パーク街

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ニューヨーク市内の通り
パーク街
Park Avenue
総距離 9.7km
道路の方角 南北
南端 14丁目
北端 132丁目
Template(ノート 使い方) ウィキプロジェクト 道路
パーク街を見下ろすメットライフ・ビル

パーク街(ぱーくがい、: Park Avenueパーク・アヴェニュー、旧4番街(よばんがい、: Fourth Avenueフォース・アヴェニュー))は、アメリカニューヨーク州ニューヨーク市マンハッタン区を南北に縦断する幅員43mの大通り[1]。ほとんどの区間で西側にマディソン街、東側にレキシントン街が並走している。

中央分離帯に植えられている花や緑樹は「パーク街基金」によって維持・管理されている。特にベゴニアは自動散水システムの無い中央分離帯において夏の暑さと日照に耐えられる花として、基金の庭師が選んだ花である[2]

ルート[編集]

パーク街につながる通りはバワリーからはじまる。8丁目のクーパースクエア(Cooper Square)から14丁目ユニオンスクエアまでは「4番街」と呼ばれる。14丁目から北では少し東寄りに曲がって他の通りと平行になる。14丁目から17丁目の間はユニオンスクエアの東側の境界を成している。17丁目から32丁目の間は「パーク街南」と呼ばれ、32丁目から北の残りの部分が「パーク街」である。

33丁目と40丁目の間の北行き右側1車線はパーク街トンネル(Park Avenue Tunnel)と呼ばれる地下を通る。40丁目を過ぎた直後に中央車線は坂道を上り42丁目でグランドセントラル駅とぶつかったところで南行きと北行きの車線が左右に分かれ、グランドセントラル駅とメットライフ・ビルの左右を高架道(Park Avenue Viaduct)で迂回した後ヘルムズリー・ビルの中を坂道で抜け46丁目で地上に下りて両方向の車線が合流する。

パーク街がグランドセントラル駅を過ぎるとJPモルガン・チェースUBSシティグループコルゲート・パーモリーブメットライフなど世界的大企業の本社やアメリカ本部が立ち並び、周辺は世界最大の経済規模を持つオフィス街となっている。

8丁目付近からグランドセントラル駅までの間の通りの地下にはニューヨーク市地下鉄IRTレキシントン街線(IRT Lexington Avenue Line)が通っているが、この線はグランドセントラル駅でパーク街を離れ、レキシントン街の地下へ移る。

グランドセントラル駅から北の通りの地下にはメトロノース鉄道のグランドセントラル駅を発着する列車が走るトンネル(Park Avenue Tunnel)がある。その線路は97丁目で地上に出て高架線へ上る。この高架線を最初にくぐるのは102丁目で、高架線はハーレム川(Harlem River)まで続いている。

メトロノース鉄道のトンネルの更に下、グランドセントラル駅から59丁目付近までの区間では新しい鉄道トンネルの工事が進んでいる(2012年現在)。これはロングアイランド鉄道の列車のグランドセントラル駅乗り入れを目的としたイースト・サイド・アクセスの一環で、このトンネルは59丁目から東に向きを変え、2番街ですでに完成している63丁目トンネル(63rd Street Tunnel)につながる。

パーク街は132丁目で終わりハーレムリバー・ドライブに合流するが、対岸のブロンクスにもこの道路の延長上に「パーク街」の名前の付いた道路がありフォーダム(Fordham)まで続いている。

歴史[編集]

1941年当時の鉄道トンネル

パーク街はもともと4番街(: Fourth Avenueフォース・アヴェニュー)という名で知られており、1830年代からは道路の中央にニューヨーク・ハーレム鉄道の軌道が敷設されている。建設当初の鉄道敷はマレイ・ヒル(Murray Hill)までオープンカットによる半地下式であったが、1850年代に34丁目から40丁目までが金網と緑地で覆われ、完全な地下式となった。この完全地下化によってできた「公園」の区間が1860年にパーク街と改称され、1867年には42丁目にまでの全区間に新名称が適用された。その先は1870年代にグランド・セントラル・デポ(Grand Central Depot)が56丁目から96丁目までが完全地下式で開業し、1888年にはハーレム川に至るまでの全線がパーク街に改名されている。

ギャラリー[編集]

参考文献[編集]

外部リンク[編集]

座標: 北緯40度46分43秒 西経73度57分30秒 / 北緯40.7786度 西経73.9584度 / 40.7786; -73.9584