg
(8%)
0.15 mg
他の成分
水分 56.5 g
食塩相当量 5.8 g
%はアメリカ合衆国における
成人栄養摂取目標 (RDIの割合。
出典: 日本食品標準成分表(八訂)増補2023年”. 文部科学省 (2023年). 2025年12月30日閲覧。

「海苔の佃煮」として市販されているものの中には、アマノリ紅藻)だけやアマノリとヒトエグサを混ぜたものを原料としているものもあるが、多くはヒトエグサを原料としている[13][14][10](図2a)。『日本食品標準成分表(八訂)増補2023年』に記載されている「ひとえぐさ<一重草>のつくだ煮」(09033)の成分表を示す(表参照)。また、日本食品標準成分表には「ひとえぐさ<一重草>の素干し」(09032)も掲載されている[14]

2a. 海苔の佃煮の原料はふつうヒトエグサである。
2b. ヒトエグサのサラダ
2c.「アオサ味噌汁」はふつうヒトエグサが使われる。

アオノリアオサと同様に、粉末にしてふりかけにすることもある[13]。汁物(味噌汁吸い物)、天ぷら卵焼きしゃぶしゃぶ雑炊サラダ酢の物に利用することもある[13][10](図2b, c)。ヒトエグサの粉末をに混合した例もある[13][10]関西地方では、ヒトエグサを板ノリ状に抄いて乾燥したものを巻物として食すことがある[13]

生産

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日本においてヒトエグサの生産のほとんどは養殖によるものであるが、愛知県長崎県鹿児島県沖縄県などでは天然品の採集も行われている[9](2010年ころ)。ヒトエグサはアマノリアサクサノリなど)と生態的に似ているため、アマノリ養殖にしばしばヒトエグサが混生し、古くから利用されていたが[11]、ヒトエグサの養殖技術自体は1950年代に確立した[9]。2010年ごろには三重県で最も生産量が多く(6割以上)、福島県静岡県、愛知県、徳島県高知県愛媛県、長崎県、鹿児島県などでも多く生産されている[10][15](図3)。三重県では養殖ヒトエグサが「あおさのり」としてプライドフィッシュに登録され[16]、また高知県四万十川河口の養殖ヒトエグサが「四万十川の青さのり」として[17]、静岡県浜名湖の養殖ヒトエグサが「浜名湖のり」として[18]、それぞれ地域団体商標に登録されている。三重県志摩市では、ヒトエグサ(この地域では「あおさ」や「あおさのり」とよばれる)をモチーフにした「あおサ〜」というゆるキャラが制定されている[19]。日本におけるヒトエグサの生産量は、3,000–5,000トンとされる(2010年ごろ)[9][注 5]

3a. ヒトエグサの養殖(三重県度五ヶ所湾)
3b. ヒトエグサの養殖(静岡県浜名湖)

ヒトエグサの養殖では、まず養殖用の網に遊走子(鞭毛をもつ胞子)を付着させる(採苗)[11]。ふつう初秋に特定の場所に網を張って自然に採苗する方法(天然採苗)をとるが、近年では人工採苗が開発されている[11][15]。採苗した網(種網)は支柱張りで養殖漁場に設置して育成するが、波の静かな内湾や河口が適している[11][15](図3)。病害としては、密植によって潮流が悪くなり、付着珪藻が増えて害を与えることがあり、とだ腐れ病とよばれる[11]。収穫は1–4月に行われ、機械摘みまたは手摘みで摘採される[11][15]。収穫した原藻は海水および真水で洗浄され、板状に抄いてまたはバラで乾燥して出荷される[11][15]

日本において、ヒトエグサは自由に輸入できない輸入割り当て品目(IQ品目)に指定されており、2009年には同じくIQ品目であるアオノリ(旧アオノリ属)と合わせて130トンの輸入が割り当てられていた[9]

分類

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ヒトエグサの外見はアオサと似ているが、1層の細胞からなり、そのため薄く柔らかい[7][8]。また生活環パターンも異なっており、ヒトエグサでは配偶体胞子体の大きさや形状が明瞭に異なる(異形世代交代、上記参照)のに対し、アオサでは配偶体と胞子体がほぼ同形同大である(同形世代交代)[20]。古くは、ヒトエグサとアオサは同じアオサ科に分類されていたこともあるが[21]、系統的にやや異なることが明らかとなっており、2025年現在ではふつうヒトエグサはヒビミドロ目、アオサはアオサ目に分類されている[3]

ヒトエグサの類似種としてヒロハノヒトエグサ(Monostroma latissimum)がある。一般的に、ヒロハノヒトエグサは内湾部に生育し、大型で藻体の幅が広くなるとされる[4][5][22]。養殖されるヒトエグサは、ヒロハノヒトエグサとされることもある[23]。また、配偶体の初期発生形態に差異があるともされる(上記参照)[12]。しかし、明瞭な違いは見られないともされ、2025年現在、日本ではふつうヒトエグサとヒロハノヒトエグサは同種として扱われている[4][5]

日本のヒトエグサには、ふつう Monostroma nitidum の学名が充てられている[4][5][7][8]。しかし、ヒトエグサ(および上記のヒロハノヒトエグサ)の分類学的実体は不明瞭であり、タイプ産地も明らかではない[1]。また、ヒトエグサは Monostroma のタイプ種である Monostroma bullosum とは系統的にやや異なり、マキヒトエグサ属(Gayralia)に分類すべきことが示されている[1]。2015年には、三重県松阪市で養殖されていたヒトエグサを基に、Monostroma kuroshiense が記載され、この記載には多くの問題があったものの 2022年に整理されて Gayralia kuroshiensis として報告された[1]。そのため、日本のヒトエグサの学名としては Gayralia kuroshiensis が妥当である可能性があるが、日本にはこれに近縁の別種が存在することも示唆されており、2025年現在ヒトエグサの分類については解決していない[1]

脚注

[編集]

注釈

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  1. ^ a b 本種は、系統的には MonostromataceaeMonostroma ではなく、マキヒトエグサ科(Gayraliaceae)、マキヒトエ属(Gayralia)に属することが示されている[1]
  2. ^ a b 系統的に Monostroma ではなくマキヒトエグサ属(Gayralia)に含まれること、Monostroma nitidumMonostroma latissimum の分類学的な実体が不明瞭であることから、三重県の養殖ヒトエグサを基に記載された Gayralia kuroshiensis(= Monostroma kuroshiense)とすることが妥当である可能性がある[1][2]
  3. ^ ヒトエグサとは別種としていることもある[6]
  4. ^ ヒロハノヒトエグサ(Monostroma latissimum)として報告されている分布域を含む[6]
  5. ^ 乾燥重量で600–700トンとする記述もある[10]

出典

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  1. ^ a b c d e f 鈴木雅大 (2025年3月26日). “ヒトエグサの分類と混乱”. 海藻コラム 生きもの好きの語る自然誌. 2025年12月30日閲覧。
  2. ^ 鈴木雅大 (2025年3月8日). “Gayralia kuroshiensis”. 写真で見る生物の系統と分類 生きもの好きの語る自然誌. 2025年12月30日閲覧。
  3. ^ a b c Guiry, M.D. (2022年3月24日). “Monostroma nitidum Wittrock 1866”. AlgaeBase. World-wide electronic publication, Nat. Univ. Ireland, Galway. 2025年12月30日閲覧。
  4. ^ a b c d e f g h i j k 吉田忠生 (1998). “ひとえぐさ”. 新日本海藻誌 日本海藻類総覧. 内田老鶴圃. p. 29. ISBN 978-4753640492 
  5. ^ a b c d e f g 鈴木雅大 (2022年12月28日). “ヒトエグサ Monostroma nitidum”. 写真で見る生物の系統と分類 生きもの好きの語る自然誌. 2025年12月30日閲覧。
  6. ^ a b Guiry, M.D. (2022年3月24日). “Monostroma latissimum Wittrock 1866”. AlgaeBase. World-wide electronic publication, Nat. Univ. Ireland, Galway. 2025年12月30日閲覧。
  7. ^ a b c d e f g h 神谷充伸 (2012). “ヒトエグサ”. 海藻 ― 日本で見られる388種の生態写真+おしば標本. 誠文堂新光社. pp. 14–15. ISBN 978-4416812006 
  8. ^ a b c d e f 田中次郎・中村庸夫 (2004). “ヒトエグサ”. 日本の海藻: 基本284. 平凡社. p. 11. ISBN 978-4582542370 
  9. ^ a b c d e f g h 嶌田智 (2012). “アオサ、アオノリ、ヒトエグサ”. In 渡邉信 (監). 藻類ハンドブック. 株式会社エヌ・ティー・エス. pp. 564-567. ISBN 978-4864690027 
  10. ^ a b c d e f g h 天野秀臣 (2018年). “ヒトエグサの思い出”. 海苔増殖振興会. 2025年12月30日閲覧。
  11. ^ a b c d e f g h i j k l “ひとえぐさ養殖”. 鹿児島県水産技術のあゆみ. 鹿児島県. (2000). pp. 571–575. https://kagoshima.suigi.jp/ayumi/book/03/a03_03_01_01.pdf 
  12. ^ a b c d e f g h i j k l 喜田和四郎 (1994). “ヒロハノヒトエグサ”. In 堀輝三 (編). 藻類の生活史集成 第1巻 緑色藻類. 内田老鶴圃. pp. 172–173. ISBN 978-4753640577 
  13. ^ a b c d e 國𥔎直道 (1993). “緑藻類の科学”. In 大石圭一. 海藻の科学. 朝倉書店. pp. 37–45. ISBN 978-4254430349 
  14. ^ a b “9)藻類”. 日本食品標準成分表(八訂)増補2023年. 文部科学省. (2023). pp. 202–208. https://www.mext.go.jp/content/20230428-mxt_kagsei-mext_00001_011.pdf 
  15. ^ a b c d e あおさ”. みえの食材資料集. 公益財団法人 三重県学校給食会 (2009年). 2025年12月30日閲覧。
  16. ^ あおさのり”. プライドフィッシュ. 全国漁業協同組合連合会. 2026年1月2日閲覧。
  17. ^ 商標登録第5055105号 四万十川の青さのり(しまんとがわのあおさのり)”. 特許庁. 2026年1月10日閲覧。
  18. ^ 商標登録第6220825号 浜名湖のり(はまなこのり)”. 特許庁. 2026年1月2日閲覧。
  19. ^ 「あおサ~」のプロフィール”. 志摩市 (2023年1月10日). 2025年12月30日閲覧。
  20. ^ 中山剛・井上勲 『アオサ藻綱』 「藻類の多様性と系統 バイオディバーシティ・シリーズ3」 千原光雄編、裳華房、1999年、279, 282頁、ISBN 4-7853-5826-2
  21. ^ 井上浩, 岩槻邦男, 柏谷博之, 田村道夫, 堀田満, 三浦宏一郎 & 山岸高旺 (1983). 植物系統分類の基礎. 北隆館. p. 128 
  22. ^ ヒトエグサ」『改訂新版 世界大百科事典』https://kotobank.jp/word/%E3%83%92%E3%83%88%E3%82%A8%E3%82%B0%E3%82%B5コトバンクより2026年1月2日閲覧 
  23. ^ ヒトエグサ」『日本大百科全書(ニッポニカ)』https://kotobank.jp/word/%E3%83%92%E3%83%88%E3%82%A8%E3%82%B0%E3%82%B5コトバンクより2026年1月2日閲覧 

外部リンク

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