ノート:満洲国/過去ログ1

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(無題)

背景の部分は少し直したほうがいい。日清・日露はロシアであるし、ソビエトに関してはシベリア出兵なんかをかかなくてはまずいであろう。0null0 12:44 2003年12月17日 (UTC)


傀儡は筆者の政治的立場、とおつしやいますが、傀儡政府であったという指摘があつて、それが多少なりとも流布してゐるのであれば、なぜそれが否定されるべきかを書かないと、中立的な観点から鑑みて、それをただ單に削除するのは互いに政治的立場の主張をしあつてゐることに成りはしないでせうか。私は満州国について詳しくないのでなんとも言へませんが、ただ、内蒙古自治政府を引合ひにするのは獨立國と自治領政府を比べることになつて、その立場の違ひを無視することになつておかしいと思ひます。revertはしません。Kzhr 16:01 2004年2月28日 (UTC)

ノートを書かれている間に戻してしまいましたが、彼はノートに気付くでしょうか。Johncapistrano 16:11 2004年2月28日 (UTC)
ある事実に対する「指摘」を全て織り込むのであれば、百科事典としてなりたちません。たとえば中華人民共和国の建国の歴史を、中華人民共和国政府の立場と中華民国政府の立場でそれぞれ評価した場合には、まったく違う「指摘」がそれぞれ存在するわけです。さらに当時の主要なプレイヤーだけでも、アメリカ合衆国、ソビエト連邦、朝鮮民主主義人民共和国、大韓民国、イギリスその他の立場で違う「指摘」が存在することになります。全て網羅することは不可能です。
kzhrさんの主張を取り入れるのであれば、「満州国は傀儡国家であったか」という項目を立て、その中で紹介すべき議論だと思います。これはぜひお願いします。
内蒙古自治政府の例が不適当とのことですが、内モンゴルは独立国家の体裁さえ与えられていません。その意味で“傀儡国家”満州国以下の境遇にあります。それでも独立国と自治政府が比較にならないということであれば、レバノンとシリア、日本とアメリカなどを例示することが可能でしょう。

以上の署名の無いコメントは、220.159.101.82会話/Whois)さんが[2004年2月28日 (土) 16:25 (UTC)]に投稿したものです。

Johncapistranoさん、わずか10分少々で全文を元に戻すのですか?建設的とは言えませんよね?せめて読んでからにしていただけませんか? 以上の署名の無いコメントは、220.159.101.82会話/Whois)さんが[2004年2月28日 (土) 16:30 (UTC)]に投稿したものです。

建設的でないのはそちらだと思います。Wikipedia:中立的な観点などお読みください。似た編集をされる方は他にもおられるので何度も読んでいます。あしからず。Johncapistrano 16:35 2004年2月28日 (UTC)
できるだけ網羅するやうにするのと、網羅するのが不可能だから削除するのとではぜんぜん違ひます。履違へはいけません。傀儡政權だった説を縮小して、傀儡だった説と傀儡で無かつた説を併記するだけでも大きな違ひがあります。それとあはせて満州国は傀儡であったかどうかは、ご自身でお書きください。
私自身は、日本がアメリカの傀儡であるという説があるのならば、それを書いても構はないと思ひます。理由はやはり、できるだけ多くの見方を記載するのが中立的であると信じるからです。Kzhr 16:43 2004年2月28日 (UTC)

Johncapistranoさん、Kzhrさんとも同じ信念でWikipedia編集に取り組んでおられるようで安心いたしました。私が編集(傀儡関連)を加えた意図は、まさにWikipedia:中立的な観点の精神によります。満州国が傀儡国家であったかどうか、同時代で定まった評価があったわけではありません。少なくとも、当時の満州国政府は認めないことでしょう。全ての議論を網羅するのが不可能だから除外したわけではありません。一方の見方のみが説明なく記載されていたので、事実のみを残すようにしたのです。傀儡国家であったかどうか、中立的に賛否両論を紹介することは私の手には余りますので、識者の登場を待ちたいと思います。 以上の署名の無いコメントは、220.159.101.82会話/Whois)さんが[2004年2月28日 (土) 17:00 (UTC)]に投稿したものです。

まさにとか書いておられますが正反対の事をされているように見えます。読まれましたか?Johncapistrano 17:05 2004年2月28日 (UTC) 追記~~~~で署名ができます。或はログインされては如何でしょうか。
修正をしないでただ消すだけで、事實であると言ふのは、それは欺瞞ではないでせうか。私は先に書いたとほり素人でありますし、議論に見えて議論でないことをするのは時間の無駄ですので、後はお好きになさつてください。Kzhr 17:12 2004年2月28日 (UTC)
IPユーザー氏は「事実のみを残した」とおっしゃっていますが、第三者の目から見ると、どうも主張でしかない内容に置き換えただけ、という印象ですね。すくなくとも、そこに書いてあることを削除しているという時点で何か方向性が間違っていないかと考慮するのが、バランスのとれたやり方ではないかと思います。Sampo 17:15 2004年2月28日 (UTC)

なぜか、私が満州国肯定派(造語ですが含意は通じますか?)と思われているようですね。実際にはそうではありません。「日本の政府・軍の強い影響下にあった。」など、肯定派であれば容認できないような記載でも事実と考えられるものはそのまま残しています。関東軍のようなインテリ愚連隊の弁護をするつもりは、毛頭ありません。 以上の署名の無いコメントは、220.159.101.82会話/Whois)さんが[2004年2月28日 (土) 20:32 (UTC)]に投稿したものです。

傀儡という言葉の最近の実例は、朝鮮中央放送が日本や韓国を指していう「米帝の傀儡」があります。現在の日韓両国の軍事・外交がアメリカの強い影響下にあることはほとんどの方が同意される事実だと思いますが、それを「米帝の傀儡」と言われてしまうと多数の同意は得にくい。それはその言葉が純粋な事実ではない北朝鮮の政治的スローガンだからです。

満州国の場合も基本的には同じ構造であり、傀儡国家という批判は、本来は中国の満州支配、あるいは米英ソの対日戦争の正当性を主張するためのスローガンに過ぎません。(正当性に問題があると言いたい訳ではありません、念為)
満州国の解説に傀儡という言葉を用いるのであれば、その背景についてよほど慎重である必要があります。(逆に傀儡国家の説明に満州国を用いるのは、良い実例だと思います。)

以上を踏まえて事実以外の記述を減らしたのですが、そのために右寄りに振れたように見えたかもしれません。自分の力不足は承知していますので、適宜補っていただければ幸いです。 以上の署名の無いコメントは、220.210.44.159会話/Whois)さんが[2004年2月28日 (土) 20:52 (UTC)]に投稿したものです。

うーん、この版の編集で妥協案を提示したつもりが僕の日本語が下手で逆に論争の種を蒔いてしまったみたいです。すいません。問題の記述を含む版を編集した者の手で、文意が明確になるように改稿してみましたので、この記述で問題があるかどうかよろしくご検討の上議論をすすめていただきたく思います。Safkan 05:12 2004年2月29日 (UTC)

傀儡だろうが、なかろうがrevert合戦は止めて頂きたい。ちなみに私の立場は、傀儡は政治の項にすでに書いているので必要以上に書くことは自虐行為になると考えます。(編者が日本人なら)ロリ 08:32 2004年3月1日 (UTC)

傀儡というところはNPOVだと思いますが、急発達したというところがPOVだと思います。直す気も起きません。理由は直し方が分からないからです(どのような文面にしたらよいか分からない)。--以上の署名の無いコメントは、Mh35会話投稿記録)さんによるものです。2004年8月3日 (火) 04:47 (UTC)

自分で書かなくてもうしわけないが満蒙開拓団のことは必須事項と思われる。識者の加筆を願う0null0 2004年11月20日 (土) 13:54 (UTC)

公用語は北京語、モンゴル語、日本語。面積は1133437km²で、通貨は圓、角、分です(ちなみに1圓=10角=100分)。 人口は36933206人(康徳4年、1937年)です。時間帯は1936年12月31日までUTC +8、37年1月1日からUTC +9です。解除されたら、どなたか加筆おねがいします。210.174.3.212 2005年2月18日 (金) 05:15 (UTC)


中華民国の立場は、

  • 「満州国は日本の傀儡国家であり、満州地域は中華民国の主権下にあるべき」
  • 「満州国は日本の傀儡政権であり、満州地域は中華民国の主権下にある」

のどちらでせうか。kahusi - (會話) 2004年12月1日 (水) 00:36 (UTC)

建国の背景で満鉄の話が出て来ないのは不自然かと思った。 以上の署名の無いコメントは、211.1.195.251会話/Whois)さんが[2005年1月29日 (土) 19:36 (UTC)]に投稿したものです。

満州の独立を確立させたのは、日本ではなく張作霖

張作霖は、辛亥革命が起こると革命派を次々処刑。中華民国が建国すると中華民国と敵対し、袁世凱が死亡すると同時に、中華民国の東北総監・段芝貴を失脚させ、張作霖は独立勢力を確立する。
そして張作霖の馬賊仲間だった張景恵が独立宣言をした。 以上の署名の無いコメントは、222.147.182.220会話/Whois)さんが[2005年2月18日 (金) 04:34 (UTC)]に投稿したものです。

いきさつは分からないが、記事が保護されています。履歴をみると保護は一ヶ月前。そろそろ解除してはどうか? Hery 2005年2月27日 (日) 02:45 (UTC)

満州国消滅の日について

アジア歴史資料センターの史料、「満州国消滅の日について」レファレンスコード:B02032435800によれば1945年8月19日としています。確かに溥儀の退位宣言は前日に出されているのですが、どうしたものか。220.146.134.222 2005年8月8日 (月) 15:31 (UTC)

そもそも8月18日説の根拠は何でしょうか。溥儀『我的前半生』など中国側関係者の回顧録だと16日退位、17日通化で飛行機搭乗→瀋陽で逮捕、護送→18日チタ着(一日遅くずれているものもあります)というものが多いのですが、史料的に何か結論はついているのでしょうか。そのころの大栗子の状況から考えると、「国務院」の決定をうけて翌日に「退位詔書」朗読というような悠長な手続きがあったとは考えにくいですが。--Novo 2007年1月19日 (金) 03:17 (UTC)

満州民族と満州国

ソ連から中国への項をみると、

> 満州国の崩壊から60年を経た現在では、昔の満州の風俗等の面影は消えつつある。これは中国東北部として中1国の内部に正式に取り込まれた後に大量の漢民族が東北部に植民し、満州民族は完全に少数民族となったことによる。満州民族の文化は今では中国政府から保護すべき対象として扱われている。このように、旧満州の地は風俗的・経済的・政治的にほぼ完全に中国に同化しているといってもよいかもしれない。

とある。この項にこの一文があると、満州民族の漢化は中華民国ないしは中華人民共和国当時に進んだように見えてしまう。だが、実際には清末には漢化は既に進行していたというのが定説のはず。 手近な資料で明記してあるものは乏しいが、リットン調査団の一員として随行したハインリッヒ・シュネー博士の当時の記録に明記されている。(講談社学術文庫『「満州国」見聞記~リットン調査団同行記~』p.93)

また、本記述は「満州族」についての記述であり、「満州国」の記述ではない。

以上2点の事及び同様の記載が「満州族」にもあることから、削除が妥当と考える。Kaba 2005年10月2日 (日) 14:36 (UTC)

訂正依頼

立場性にかかわらない点なので訂正していただきたいのですが、「崩壊」の項目に、「1946年4月11日まで有効だった日ソ中立条約」とありますが、同条約の有効期限は批准の日から5年間とされており、批准は1941年4月25日ですので、有効期限は1946年4月24日までであると思います。 参考:http://www.hoppou.go.jp/library/document/data/19410413.html 以上の署名の無いコメントは、60.39.110.149会話/Whois)さんが[2006年8月10日 (木) 02:45 (UTC)]に投稿したものです。

愛新覚羅溥儀は『我が半生』(原題:我的前半生 - 英語題: The former half of my life)という自伝を1967年に著した。当時の中国は文化大革命の最中であり、監視下に置かれていたため、その内容は十分な文献批判が必要であるが、この本の中で溥儀は東京裁判満州国傀儡であった趣旨の証言を偽証であったとした。 以上の署名の無いコメントは、125.172.79.141会話/Whois)さんが[2006年9月2日 (土) 03:34 (UTC)]に投稿したものです。

表記

スケ」という表記を、「23スケ」か「スケ」に直して欲しい。つまり、インド数字か大字で。 以上の署名の無いコメントは、218.46.195.51会話/Whois)さんが[2005年10月28日 (土) 21:00 (UTC)]に投稿したものです。

「日本の傀儡国家である。」という記述は、傀儡という言葉が大変マイナスな意味での言葉なのでいろいろと異論があるので、「「日本の傀儡国家であった。」という意見が一般的である。」という記述に訂正していただきたい。 以上の署名の無いコメントは、125.175.202.162会話/Whois)さんが[2008年4月3日 (木) 13:40 (UTC)]に投稿したものです。

「傀儡国家ではなかった」という研究があるのですか? 信頼のおける文献でそのような見解を示しているものがあればそういう記述は可能と思われます。--ΑΩ 2008年4月3日 (木) 14:51 (UTC)

事実の誤り

1941年12月8日満州国は日本と同時に宣戦布告したと書いてありますが、このサイトにもあるように宣戦していません。明らかに事実と反するので修正すべきです。--124.147.101.98 2006年11月10日 (金) 00:39 (UTC)

満州国を承認した国々

このテーマ、結構面白いので、一覧を掲載してみようかと思ったのですが、この記事はもう保護されてしまっていましたか。残念。

peace系、あるいはyukarin系の「アラシ」の介入に対しては、「半保護」記事の編集資格を強化して、「ログイン後1か月以上」とすればほぼ防げると思うのですが。提案の機会を伺っているところです。ゆう(matunami) 2006年11月20日 (月) 11:20 (UTC)

なるほどおもしろいですね。でも国というより政権とした方が記載する数が増えると思うんですが、どうでしょう。とにかく保護が解けて加筆されるのを楽しみに待っています。--Tears for Asia 2006年11月22日 (水) 08:31 (UTC)
多数の国からという印象を与えかねないと思いましたので、「枢軸国を中心とした」という表現を加えるとともに一覧にも印をうってみました。ところで、「以下の23ヶ国」とありますが、23ありません。どこを直すべきかはわかりませんでした。M-ogino 2007年3月11日 (日) 08:30 (UTC)

保護解除依頼およびその議論

ここにはすでに「保護が解除されたら編集お願いします」と依頼をしているユーザーの方がおります。その方は保護の解除を待っていると私は受け取りました。その為、このページの保護を解除するのはどうでしょうか?実質当文頭のように、解除を心待ちにしている方もいらっしゃると思うのですが、どう思われますでしょうか?--May.Low 2006年11月23日 (木) 20:45 (UTC)

編集合戦に関係しているユーザのうち、2名が投稿ブロックを受けていますので、同じ編集合戦は起こらないかと。--kahusi (會話) 2006年11月23日 (木) 22:54 (UTC)
了解いたしました。この件を踏まえて当ページの保護者であるMiya氏に保護解除依頼を出しておきましたので、遅くても一週間後には解除されると思われます。--May.Low 2006年11月24日 (金) 07:01 (UTC)
保護解除依頼はWikipedia:保護解除依頼に出したほうがよいですよ。--これきん 2006年11月24日 (金) 08:29 (UTC)
ご報告です。2006年11月25日午後0時45分に確認したところ、保護は解除されています。皆様、ありがとうございました。--May.Low 2006年11月25日 (土) 03:46 (UTC)

中立的な観点について

現行の版では、中国(中華民国)側の視点に偏りすぎ、日本を侵略マシンと位置づけているように思えます。--ハンカチ皇子 2006年12月14日 (木) 16:39 (UTC)

私は、満州国は独立国家ではなかったと考えます。--以上の署名のないコメントは、210.193.95.18会話/Whois)さんが 2007年3月22日 (木) 08:33 (UTC) に投稿したものです。

満州という不毛の大地に一大文明を築いた大日本帝国の栄光を称えるような項目にすれば、靖国の英霊達も草葉の陰で喜んで頂けるでしょう。勿論、wikipedia 的にはウンコ以下ですが。--222.150.223.191 2007年6月11日 (月) 01:16 (UTC)

間違いの指摘

「概要」の最初の方に出てきていますが、遼を建てたのは女真族ではありません。契丹族であり、系統的にはモンゴル系ですので、女真族とは全く別民族です。 以上の署名の無いコメントは、220.25.108.16会話/Whois)さんが[2007年9月7日 (金) 16:58]に投稿したものです。

傀儡国家かどうかと出典について

満州国が傀儡国家でなかったとする内容に書換えたいようですが、それならばそのような出典を添えて加筆して下さい。信頼できる情報源の独自解釈で出典のある記述を除去するのは荒らしに等しいです。johncapistrano 2008年5月25日 (日) 08:18 (UTC)

いい加減に要約欄に虚偽を書きながらの編集は止めて下さい。前掲は前傾です。日本語分かりませんか? 山室信一『キメラ 満州国の肖像』1993年、 児島襄『満州帝国』1976年です。出典の付けられている分の改竄は止めましょう。読者に出典の不正利用と間違えられます。johncapistrano 2008年5月25日 (日) 14:12 (UTC)

この調子ではブロックされますよ。お互いちょっと譲って一旦本文編集を留保し、ノートで検討された方がよいのではないでしょうか。--PRUSAKYN 2008年5月25日 (日) 15:06 (UTC)
johncapistrano氏へ。フォローありがとうございます。お礼だけ書くのも何なので、山室本以外の「満州国を傀儡国家と表記する研究が多い」という典拠を紹介。以下、塚瀬進「満洲国は「国家」であったのか」(川島真他編『東アジア国際政治史』名古屋大学出版会、2007、p140)より引用。
満州国の特徴としてよく指摘されるのは、「日本の傀儡国家であった」という点である。それゆえ、日本国内で満洲国を表記する場合、「満洲国」と括弧をつけ、「『満洲国』は国家としての正当性を持たなかったので、『』を付けて表記した」などと注記されることが多い。中華人民共和国では「偽満洲国」と表記し、にせものの国家であったことを強調している。(強調、投稿者)
ついでに言えば、イアン・ブルマといったアメリカの歴史研究者も満洲国を傀儡国家と表現しています。『近代日本の誕生』(ランダムハウス講談社、2006、p115)参照のこと。
Heat59氏へ。Wikipediaでは引用を認めています。Wikipedia:引用のガイドライン参照。信頼できる情報源の無理解といい、少しWikipediaの方針やルールについて不安を覚えます。また満洲国自体についても、査読研究をこれまで読んだことがあるのか疑問にも思います。--218.221.52.4 2008年5月25日 (日) 15:12 (UTC)
Yhiroyuki氏による報告は見ています。編集内容を確認して頂ければ誰がどういう編集をしているか分かる筈だと思います。少なくとも出典がないとする虚偽の主張で記述の削除が可能になったり、出典の追加が単なる差戻しと同じ扱いを受けるのでは不当だと思います。johncapistrano 2008年5月25日 (日) 15:20 (UTC)
私はjohncapistranoさんのされていることがおかしいとは思いませんが、ただ結果としてパッと見には編集合戦のように見えてしまう(第三者から編集合戦と評価されても仕方がない)状況であるのも事実だと思います。ですから、現在の編集状況からページがブロックされては残念ですので、早めにノートでの検討に切り替えることをお勧めします。相手が話しに乗ってくるか、きちんと議論になるかは別ですが、だめならだめでうまくやれば他にいくらでも手はあると思いますよ(議論拒否に対する対処は簡単ですし)。編集内容を見ればjohncapistranoさんにとってむしろ状況は有利だと思いますので、一旦様子を見て、落ち着いて議論を試みてはいかがでしょうか?面倒ですが、一か八かの本文対決を試みるよりは無難な手だと思います。--PRUSAKYN 2008年5月25日 (日) 15:48 (UTC)
どうもです。Peaceと抱き合わせでブロックされたことがありますから、同じ懸念は以前より抱いております。johncapistrano 2008年5月25日 (日) 15:58 (UTC)
出典情報として児島襄の『満州帝国』は文庫版の1983年を記述したのですが、1976年に変更した方が良いでしょうか? 内容は大きく変わっていないと思うのですが。--SRIA 2008年5月25日 (日) 16:05 (UTC)
読み比べないと分からないですね。ただ初出は知らないのですが、石原の満拓非難はよく知られているようです。同じ記述の出典は相当数あると思います。johncapistrano 2008年5月25日 (日) 16:10 (UTC)

IPじゃ面倒なので、アカウント取りました。それで、山室本や塚瀬さんの文を典拠とする限り、「日本の影響力の強さから傀儡国家だったとする見方もある」なんていう記述は、まるで通説では傀儡国家じゃないけど、一部にそういう意見もある、というニュアンスに取られかねないから不適切、というか不正確だと思うんだが。いかがでしょう。--修正者 2008年5月25日 (日) 16:16 (UTC)

強いて言えば、「通説では傀儡国家だが、一部にそうじゃないという意見もある(のかな?)」という感じでしょうか?尤も通説でも学説でも「傀儡国家」の評価が高いという気もしますが、専門家じゃないんで通説以上のことはコメント致しかねます。--PRUSAKYN 2008年5月25日 (日) 16:21 (UTC)

この項の発見が遅れたことは誠に遺憾です。早急に議論に参加するよう以後心掛けます。Johnさん、報告ありがとうございます。では、本題に移ります。満州国が傀儡国家であったか否かということですが、私自身傀儡国家ではないかと思う節もございます。しかし、傀儡国家である、と断定はできないといっているだけのことです。出典の明記はあったようですが、傀儡国家であると断定できる資料は1つもありません。あるわけないのです。国際的に傀儡国家と認定するとした資料は存在せず、「傀儡国家とする説がある」といったレベルなのです。つまり、表現が行き過ぎている、中立性に欠けている、また、「いわゆる傀儡国家である」の「いわゆる」というWikipediaではタブーとされる表現を使用することは駄目だ、ということです。--Heat59 2008年5月25日 (日) 16:23 (UTC)

満州国が傀儡国家であったかどうかの事実関係の断定については、ウィキペディアでは避けた方がよいでしょう。それは、恐らく大日本帝国は傀儡国家ではないと主張するでしょうし、ヨーロッパ諸国は傀儡だ、日本ひどいと主張するでしょう。
ウィキペディアで記述できるのは、以下のこと;傀儡国家であったとする説が主流であるということくらいであれば、ある程度調べが付くかもしれませんね。
それとは別に、Heat59さんにお願いしたいのは、一応何らかの出典付きで記述されている事柄については、できれば出典元を確認し(難しければその義務はないと思いますが)、必ず何らかの問題提起を行った上で編集をするという出典に対する慎重な姿勢を持っていただきたい、ということです。もしHeat59さんのお考えが正しかったとしても、出典付きの記述をぼんぼん削除・変更してしまうと、出典主義のウィキペディアに対する編集方針としては問題があるのです。早く本文を修正したいお気持ちはわかるのですが、出典付きの記述の大幅な改編についてはノートで確認する等、気は長く持ちましょう(その方が今回のような編集合戦も予め防ぐことができ、急がば廻れということです)。よろしくお願いします。--PRUSAKYN 2008年5月25日 (日) 16:37 (UTC)
私は主流であるか否かもWikipediaでは判断できないと思います。主流であるか否かのものさしはなんなんでしょうか。独自研究にあたりませんか。そういった判断は、情報のまとめが目的であるWikipediaの範囲外であると思います。追加で、アドバイスありがとうございます、心掛けます。出典も図書館に行ける機会があるかどうかはっきりしませんが、確認してみます。--Heat59 2008年5月25日 (日) 16:47 (UTC)
そうですね、私も主流であるかを判断するのは難しいと思います。ただ、文献を数えるくらいの調べは付くかもしれない、と思っただけです。専門家の評価は百科事典に載せるに値しますから、どのくらいの専門家が「傀儡」と言っているかいないかは、調べてみる価値はあるのではないでしょうか(逆に言えば、これをせずにどちらが「主流」かを問うても、それは結局通説の域を出ません)。ただ、「傀儡ではない」と書いている出典の記載はお勧めします。「傀儡である」とする出典が複数示されているのに対し、「傀儡ではない」とする出典が示されないのであれば、「傀儡説」が主流なのかなという印象が生じ、やがてその方向に本文が修正されていくかもしれないことはやむをえないでしょう。--PRUSAKYN 2008年5月25日 (日) 16:56 (UTC)
PRUSAKYN氏へ。ああ、まぎらわしい書き方してすみません。「通説」というのは「学会で当たり前になっている説」という意味で使用しました。なので改めるべきと考えている方向は、PRUSAKYN氏が挙げられた文案どおりです。査読論文で、正直傀儡国家じゃない、といっているのを管見の限り見たこと無いので、現在の文に改めた人には是非典拠を訊きたいと思ってます。でないと「一部にそうじゃないという意見もある」という文案を採用する時、注釈が付けられず、「要出典」テンプレ付けられそうですし。
Heat59氏へ。挙げた典拠をしっかり見ていただきたい。山室さんは(満州国の存在について、辞書や歴史事典では)「日本ないし関東軍の傀儡国家と規定するものも少なくない」と書いています。つまり多くの歴史研究の専門家が「規定」していると述べているのです。塚瀬さんも同様言い切っています。これは専門家の意見ですので、尊重しなければなりません。また記述は多数意見と少数意見は分けて書かねばなりません。
「重要な制限事項がひとつあります。複数の観点を比較する記事では、少数派の意見について、より広く普及している観点と同じだけの詳細な説明を加える必要はありません。論争を説明する際には、少数の人々が支持する観点が、あたかも非常に広く受け入れられている観点と同じだけ注目に値するかのような書き方をするべきではありません。それは論争の形について誤解を与えかねません。」(中立的な観点参照)。
Wikipediaのルールでは闇雲に中立記述をせよと言っているのではありません。--修正者 2008年5月25日 (日) 17:08 (UTC)
修正者さんのいうこともわからなくはないのですが、「多くの歴史研究の専門家が既定している」というのは独自研究にあたります。とにかくは、現時点では主流か否か多数派か否かは判断しかねます。各自書籍を調べた後、傀儡国家否定派が存在すれば主流とみなすのも無理があるかなとは思っています。--Heat59 2008年5月25日 (日) 17:24 (UTC)
「通説」の解釈間違えました。すみません。
山室さんは(満州国の存在について、辞書や歴史事典では)「日本ないし関東軍の傀儡国家と規定するものも少なくない」と書いています。 ということで、ウィキペディア独自の「評価」を下すことなく本文へ記載することができます。ウィキペディアの執筆者が「多くの歴史研究の専門家が」と書いるわけではなく、「『多くの歴史研究の専門家が』と書いている出典がありますよ」ということを示しているに過ぎませんから、少なくともウィキペディアの独自研究には当たりません(そう書いている出典元執筆者の独自研究である可能性は留保しますが、それはまた別の問題=ウィキペディアではなく出典側の問題です)。これを見て、「山室氏は独自研究で嘘を言っている」と判断するか「正しいことを言っている」と判断するかが読者の仕事であり(従ってウィキペディアの判断することではない)、「山室さんがそう言ってますよ」ということを書くのがウィキペディアの仕事です(一般に、「出典A」で「~~~~」と書いている、ということを記載することは望ましい。できれば、「出典B」でどう書いているかもわかるとよい)。よく見るとおわかりいただけると期待しますが、ウィキペディアでどっちの意見が主流かは判断すべきではないが、本文には「山室さんはそう言ってますよ」と書いてあるだけですし、評価ではなくそういう書籍があるという単純な事実関係の確認だけですから、記述しても特に問題はないと思います。逆に、「査読論文」でこの記述に対する反論があるのならば、出典付きでウィキペディアに「論文Cでは山室さんのその主張は誤りであると書いている」と記述することができますし、それは非常に歓迎されます(と私は思います)。
従って、修正者さんの仰る現在の文に改めた人には是非典拠を訊きたいと思ってます。でないと「一部にそうじゃないという意見もある」という文案を採用する時、注釈が付けられず、「要出典」テンプレ付けられそうですし。 という指摘には、意見の相違以前の問題として真摯に答えていただきたいのです。実際、傀儡国家でないという出典が示されないで「傀儡国家でない」と記述することは不可能ですし、仮に書いたとしても出典がなければ即「要出典」行きでしょう(行く末は「消去」)。また、ウィキペディアが「傀儡国家である」と勝手に判断を下して出典なしで記述しているのなら出典不足を理由に削除もできますが、「『傀儡国家である』と書いた書籍がある」という、いわば出典の有無を言っているだけの記述は削除する必要はありません(Wikipedia:信頼できる情報源に反する出典か、実在しない出典か、くらいしか削除理由は思いつきません)。
一般論として、ときどき出典元がえらい間違いをやっていることもあるのですが、それでさえ「出典元がえらい間違いをやっている」ということを客観的に示すことのできる出典がなければウィキペディアでの記述を変更することは結構難しく、やるにしてもよく検討して慎重に行わなければならないのです。このくらい、ウィキペディアでは出典の重みがあります(よくも悪くも出典主義です)。
私は研究もしないで私個人の意見(感想・思い込み)を元にどちらが正しいと主張するつもりはありませんから、ただ出典の扱い等の手順は間違えることのないよう期待する限りです。--PRUSAKYN 2008年5月25日 (日) 17:58 (UTC)
「傀儡国家である」とする出典もあれば、「傀儡国家ではない」とする出典もあります。
  • 黄文雄 (評論家)「満州国は日本の植民地ではなかった」(ワックBUNKO、2005年)
  • 中村粲「大東亜戦争への道」(展転社、1990年)
出典主義のWikipediaにとって例示した方が早いと思いますので提示します。よって、傀儡国家であるかどうかは判断できません。--Heat59 2008年5月26日 (月) 13:28 (UTC)
上記のどれが査読研究なんですかね。信頼できる情報源をきちっと読んでくださいね。というか上記の本はどれも全く査読研究を基に編まれたものではないし、査読研究に引用されない著述ですよね。あるというのなら、査読研究に引用している例を紹介してください。念のために書きますが、山室さんも塚瀬さんも満洲国の研究者として名高い人です。たとえば前者など『キメラ』を上梓後、『史学雑誌-回顧と展望-』(1994-5、p156)に「山室信一『キメラ』・同「『満洲国』統治過程論」(『「満洲国」の研究』)は、満洲国の建国理念と展開した現実とに正面からとり組んだ力作。・・・京大人文科学研究所研究班の成果をふまえた、氏の二著作の分析は鋭い」とコメントされるほどの研究書です。質が明らかに異なる。再度尋ねますが、査読研究と言われるものを読んだことがありますか。
それに「満洲国を傀儡国家と書く研究が多いか否か」ということにきちっと言及しているのですか。しているのでしたら引用してください。「満洲国は傀儡国家である」と書いてあるのと、「満洲国を傀儡国家としない研究が多い」ではニュアンスが違います。
またまだノートで話し合いし編集合戦にならないようにしているのに、独りよがりな意見で編集するのは、ノートに参加している人たちに失礼なのでは以上の署名の無いコメントは、修正者(会話履歴)さんによるものです。Heat59
おっしゃられることの意味が全くわからない。信頼できる情報源の条件をすべて満たしていますし、上記の両者とも評論家や近代史専門家です。満州国のスペシャリストであるかどうかは全く関係ないことを認識ください。よって、出典として利用できます。また、こちらも出典を提示している以上、多いかどうかの判断はウィキペディアの範囲ではございません。今一度、ウィキペディアの基本方針とガイドラインを確認してください。--Heat59 2008年5月26日 (月) 22:02 (UTC)
追記。査読研究でなければならないとされているのは科学分野です。--Heat59 2008年5月26日 (月) 22:11 (UTC)
「傀儡国家であるとする研究が多い」と書いてある出典に対する反証となるのは「傀儡国家であるとする研究は少ない」または「傀儡国家でないとする研究が多い」と書いてある出典ですよね。世の中に「傀儡国家である」とする出典と「傀儡国家でない」とする出典の両方が存在することは誰しもわかっています。ここで論ぜられていることに関して求められているのは、ご提示の出典には「傀儡国家であるとする研究は少ない」または「傀儡国家でないとする研究が多い」と書いてあるのでしょうか、ということです。--PRUSAKYN 2008年5月28日 (水) 06:33 (UTC)
ええと、論点がすり替わっていますよ。多いか少ないかは論点ではございません。よって、2008年5月28日 (水) 07:36版(最新版)の記述で良いと考えます。(そもそも世の中に「傀儡国家である」とする出典と「傀儡国家でない」とする出典の両方が存在することは誰しもわかっているのであれば、この題目は不要でした。わかっていない人がいたために私が調べて具体的な出典を示したまでです。)--Heat59 2008年5月28日 (水) 08:28 (UTC)
ああ、そうでしたか。私はてっきり山室さんは(満州国の存在について、辞書や歴史事典では)「日本ないし関東軍の傀儡国家と規定するものも少なくない」と書いています。のうち「少なくない」という表現が論点になるかと思いました。ですから、この記述を削除する(のは問題なので「打ち消す」)ためには「少なくなくない」と書いている出典が必要かと考えました。
「傀儡国家である」か「ない」かの出典については、修正者さんは査読研究であるかないかを論点にされていますが、それはある程度の知識のある人間でしたら(つまり小中学生だと難しいかもしれませんが)出典文献がどの程度の書籍であるかはこちらで配慮しなくてもおのずと知れるものだと思いますから、そんなに心配しなくても、そのまま「○○にこう書いてある」としておくだけで大丈夫なのではないでしょうか。「○○」がどのようなものであるのか、どの程度のものであるのかは、我々が判断するよりも読者が判断に任せた方が確実(or無難)なのではないでしょうか。--PRUSAKYN 2008年5月28日 (水) 08:53 (UTC)
そうですね。その方向でいかせていただきます。話がまとまったようなので、72時間以内に反対意見がなければ、合意が形成されたとします。--Heat59 2008年5月29日 (木) 12:14 (UTC)
肝心の修正者さんがいま活動していらっしゃらないようなので、もう少し待ってみてはいかがでしょうか(たんに待つだけでその間何かできないorしなければならない、という実害もありませんことですし)。私もしばしばそうですが、実生活上の理由(多忙、病気等)でウィキペディアを休むことはあります。1週間くらい様子を見て、何もなかったら合意形成を宣言するという方が、あとあとよいのではないでしょうか(1週間待てばあとから誰かに期間の有効性について文句を付けられることはまずありません)。--PRUSAKYN 2008年5月29日 (木) 17:17 (UTC)
では、合意形成には 2008年5月29日 (木) 12:14 (UTC)より1週間待つことにします。--Heat59 2008年5月30日 (金) 09:39 (UTC)
すみません、ひょっと思ったのですが、「合意」というのは何に対する合意でしょうか? Heat59さんご提示の出典を本文に記載すること(=「出典」として認めるということ)の是非についてでしょうか、それとも本文の現状維持についてでしょうか。前者であれば私は異論ありませんが、後者であれば合意できません。というのは、本文はいつでも誰でも書きかえられますから、現状維持は不可能なので。あるいは、何か別のことに関する合意でしょうか。--PRUSAKYN 2008年5月31日 (土) 12:47 (UTC)
出典を本文に記載し、対立した両サイドの見方を記載することです。文面の現状維持ではございません。--Heat59 2008年5月31日 (土) 17:09 (UTC)
了解。出典を明記し、対立した両サイドの見方を記載することに同意します。--PRUSAKYN 2008年5月31日 (土) 17:18 (UTC)

多忙で書き込み遅れましたが、まず冒頭の文案を示すと、「いわゆる日本傀儡国家である<注釈>(満州国の存在について、辞書や歴史事典では)「日本ないし関東軍の傀儡国家と規定するものも少なくない」(山室信一『キメラ-満州国の肖像-』中公新書1138、1993,p6、1993年吉野作造賞受賞)と書くように、満州国を日本の傀儡国家とすることが、歴史学では多い。中国の学会では通常「偽満州国」と記載され、正式な独立国家としては見なさない。ただ日本の一部の非査読研究では傀儡国家と見なさない著作がある。(ここでHeat59氏の著作を挙げる)。<注釈終わり>。」 が妥当だと思います。山室本をメインに据える理由は以下の通り

  1. 査読研究に依拠していること。
  2. さらに査読研究を批評する論文でも評価されていること(史学雑誌)
  3. 未だ研究の多寡について言及している典拠を示しているのは、ここでは山室本や塚瀬文だけであること(つまり典拠主義に立つ限りこれに依拠するしかない)
  4. Wikipediaが日本の物差しだけに限定されてはならない「日本中心とならないように」という点から言えば、中国では満洲国を傀儡国家とみる研究が支配的である点を無視できない。加えてイアン・ブルマといった欧米系の研究者も同様の見解を持っていることも考慮する必要がある。
  5. 主流の研究と非主流の研究を、しっかり分けて記載すべきである点は、すでに以前述べましたし、その典拠も示しました。主流であるという典拠を、二つも示しながら除去する行為は明らかにWikipediaのルールを無視する行為だと感じます。
  6. 査読研究についてですが、信頼できる情報源に歴史学についても特に言及し、以下のようにあります。「研究中の学者は、本やジャーナルの記事でその結果を公表します。こうした本は通常、大学出版会や、W.W.ノートンやグリーンウッド大学などといった大学出版会の基準を模した商業出版社から出版されます。」塚瀬文はまさに名古屋大学出版会から出版された著述の中にあるものですが、「ワックBUNKO」や「展転社」はそういう基準に達した出版社とは言えませんから、信頼できる情報源の条件を完全に満たしているわけではありません。それよりも完全に条件を満たしている山室本を「これらの資料は全て近年に出版された三次情報源であり、信頼できる二次情報源がないかぎり、記述できるものではない」とコメントすること自体、非常な誤りです。この点について、未だこのように考えているかどうか、是非尋ねたいと思います。

2008.6.3現在の単に「国家」と書くのは歴史学の標準とはかけ離れており避けるべきです。--修正者 2008年6月3日 (火) 14:34 (UTC)

(コメント)基本的には修正者氏の文言で良いと考えます。ただ、「~非査読研究~」というのは非常に堅苦しく、わかりやすい言葉とは言いがたいと思います。「ただし、満州国を傀儡国家で無かった、又は傀儡であったかは再考を要する、とする論調で書かれた本もある」くらい砕いた文章でもよいかと思いますがどうでしょうか。
ついでに「中国の学会」という言葉ですが、学会がついている意味があるのかに疑問を覚えます。共産党がそう考え、そういう考えの党が独裁をやっている国の学会が、この問題に関して権威があるのか不明です。単に「中国では」でよいのでは?--R-H 2008年6月3日 (火) 15:09 (UTC)
(コメント)お二方コメントありがとうございます。私もR-Hさんと同様、大筋おいて異議は御座いません。そのような書き方であれば両者の出典と主張も併記できますし、過不足はないと思います。
「中国の学会」については、「学会」とするのであればこちらもできればそれ相応の出典(著作・論文等の例)が記載されれば、と思います。「中国では」とすると「中国の一般人の通説(学術的な通説ではなく)では」といった意味合いか、あるいは中国特有の事情として「党の方針としては」といった意味合いが出るので、その手の学術論文等の出典は必ずしも必要ではないと思います。
「~非査読研究~」については、私もやはりもう少し言い方を砕いた方がよいと思います。--PRUSAKYN 2008年6月3日 (火) 15:43 (UTC)
ご両人、ご意見ありがとうございます。「非査読研究」ということばは確かに堅いと思うのですが、読者の多くは「査読」ということばすら知らない、聞いたことがない人が大勢を占めると思いましたので注意を引く意味で足しました。Heat59氏の挙げた典拠は歴史学分野で取り上げられることがないことから、「歴史学の研究」とは言えませんし、何か「法学」とかの研究ともいえませんから、明確にしないと歴史学分野でそういう意見が少数ながらあるのか、と誤解を与えかねないと思いこういう書き方をしました。このニュアンスが出るのであれば、砕けた別の文案でも異存ありません。
「中国の学会」については、PRUSAKYN氏が言われるとおり、一般人の通念とは別だという意味で使用しました。典拠については論文タイトルで簡単に確認できるものだけでも房建昌「偽満洲国時期的哈爾濱猶太人」(遼寧師範大学学報(社会科学版) 1996年 4期)や劉國華「偽満洲国大陸科学院」(中國科技史料、1986-4)、台湾の研究では林明德「偽満洲国与反満抗日運動」(中央硏究院近代史硏究所集刋 17期、1988)など枚挙に暇がありません。中国の査読研究で満州国がどういう扱いなのかは、すでに塚瀬さんの文を引用しています。(再掲)「中華人民共和国では「偽満洲国」と表記し、にせものの国家であったことを強調している」川島真他編『東アジア国際政治史』名古屋大学出版会、2007、p140)。後、中共の息がかかった研究者ばかりではありませんので、その点は意識を改めてもらえればと思います。文革世代以後の研究者には非常に優秀な人も多く、アメリカの大学で活躍している人もいますし、そこの教壇に立たずとも留学して、欧米や日本の歴史学を学んでいる人は大勢います。現に日本人の満州国研究で、中国人研究者の研究を参考文献として挙げないものなどありません。たとえば山室本は簡単に書店で見られると思いますが、参考文献を見ると王承礼主編『東北淪陥十四年史研究』第1輯(吉林人民出版社、1988)他数冊を挙げています。専門家が引用、もしくは参照しているので、問題ないと思います。--修正者 2008年6月3日 (火) 16:47 (UTC)
「非査読研究」という用語についてですが、やはり一般の我々にはぱっと言われてぱっと来ない単語である感じは否めません。確かにその点に「これはなんだろう?」と「注意を引く意味」というメリットを見出すこともできますが、ここは注意を引くだけでなくむしろ単刀直入に「歴史学の研究論文でない一般向けの出版物」というなど(この言い方が正しいかはわかりませんが、飽くまで例え話として)、何か別の表現を用いた方がピッとくるのではないかという気がします(表現については検討しましょう)。
「中国の学会」については、仰るような「「中華人民共和国では「偽満洲国」と表記し、にせものの国家であったことを強調している」川島真他編『東アジア国際政治史』名古屋大学出版会、2007、p140)」を載せた後で、具体例としていくつか代表的な(その道の人であれば知っているべき研究といえるような)論文・著作をいくつか例示してはいかがでしょうか? それで出典と記述内容の信憑性(迫真性)については万全だと思います。--PRUSAKYN 2008年6月3日 (火) 16:57 (UTC)
んーと、「学会で傀儡国家であるとされ」、「学会と一般人の通念とは別である」ならば、「一般通念では満州国は傀儡とは見なされていない」という三段論法が出来てしまうと思うのですが。学会の論文を裏づけに「満州国が傀儡国家であるというのが(歴史学上でも一般認識上でも)一般的である、が、それに異議を唱える評論家もいる」という結論に持っていくのではないのですか?
学会でも一般でも傀儡と見なされているのは、黄文雄氏の著作が傀儡であるという認識を改めさせよう、という態度の題名で本を出している事からも明らかだと思います。
自分もリード文の文案をきちんと提示して見ます。
「いわゆる日本の傀儡国家である<注>満州国のあり方については、「日本ないし関東軍の傀儡国家と規定するものも少なくない」(山室信一『キメラ-満州国の肖像-』中公新書1138、1993,p6、1993年吉野作造賞受賞)と書くように、満州国を日本の傀儡国家とすることが、学術上・非学術上を問わず一般的である。中国でも同様に、満州国を正式な独立国家として見なさない趣旨の論文が多数あり(中国語論文を挙げる)、そういった否定的文脈では「偽満州国」と記述される。ただし、日本の一部の評論家はこの考え方に異議を唱え、再考を促す内容の本も出版されている(ここでHeat59氏の著作を挙げる)が、学術上では受け入れられていない。</注>。」
こんなところでしょうか。やはりきちんと意見を盛り込もうとするとある程度は固くなってしまいますね。しかし、「学会」と書くと一般からの乖離という認識を読者に与えると思いますので、なるべく使用しないほうがよいと思います。--R-H 2008年6月4日 (水) 15:35 (UTC)
私は一般通説(俗説)は個々人が判断できると思ったのであまり考慮していなかったのですが(満州国は傀儡国家だったと思う人も、そうじゃなかったと主張する人も、一般人の間では「満州国は傀儡国家だったとなっている」という認識は持っていると思います。学校でもそう教わった気がするし)、確かにそのような意図していなかった三段論法が出来上がってしまうのもまずいですね。ご提示のような文案でよいかと思います。私は「学会では」という文句に「通俗説ではない専門家の見解」を明記できるというメリットを見出しますし通俗説は個々人が判断できると思ったのであまり考慮していなかったということもあるのですが、しかしそのような心配があるのであれば避けても構いません。最後の「~~が、学術上では受け入れられていない。」で十分わかると思います。--PRUSAKYN 2008年6月4日 (水) 16:27 (UTC)
申し訳ないのですが、睡眠時間を削るほど多忙のため、多分日曜までWikipediaに来られません。しばし猶予を願います。--修正者 2008年6月5日 (木) 13:31 (UTC)
生活上の事情でしばしば中抜けするのは我々お互い様ですから、気にせずできるだけ多くの時間を睡眠に廻して下さい。お体お大事に。--PRUSAKYN 2008年6月5日 (木) 15:51 (UTC)
表記については、両サイドの主張を評価せずに併記する原則は変わりません。Wikipedia:避けたい言葉にあるとおり「いわゆる」は非中立的な言葉としてタブーとされています。注の案の中で、多いとの表現が出されましたが、自己参照(歴史学では多いとは規定されず、辞書に規定するものが多いとされている)。そして、Wikipedia:中立的な観点にあるとおり、事実を述べて意見を書かないというのがウィキペディアのポリシーです。また、出典に賞等の記載は不要。山室氏の「キメラ」は二次情報源です(私の三次情報源という認識は誤認でした。)。ただし、私の出典も信頼できる情報源です。あと、イアン・ブルマ氏の意見についての出典をお願いします。
「中国の学会では~」についてですが、満州国は中国内の出来事、自国史であることからかなり主観的な部分があるという背景も頭においておくべきです。また、中国では「偽満州国」というだけでは、そこで中国の学会(一部?全部?)だけの通称を述べるだけでは断片的にはなりませんか。(補記.中国語版WIKIPEDIAに採用されているものは「偽」がついていません。)私としては、(世界的にみて一部の)中国の学会というニュアンスであれば納得できますが、「偽満州国」が正しいと示唆するような記述にはあくまでも反対です。
多忙であることは理解しましたが、最低1週間は合意形成の猶予を取るため、1週間に1度は、チェックしていただけたら問題ないかと。
"事実、様々な意見に関する事実も含めた事実を書け――だが意見は書くな。意見についての事実を述べる時には、その意見に対立する意見についての事実を述べ、かつ、それらの意見のどれか一つが正しいと示唆せずにおくことも重要です。一般的に、それら対立する意見の背後にある考え方や、誰がそうした意見を支持しているかについての事実を提供することも重要です。"(Wikipedia:中立的な観点より引用)
--Heat59 2008年6月5日 (木) 16:35 (UTC)
「偽満州国」が正しいと示唆するような記述にはあくまでも反対です。私も同感です。そのようにはならないと思います。
議論ですが、それほど急を要するものでもないと思いますので、お互い話し相手もわかっていますし、気長に構えるのがよいかと思います。--PRUSAKYN 2008年6月5日 (木) 16:43 (UTC)
ただ、私は、「偽満州国」を満州国は傀儡国家という裏づけするものとして利用している感がどうしても否めません。全く別の部分で使うのであれば構いませんが、傀儡国家の両論を記述している部分の補記のような形での記述は反対です。--Heat59 2008年6月7日 (土) 00:17 (UTC)
それは論の主従がひっくり返っているように思います。本文では「満州国は傀儡国家である」とは主張していませんし、たんに「中国の研究者は偽満州国と呼んでいる」という事実関係を叙述しているに過ぎません。極論すれば、中国の研究者が偽満州国と言おうと言うまいと、満州国が主権国家であるなら主権国家であろうし、傀儡国家なら傀儡国家であるでしょう。中国の研究者が何と言っても、それはたんに「中国の研究者はそう言っている」というだけで、傀儡国家かどうかの事実関係には無関係かと。本文に「中国の研究者が偽満州国と呼んでいる」と書いてあるのを見て、だからといってそれが正しいと即に思い込む人はよほどの中国シンパでしょう。普通は、「ああ、中国人はそう言っているんだ」という感想を持つ程度であり、それが正しいかどうかは個々人がきちんと検証しない限り断言はできないでしょう(ウィキペディアではそれが正しいか間違っているかは評価・論評できないので)。
ところで、合意形成の話ですが、修正者さんはじめ誰も両論に関する出典の明記には反対していないので、一応両論の出典を本文に記載することについては合意されたとみなしてよろしいのではないでしょうか? いま修正者さんは休業中ですので確認できませんが、復帰後特に反対されないようであれば、そう考えましょう。--PRUSAKYN 2008年6月7日 (土) 05:56 (UTC)
そうですね。考えすぎでした。
両論に関する出典の明記には賛成です。(反対意見がないため、合意形成しなくても良いかとは思います)--Heat59 2008年6月7日 (土) 10:21 (UTC)
(追記)中村粲大東亜戦争への道」(展転社、1990年) は査読の対象だと思うのですが、どうなんでしょう。--Heat59 2008年6月8日 (日) 01:50 (UTC)
日曜といいつつ遅くなり恐縮です。文案ですが、R-H氏のものでも特に異論があるわけではありません。ただ「学会と一般人の通念とは別である」の「別」というのは内容が異なっているという意味ではなく、言葉の重みとして同格には扱えないというほどの意味で使用しました。満州国をテーマとする以上、日本語だけ理解しているだけではだめなのは当然で中国語や英語等の語学力は最低限必要とされますし、史料の扱いの能力も要求される。そういうことが当たり前にできるのが研究者であることに異論はなかろうかと思います。ですからそういう研究者というか専門家の意見と一般の人のそれとでは自ずと重みが違うという意味でした。当方の書き方が拙かったため、誤解を与えたようです。
中国の研究であげるならば、姜念東・解学詩ほか『偽満州国史』(吉林人民出版社、1980)が妥当でしょうか。ただ今手元にないのですが、山根幸夫編『中国史研究入門』下(山川出版社、1983)にも紹介されていますし、問題ないでしょう。
Heat59氏、査読研究論文がどういうものかもう少し調べてください。 自己の見識が問われますよ。--修正者 2008年6月9日 (月) 15:29 (UTC)
最終的な修正案の提示をお願いします。--Heat59 2008年6月10日 (火) 08:53 (UTC)
修正案が提出されていません。現在の記述で合意形成へ移りたいと思います。1週間時間を持ちます。その間に異論があれば修正案とともに提出してください。なければ1週間後に合意が形成されたこととします。--Heat59 2008年6月14日 (土) 13:40 (UTC)
私は修正者さんによって再度修正案が出されるのを待っていますが、恐らくご多忙のためにすぐには期待できないかもしれません。よって已むを得ず現時点で示されている案から考えますが、まず、第一に修正者さんはすでに最初に案を示しております(2008年6月3日 (火) 14:34 (UTC)の案)。これには、R-Hさんと私が大筋で賛同しています。第二に、R-Hさんは修正者さんの案の修正案として2008年6月4日 (水) 15:35 (UTC)の案を示されています。これには、修正者さんと私が大筋で賛同しています。大筋で、ということはさらに若干の修正が必要というわけだと考えられるので、現在は2008年6月4日 (水) 15:35 (UTC)の案を修正した三番目の修正案を待っているところでしょうね。
なければ1週間後に合意が形成されたこととします。」と宣言するのはもちろん自由ですが、その宣言が効力を持つかはひとえに客観的に見た場合に議論との合理性が得られているかに掛かっています(プラス、議論参加者の理解というのもあるとは思いますが)。これまでの二つの合意点を考慮した場合、1週間待つと「現在の記述で合意形成」されたことになるというのはちょっと「議論とのすり合わせ(議論内容の解釈)」に無理があるのでは?--PRUSAKYN 2008年6月14日 (土) 16:14 (UTC)
修正案が示されているのは理解していますが、どの出典とどのウィキペディアのガイドラインによる修正なのか不明です。学術上の大小の判断者は一体誰なのですか。明確に説明が全くありません。そういったものを沿えて提出してください。提出がなければ2008年6月14日 (土) 13:40 (UTC)より1週間たった時点で最新版に対する修正はしないこととする合意が形成されたとします。--Heat59 2008年6月17日 (火) 10:40 (UTC)
まず第一に学術上の大小の判断者は我々以外の何者かが行うことは間違いないでしょう。中村粲はwikipediaによれば英文「学者」で近代史「研究家」であるとのことです。この場合近代史に対する位置づけは、週末は歴史書を読んで過ごすそこらのお父さんとたいして変わらないでしょう。歴史において何か新たな発見(この場合は満州国が傀儡でなかった、か)があった場合は、歴史を扱う学会である程度の賛同を受けることで初めて、それが史実性を持つのでは無いでしょうか。いくら出版されたからといえ、そうでない本は事実を基にしたフィクションとなんら変わりがありません。
第二に自分で私自身傀儡国家ではないかと思う節もございます。とまで言っておきながら結論で本文からそれをはじき出そうとするのは為にする議論という奴でしょう。そもそも傀儡国家かどうかを認定する機関が無いのだから傀儡国家であると国際的に認められる事態が起こるはずがありません。しかし、現実としてリットン調査団がダメだと言い、ほとんどの国から満州国は承認されなかったわけですから、満州国が国家であったと単純に記載する現在の文は大いに欠陥を含んでいます。
あと、そういったわけの分からない議論進行をするのは止めてください。修正はガイドラインを明示しないと行う事も出来ないのですか?期間だってみんな毎日wikipediaに来られるわけではありません。以上の署名の無いコメントは、R-h(会話履歴)さんによるものです。Heat59
私は、両方表記し、かつ、どちらかが認められているなどという主張をしない 、という立場です。誤認はやめてください。
満州国は国家です。国家の定義を確認してください。当時の社会は国連が全てではありませんし、承認国も数多くありました。
ガイドラインにそぐわない修正を認めるわけにはいきません。ルールは守りましょう。また、期間は1週間ですからかなり十分です。毎日来なくてもいいはずですが。--Heat59 2008年6月19日 (木) 09:55 (UTC)

遅くなり申し訳ないです。最終案を提示します。

「日本の傀儡国家である<注>満州国のあり方については、「日本ないし関東軍の傀儡国家と規定するものも少なくない」(山室信一『キメラ-満州国の肖像-』中公新書1138、1993,p6、1993年吉野作造賞受賞)と書くように、満州国を日本の傀儡国家とすることが、学術上・非学術上を問わず一般的である。中国でも同様に、満州国を正式な独立国家として見なさず、そういった否定的文脈では「偽満州国」と記述される(姜念東・解学詩ほか『偽満州国史』(吉林人民出版社、1980)など)。ただし、日本の一部の評論家はこの考え方に異議を唱え、再考を促す内容の本も出版されている(中村粲「大東亜戦争への道」(展転社、1990年)など)が、学術上では受け入れられていない。</注>。」

R-hさんの案に若干手を加えました。いかがでしょうか。ご不明な点があれば、質問してください。 さて、遅くなったのは多忙だったのもあるのですが、どうしても調べたいことがこの記事に関してありまして、先日ようやくその機会があり調べてきました。別件で『史学雑誌』の「回顧と展望」を十数年分調べなくてはならず、ついでに中村粲なる人物の論文・研究書等が取り上げられているか調べてみようと思ったわけです。結論から言えば皆無でした。もしかしたら見落としているかもしれませんが、Wikipediaの記事を見る限り結構な量を書いているようですが、歴史学会では相手にされていないようです。別にそのこと自体を書くというつもりはさらさら無いのですが、立ち位置なるものを再確認したかったのです。学術的信用度という点で山室さんと比較するなら巨象と蟻といった感想を抱きます。また満洲国を国家と認めない研究は圧倒的な量に上るのに、学術的なレヴェルのものがこれまで一つもあげられていないにも関わらず、中村なる人物の著作を特に挙げるのはやや公平性を欠きますが、Wikipediaの中立性という点から挙げました。本来は触れるほどのものではないというのが私感です。

Heat59氏へ。「満州国は国家です」と言い切っていますが、それを判断できるのは歴史学者だけです。あなたではありません。R-h氏の「まず第一に学術上の大小の判断者は我々以外の何者かが行うことは間違いないでしょう」という言葉に含まれた意味を何度も噛みしめてください。こちらはいくつもの著作を紹介し、特に文章を引用し、あまつさえ学会での評価まで調査し提示しています。翻ってあなたはそこまでしていますか。同等レベルの重みを意見に持たせるほど調査(研究史整理)していますか。あるいはそこまでの知識がありますか。以前も深い知識がない分野においては軽々に編集しないようにといったことを言われたことはありませんか。正直言って、あなたの意見ははじめに結論があり、客観的な典拠を受け付けない姿勢にみえます。加えて編集合戦をしないようにというjohncapistrano氏の配慮も無視し、何度も自説を編集している。それもこれまで明らかになったように歴史学の常識からかけ離れている文面です。個人的には、猛省を促したい。--修正者 2008年6月19日 (木) 14:20 (UTC)

ご苦労様です。修正者さんの案に賛成です。過不足ない記述だと思います。
ところで、Heat59さんの提案されている合意形成の話ですが、以下の文を引用します(斜体部分)。
では、合意形成には 2008年5月29日 (木) 12:14 (UTC)より1週間待つことにします。--Heat59 2008年5月30日 (金) 09:39 (UTC)
すみません、ひょっと思ったのですが、「合意」というのは何に対する合意でしょうか? Heat59さんご提示の出典を本文に記載すること(=「出典」として認めるということ)の是非についてでしょうか、それとも本文の現状維持についてでしょうか。前者であれば私は異論ありませんが、後者であれば合意できません。というのは、本文はいつでも誰でも書きかえられますから、現状維持は不可能なので。あるいは、何か別のことに関する合意でしょうか。--PRUSAKYN 2008年5月31日 (土) 12:47 (UTC)
出典を本文に記載し、対立した両サイドの見方を記載することです。文面の現状維持ではございません。--Heat59 2008年5月31日 (土) 17:09 (UTC)
了解。出典を明記し、対立した両サイドの見方を記載することに同意します。--PRUSAKYN 2008年5月31日 (土) 17:18 (UTC)
加えて、以下の確認事項。
ところで、合意形成の話ですが、修正者さんはじめ誰も両論に関する出典の明記には反対していないので、一応両論の出典を本文に記載することについては合意されたとみなしてよろしいのではないでしょうか? いま修正者さんは休業中ですので確認できませんが、復帰後特に反対されないようであれば、そう考えましょう。--PRUSAKYN 2008年6月7日 (土) 05:56 (UTC)
両論に関する出典の明記には賛成です。(反対意見がないため、合意形成しなくても良いかとは思います)--Heat59 2008年6月7日 (土) 10:21 (UTC)
この合意はどこに行ったのですか? Heat59さんは文面の現状維持ではなく出典を本文に記載し、対立した両サイドの見方を記載することをご自分で提案なさっていますし少なくとも私との間で合意が成立していますが、現在の本文はまだこの合意に沿ったスタイルにはなっていません。2008年6月17日 (火) 10:40 (UTC)のコメント「提出がなければ2008年6月14日 (土) 13:40 (UTC)より1週間たった時点で最新版に対する修正はしないこととする合意が形成されたとします。」とのことですが、これは一方的に以前の合意事項を破棄する宣言のように見えます。提案された合意形成に賛成を表明した者としては、このような一方的な宣言は到底受け入れることはできません(やっぱりあの合意はやめようという取り消し提案をきちんとされるのであれば別ですが)。それから、前に書いたことのコピーですが、本文はいつでも誰でも書きかえられますから、現状維持は不可能なので現状維持には合意できません(合意したところで、書き換えられないように管理する責任が持てません。責任が持てないことには同意しかねます)。
そも、失礼なことを申すようであらかじめお詫びしますが、すみませんが、一度辞書で「合意」の意味を調べてみて下さいますか? 私が社会生活上で得た認識では、「合意」というのは「誰かがこうだと宣言すること」ではなく、「複数の主体が合議的に結論を導き出すこと」ないし「複数の主体が合議的に共通の意見を形成すること」だと思います。もしかしたらウィキペディアでの「合意」はこのような意味ではないのかもしれませんが、どこかで辞書に書かれている意味から外れるような取り決めがあれば教えて下さい。Heat59さんが1週間頑張ってある「合意」なるものを宣言したとしても、他の人が全然別のことを考えていたら、その「合意」が実効性を持つことはありませんよ。--PRUSAKYN 2008年6月19日 (木) 16:23 (UTC)
私は、両方表記し、かつ、どちらかが認められているなどという主張をしない という立場です。つまりは正当国家とも傀儡国家とも断定しない、ということです。ということで、傀儡国家と断定する修正者さんの案は全く受け入れられません。(また、Wikipediaガイドラインと共に提出願ったのにも全くされていない。)
両論に関する出典の明記には賛成です。
合意形成しようと至った経緯は議論が3日以上停滞し、議論収束を促そうとした狙いです。また、私が宣言して1週間以上経てば、合意形成、となりますが、今のように反論が来れば、形成されないので、「反論が止まっていますので合意形成しますか?」と聞いたまでです。反論が来た今では、私の提示した合意形成は破棄ということです。--Heat59 2008年6月19日 (木) 21:59 (UTC)
う~ん、わかりにくい! わかりました。ではそういうことで話し合いを続けましょう。
断定しているかどうかが問題になるのであれば、「満州国(満洲国~~)は、~~に存在した国家である。専ら日本の傀儡国家であったとされる<注>満州国のあり方については、~~。」(~~は現在の本文、および修正者さんの案のまま)という感じにワンクッション置いてみてはいかがですか? あるいは「~~国家である。日本の傀儡国家であったとされることが多い<注>~~」とか「傀儡国家であったという見方が主流である<注>~~」でもよいと思います(一般にウィキペディアでは「多い」などという程度表現は客観的に程度を測ることが難しいため避けることが多いが、今回は直に「日本ないし関東軍の傀儡国家と規定するものも少なくない」と明記している出典があるため問題なし)。「国家である。傀儡国家であったとするのが専ら」では文章が煩雑な気もしますが、主権国家にせよ傀儡国家にせよ満州国が国家であったことは間違いないですし、定義を「国家である」とすること自体には特に齟齬はないかと存じます。「満州国は傀儡国家である」というのと「満州国は国家である。傀儡国家とされることが多い<注>出典」というのとでは、文章構造に違いがあり後者は満州国が傀儡国家であったという断定文ではないことはおわかりいただけますよね。他の傀儡国家的な国家の記事を作成する際を考えても、こうしたワンクッション方式の方が論争を避けることができそうです。これで断定問題は回避することができますので、文章のまどろっこしさが気にならなければこんな感じでよいのでは?--PRUSAKYN 2008年6月20日 (金) 05:51 (UTC)
そういう軸ならいいですね。専ら日本の傀儡国家であったとされることが多い、というよりは、事実上の日本の傀儡国家であったとされることが多い、などの表現の方がより良いかもしれません。ただ、脚注部の補足説明は不要です。出典を並べておけばいい。書籍の文章のみを使うべき。以下は、私案。修正すべき点があれば、ガイドラインと共にお願いします。
~に存在した国家である。また、事実上の日本の傀儡国家であったとされることが多い<注>満州国については、「日本ないし関東軍の傀儡国家と規定するものも少なくない」(山室信一『キメラ-満州国の肖像-』中公新書1138、1993,p6、1993年吉野作造賞受賞)と書くように、事実上の日本の傀儡国家であったとされることが多い。中国国内では、満州国を正式な独立国として見なさず、否定的文脈では「偽満州国」と記述される(姜念東・解学詩ほか『偽満州国史』(吉林人民出版社、1980)など)。ただし、日本の一部の研究者はこの考え方に対し、再考を促す書籍も出版している(中村粲「大東亜戦争への道」(展転社、1990年)など)</注>。
PRUSAKYN さん、発展的な提案に感謝します。--Heat59 2008年6月20日 (金) 17:09 (UTC)
最低限合意できそうなラインが示せたことはよかったと思います。脚注部分、修正者さんの案のようにさらに一歩書く必要があるかどうかは細部検討する必要があるでしょうが、大枠としてはHeat59さんの今回の案で合意できるのではないかと期待します。脚注部分、修正者さんの案の細部を省いて大意を示せばHeat59さんの案のようになるのではないでしょうか(省略された箇所の他に、文言の変わった箇所の中では「日本の一部の評論家」なのか「日本の一部の研究家」なのか辺りが問題になりそうな気もしますが)。皆さんのご意見をお伺いしたいと思います。--PRUSAKYN 2008年6月21日 (土) 16:53 (UTC)
横からすみません。気付いたことを幾つか。■「~に存在した国家である」と書けば、一般的には正式な国家を指すと思いますよ(というか、そんな書き出しではuser:修正者さんの努力に全く敬意が払われていないというか…。眺めていて気の毒になります)。■「Wikipediaガイドラインと共に提出願ったのにも全くされていない」とありますが、大分前にuser:修正者さんは示されていると思うのですが[1]。■個人的には、国語辞典とか見ると学界の通説が意外に分かるものです(と、一応、学問畑の人が言っておきます)。■あと節を一度区切った方がよいですよ。■それでは。... Kanoe 2008年6月21日 (土) 19:29 (UTC)

ご指摘ありがとうございます。国家には植民地国家も属国も冊封国家も含まれるので、私はその書き換えはそれほど問題があるようには考えませんでした。「~~は傀儡国家である」を「~~は国家である。傀儡国家であったとされる」としてもそれほど致命的な変更ではないと思ったのですが、もしご指摘のような不備があればそれは私の望むところではなく、考えが甘かったといわざるを得ません。私の妥協案がuser:修正者さんの努力に全く敬意が払われていないという印象を与えてしまうのであれば、それは申し訳ないので修正者さんにお詫びして上の案は撤回し別の方法を考えたいと思います。(いずれにせよ、今回ご指摘していただいたようにもう少し皆さんのご意見をお伺いしたいと思います。)--PRUSAKYN 2008年6月22日 (日) 06:03 (UTC)

仮に傀儡国家であったとしても国家は「国家」ですし、果たして正当国家こそが「国家」というのは広く一般的なんでしょうか。また、[2]についてはwikipediaの中立性にそのような記述が見当たらない。さらには、修正者さんの努力に敬意が払われていないとおっしゃられますが、努力に敬意を払って記述をするのですか、wikipediaのガイドラインにのっとって記述するものでしょう。
説を区切る必要性ですが、新たな展開があればそうしたほうが良さそうですね。このままの軸で合意に向かい続けると、その必要性はないですけれど。
PRUSAKYNさんはこの案を撤回なさるのですか。ご自身が合意に至るように練られた良い案だと思いますが、一人の意見で撤回することはないと思いますよ。少しずつ修正していけば合意に至ることのできる、良い提案だと私は期待しています。 --Heat59 2008年6月22日 (日) 10:27 (UTC)
あの。また幾つか。■「果たして正当国家こそが「国家」というのは広く一般的なんでしょうか」。えーと…。(溜息)■user:修正者さんは、「「満州国は国家です」と言い切っていますが、それを判断できるのは歴史学者だけです。あなたではありません。」とおっしゃっていますよ。■「努力に敬意を払って記述をする」なんて一言も言ってませんよね。その結果提示された文案やらご意見に全く耳を傾けていないと言っています。■「wikipediaの中立性にそのような記述が見当たらない」というのはどういうことでしょうか。良く分かりません。Wikipedia:中立的な観点に載っていない、ということですか? それとも、これはHeat59さんの言うところの「wikipediaのガイドライン」ではないのですか?■user:修正者さん同様引用しますが、「重要な制限事項がひとつあります。複数の観点を比較する記事では、少数派の意見について、より広く普及している観点と同じだけの詳細な説明を加える必要はありません。論争を説明する際には、少数の人々が支持する観点が、あたかも非常に広く受け入れられている観点と同じだけ注目に値するかのような書き方をするべきではありません。それは論争の形について誤解を与えかねません」■まあ、普通の人が「国家」と聞いて、正式な国家と傀儡国家を同時に思い浮かべる人ばかりなら、今の文案でも何の問題もありません。私の出番ではないと言うことです。コメント依頼でも出されれば宜しいのではないでしょうか。■節を区切った方が良いです、といったのはファイルサイズの点から言っています。■あちこちで間違えられてますが、user:修正者さんですよ(修験者さん、ではなく)。>PRUSAKYNさん... Kanoe 2008年6月22日 (日) 11:43 (UTC)

ひとりひとりの意見は参考にはしますが、即現段階で撤回するつもりはありません。ひとりのみならず皆さんからの批判が強いようでしたらそのときは躊躇なく撤回するつもりである、という意味です。特に、修正者さんご本人から批判されるようであればまったく私の本意ではないので、速やかに撤回して別の案を探ることになるでしょう。その場合でもたんに撤回するという意味ではなく、きちんと別の解決法を探したいという意味です。--PRUSAKYN 2008年6月22日 (日) 11:11 (UTC)

新スレッドを立てましたので、以降はそちらにお願いします。--Heat59 2008年6月22日 (日) 12:11 (UTC)

あちこちで間違えられてますが、user:修正者さんですよ(修験者さん、ではなく)。>すみません、4箇所間違えを訂正しました。たいへん失礼しました。ご指摘感謝します。--PRUSAKYN 2008年6月22日 (日) 15:05 (UTC)

「傀儡国家であるか否か」を主題とする節の新設 案

前スレッドにて話し合われている傀儡国家についてですが、現状のリード文と注釈で記述するのは、限界があります。理由は以下の3つ。

  1. 概要が肥大化し、何が書いてあるのか見難い。
  2. 出典など併記でき、読みやすい。
  3. さらなる、加筆ができる、しやすい。

上記3つの理由から「傀儡国家であるか否か」を主題とする節の新設は適当です。異論がなければ1週間後に新設に移行します。--Heat59 2008年6月7日 (土) 10:21 (UTC)

1、2、3の利点については理解できます。が、必要性から言うとやや疑問があります。つまり、節を設けて何を書くのでしょうか、ということです。現在上で提案されている程度の文章であれば、脚注化等の処置によって十分可読性は確保できると思います。一節設けるほどのことはないかと。--PRUSAKYN 2008年6月7日 (土) 10:42 (UTC)
現時点では要らないが、将来的には必要と捉えてよろしいのでしょうか。どちらにしても時期尚早であったので、案を取り下げます。もし案を通したい方がいれば自身でお願いします。--Heat59 2008年6月7日 (土) 13:59 (UTC)
現時点では要らない、将来は知らないということです。将来的に必要と断言できるのであればこの段階で節を設けるのは構わないかもしれませんが、現時点では将来的に必要となる見通しが立たないと思われます(今ある状況に根拠を置けば、当面上で書いているようなこと以上のことは書く話題はなさそうです)。どちらにしても時期尚早 というご判断には賛成です。将来的に必要になればそのときに設けましょう。言い方は悪いかもしれませんが、取敢えず「先送り」で。--PRUSAKYN 2008年6月7日 (土) 15:49 (UTC)

了解です。では、終了ということにさせていただきます。--Heat59 2008年6月8日 (日) 01:45 (UTC)

リード文とその脚注について

(スレッド「傀儡国家かどうかと出典について」の続き)

~に存在した国家である。また、事実上の日本の傀儡国家であったとされることが多い<注>満州国については、「日本ないし関東軍の傀儡国家と規定するものも少なくない」(山室信一『キメラ-満州国の肖像-』中公新書1138、1993,p6、1993年吉野作造賞受賞)と書くように、事実上の日本の傀儡国家であったとされることが多い。中国国内では、満州国を正式な独立国として見なさず、否定的文脈では「偽満州国」と記述される(姜念東・解学詩ほか『偽満州国史』(吉林人民出版社、1980)など)</注>。ただし、日本の一部の研究者はこの考え方に対し、再考を促す書籍も出版している<注>(中村粲「大東亜戦争への道」(展転社、1990年)、黄文雄 (評論家)「満州国は日本の植民地ではなかった」(ワックBUNKO、2005年) など)</注>。

への修正を提案します。

以下はこれまでの合意項目。

  • 傀儡国家であったとする説、なかったとする説の出典を明記すること。

以下はスレッド「傀儡国家かどうかと出典について」へのレス。

  • Wikipedia:中立的な観点に載っていないということです。「重要な制限事項がひとつあります。複数の観点を比較する記事では、少数派の意見について、より広く普及している観点と同じだけの詳細な説明を加える必要はありません。論争を説明する際には、少数の人々が支持する観点が、あたかも非常に広く受け入れられている観点と同じだけ注目に値するかのような書き方をするべきではありません。それは論争の形について誤解を与えかねません」ですが、詳細な説明を加えていません。また、両説の浸透度の区別はつけています。
  • 国家と前置きして次の文に続いて「事実上の傀儡国家であったとされることが多い」といった記述があれば良いのではないのでしょうか。--Heat59 2008年6月22日 (日) 12:11 (UTC)


今日を逃すとまた、コメントする機会が遠のくので、簡単ながら意思表示をさせていただくと、文案冒頭に「~に存在した国家である。」と置くのは明確に反対させていただきます。歴史研究者たちは日本、特に関東軍は満洲国を国家と言っているけれども実際は国家の体裁を成していないという意味で使用しているからです(敢えていえば当時日本が招いたリットン調査団も滿洲人の自主独立ではなかったと結論づけている)。特に中国の研究者たちにその傾向が見られ、つまりは実質国家などではなく植民地であったという意見です。日本の研究者でも「満州国の成立によって、中国東北の全域が新たに日本帝国主義の実質的植民地と化したのである」(鈴木隆史『日本帝国主義と満州1900-1945』下、塙書房、1992、p88)という風に見る向きがあります。また欧米の研究者でも前述のイアン・ブルマは「現実の満洲国は、傀儡国家どころか純然たる植民地にすぎなかった」(『近代日本の誕生』ランダムハウス講談社、2006、p115)と記述しています。要するに満洲国=植民地論を採る学術研究がいくつも他地域である以上、満洲国を単なる国家と表現するのは大きな語弊があります。むしろ植民地とする意見もあると書いた方が正しいでしょう。しかし記事冒頭が煩雑になるので、(ここでは)最も日本で多く使用される「傀儡国家」であると、単に書くべきだと考えています(冒頭以外では触れた方がよいでしょう)。
次に、わたしの最終案から削られた「学術上では受け入れられていない」といった箇所も残すことを主張します。元々はR-hさんのご意見ですが、読者のみならずWikipediaの編集者にも「査読研究」が何であるか分かっていない人もいるようなので、大人であれば誰でも専門家と非専門家の意見の重みの違いが分かるものではないと考えています。よって明確化した方がよいのではないでしょうか。もっとも査読研究に肯定的に引用されている例があれば、取り除いてもよいですが。無ければ専門家の意見をより尊重すべきでしょう。
これから派生して中村氏を「研究者」呼ばわりするのは不味いでしょう。英文学の専門家であっても、歴史学の専門家・研究者とはいえない為です。『史学雑誌』の「回顧と展望」は、そもそも基本的な学術的手順を踏み、何らかのオリジナリティをもった研究成果を書けば、学閥など関係なく、たとえ身分が院生であっても論文名は言及されるものです。このノートに参加されている人にも自分の論文名が挙げられたことがある人はいるでしょう。いわば学術的であるとされる著述ラインのもっとも低いものです(とはいえ、山室本のように論文名だけでなく紙幅を割いて長い肯定的評価を得るのは難しいですが)。それに書名が挙がらない、査読研究にも言及されない著述者を歴史研究者とするのは編集者の「独自の判断」が介在しているといえます。誤解無いようにいえば、英文学なら異議を唱えません。「評論家」とする方が読者に誤解を与えない記述でしょう。
さらに書名は中村某か黄某のどちらかでいいでしょう。選択は任せます。多くの満洲国研究で「傀儡国家」とする研究者が多くいるのに、「一部」の、しかも査読研究でもなく、それに引用もされない著述を挙げる必要性を感じません。中国の研究な論文名に「偽満洲国」が入ったものだけでも年々いくつも発表されているのですよ(たとえば『近代史研究』という中国の査読研究誌は年末にその年に発表された論文一覧を載せるのですが、2007年単年だけで5本あり、「日偽」〔=日本と偽満洲国〕とあるものを入れれば、10前後ある)。日本の研究でも近年出た加藤陽子『満州事変から日中戦争へ』(岩波新書赤、2007.6)や大杉一雄『日中戦争への道』(講談社学術文庫1846、2007.11)など本来挙げるべき著名な研究は多々あります(どちらも「傀儡国家」としている)。それらに触れないで、中村・黄両氏の著述は挙げるほどの著述でしょうか。一つで十分でしょう。
Kanoeさんへ。「私の出番ではないと言うことです」などと言わず、お時間が許す限り参加していただければ幸甚です。ただかくいう私がなかなかWikipediaに来られないのですが。恐縮です。
PRUSAKYNさんへ。私の卑見は以上の通りです。いろいろご迷惑をおかけしますが、今しばらくご意見賜りたく思います。
Heat59氏へ。英文版満洲国記事にも「puppet states」(傀儡国家)ということばはいくつも出ています(冒頭定義部分に既にある)。それどころか「Japanese puppet states」というカテゴリーすら設けられています。--修正者 2008年6月22日 (日) 13:42 (UTC)
  • まずなにより修正者さん、これまで私は数箇所でお名前を間違って「修験者さん」と打ち込んでしまっていました。上でKanoeさんに指摘されて気付きました。ひとの名前を間違えるという失礼この上ないことをしてしまい、すみませんでした。言い訳がましいようですが、ウィキペディアにきちんと取り組んでくださる姿勢が何となく「修験者」という言葉へ連想が働いてしまい、早合点してしまっていました。失礼お許し下さい。
  • もうひとつ、修正者さんの「「満州国は国家です」と言い切っていますが、それを判断できるのは歴史学者だけです。あなたではありません。」のコメントを見落としていました。そのコメントを踏まえた上であれば、上の妥協案は一旦撤回せざるを得ません。
    国家」が何を指すかですが、私は国家といえば属国や何だか得体の知れない傀儡や植民地みたいな国家とか保護国やらがすぐに思い浮かぶのですが、これは多分私が普段扱っている分野ゆえの傾向であり、もしかしたら一般的な日本語話者は「国家」といえばそういうイメージは沸かないのかもしれません(これはそれこそアンケートでもとらないとわかりませんが)。いずれにせよ、満州国に関しては「国家」というと「=傀儡国家じゃない、まして植民地じゃない」という文脈になってしまうようなので、誤解を避ける意味から「国家である」の表現は使わない方がよさそうです。
    参考になるのかわかりませんが、イギリス領インド帝国のようなページが作成されており、「イギリス領インド帝国とは、1877年にイギリスがインドに成立させた国(実質的にはイギリスの植民地)。」と書かれています。コンゴ自由国では、「コンゴ自由国は、かつてアフリカのザイール川流域に存在した国である。国と称しているが、実態はベルギー国王レオポルド2世の私領地であった。」となっています。引用しませんがワルシャワ公国ライン同盟でも「ナポレオンによって/の圧力によって作られた国」というような表現が使われています。このように、一旦「○○国は国である」として「しかし実態は違う」と書くような定義文を用いるのはウィキペディアでは一般的だとは思います。上述のような「満州国は国家である=満州国は傀儡国家じゃない」論がなければ、満州国に関しても「満州国は日本によって満州に作られた国である。国と称しているが、実態は日本の傀儡国家ないし植民地であった。<出典脚注>」などという書き方が可能かもしれません。
  • 学術上では受け入れられていない」ですが、だったら通俗的には受け入れられているのかと勘違いする人が出るかもしれませんが、それは杞憂ですよね? 私も入れた方がよいと思います。確かにHeat59さんの仰るようにマイナーな方の論に詳細な説明は加えられていませんが、メジャーな方の論にも詳細な説明は加えられていないわけですから、そのままでは両者にコントラストがなく、WP:NPOVの条件を満たすにはこうした文言を補うなど何らかの工夫が必要です。でないと、ぱっと見で著者のことを知らない人とか、出版社を知らない人とか、その本を読んでいない人には必ずしも明らかに事情が理解できるとは限りません。「研究者/評論家」の件も同じ観点で結論付けることができます。
結論も新しい妥協案も何も出せていませんが、恥ずかしながら私の能力の限界もありますので、今回はここまでとさせていただきます。KanoeさんやR-Hさんも、もしよろしければお時間のあるとき要所要所だけでも議論に参加して下さると助かります(私もしばしば「ちょんぼ」をやりますので、我ながら心許なく)。どうも大分デリケートな話題のようなので、様子見様子見でやっていきたいと思います。--PRUSAKYN 2008年6月22日 (日) 15:05 (UTC)

どんどん連合国寄りの記述にされていくなぁと感想を持ちながらもウィキペディアの「敵のために書く」というコンセプトに乗っ取り、修正案を提出します。

~に存在した国家である。しかし、事実上の日本の傀儡政権とされる<注>満州国については、「日本ないし関東軍の傀儡国家と規定するものも少なくない」(山室信一『キメラ-満州国の肖像-』中公新書1138、1993,p6、1993年吉野作造賞受賞)中国国内では、満州国を正式な独立国として見なさず、否定的文脈では「偽満州国」と記述される(姜念東・解学詩ほか『偽満州国史』(吉林人民出版社、1980)など)</注>。ただし、日本の一部の研究者はこの考え方に対して、傀儡国家ではないとする主張をしている<注>(中村粲「大東亜戦争への道」(展転社、1990年)、黄文雄 (評論家)「満州国は日本の植民地ではなかった」(ワックBUNKO、2005年) など)書籍を出版しているが、広く受け入れられていない。</注>。

  • PRUSAKYN の仰るとおり、ウィキペディアのスタイルの沿うべき。

傀儡政権であったとする意見が多数派でしょう。ただし、リード文で国家と定義しないのはウィキペディアのスタイルにそぐいません。よって、断固反対です。(国家から入るリード文が納得できないなら、コメント依頼に提出なさってください。)

  • 両論の一般性の差を明確に文章化しました。

学術上のみではないので、学術上から広くという表現に変更しました。

  • 中村粲さんは、昭和史の研究家です。

「大東亜戦争への道」は評論家レベルの著書ではない。また、近代史や昭和史の研究家としても知られている。--Heat59 2008年6月22日 (日) 15:42 (UTC)

えーと、一部ですが賛成と反対を表明しておきます。
冒頭には国家と書くべきです。英文版満洲国記事にも「puppet states」(傀儡国家)ということばはいくつも出ていますと言われていますが、リード文第二段落はThe stateから始まっており、もし上記の証拠から「満州国が傀儡(国家)であって国家でない」のであれば、ここもThe pupet stateとなっていなければいけないのでは。
「学術上」は記載すべきで良いと思います。その場合も「学術上に至るまで」等の修飾によって一般認識との乖離を留める事が出来ると思います。
ただし~」は概要などの記述とあわせて「現在の評価」といった節にまとめて概要のサブあたりに記載すれば良いのではないでしょうか。満州国のリード文はかなりまとまった短い構成ですので、これ以上その評価のみをリード文で書くのはバランスが悪い。また、皆さんリード文の構成に目をとられていますが(自分も含めて)、概要の「日本の関東軍の影響下であったことから傀儡国家とする見方[1]や、傀儡国家ではないとする見方[2]が存在する。」これなんかひどい文章じゃないでしょうか。リード文で合意を取り付けてもこれでは意味が無いでしょう。--R-H 2008年6月22日 (日) 17:04 (UTC)
ひとつ上の節(ノート:満州国#「傀儡国家であるか否か」を主題とする節の新設 案)で「前スレッドにて話し合われている傀儡国家についてですが、現状のリード文と注釈で記述するのは、限界があります。」というHeat59さんの提案を私は「一節設けるほど書くことがあるとは思えない」として結果提案が却下された経緯があります。ただ、そのときは考えなかったのですが、R-Hさんのおっしゃるように「概要」の記述とあわせて「現在(or現代?)の評価」節に移すのはあり得る選択肢かもしれません(具体的には「「満州国」は現在の中華民国や、現在この地域を統治している中華人民共和国では偽満州国あるいは偽満と呼ばれ、正当な国家ではないとしており、この地域一帯も「東北」と呼んでいる。日本では通常、この地域のことを公の場では「中国東北部」かまたは注釈として旧満州という呼称を用いている。」の箇所と「日本の関東軍の影響下であったことから傀儡国家とする見方[1]や、傀儡国家ではないとする見方[2]が存在する。」の箇所を「概要」の節から除去し、新しい節に加筆の上で記述箇所を移す)。「これなんかひどい文章じゃないでしょうか。」のご心配の部分も、これで併せて修正してしまえばよいでしょう。こちらの議論をきちんと行っておけば、あとからその結論を生かしてリード文以外も修正することが可能です。ただ、それでも大した量にならないので、いっそ「概要」の節を整理する形でそのまま書き込んでしまってもよいかもしれません。
「満州国は満州に存在した国家である」の件については、もし満州国に限って「国家である」と書くことがイコール「傀儡国家じゃない正当な国家だ」という主張に結びついているというのであれば、その表現は避けるべきだと思います。そうでなければ、他の傀儡(的な)国家のページのスタイルに合わせ、「満州国は国家である。とはいうけど日本の傀儡国家ないし植民地なんですよ」と書いてもよいのではないでしょうか。
「広く認められていない」だと「一部では認める学者もいるのか」ということになりかねず、ここは「学術的」は外さない方がよいと思います。「学術上は広く認められていない」も「学術上で狭くは認められている」という意味になるので避けた方がよいでしょう。私が考えたのは、「世間一般でほとんど認められていない」というのは日本語版の閲覧者(=日本語話者)であれば書かなくてもわかりますよね、そこまで配慮しなくてもよいですよね、ということであり、「学術上では受け入れられていない」の記述を外すことは考慮に入れていません。「学術上でどうか」プラス「世間一般でどうか」まで書かなくてもよいですよね?ということです。「傀儡国家でなかったという見方は学術上では受け入れられていないし、通俗的にもほとんど知られていない」ではくどいかと思って。
連合国寄りの見方とのことですが、確かにその辺りの不満はあるでしょう。どうしてその辺りのきちんとした強力な出典(修正者さんのいう査読論文のような)がないのか不思議です。結局、戦後日本の限界がこの辺りにも反映されてしまっているのではないでしょうか。日本語版ウィキペディアは日本版ウィキペディアではありませんが、やはりそうした日本語でなく日本国の事情、というのも切り離すことはできないようです。もし今後日本が別の方向に進んでいくことになれば恐らく別の方向の出典も増えていく(広く認められていく)はずで、そうでなければ現状は変わらないでしょう。日本語版ウィキペディアは残念ながらその追随者であって先駆者となることはできないという点は、言わずとも知れたこととは思います。--PRUSAKYN 2008年6月23日 (月) 12:45 (UTC)

そうですね。一応自分も新たな節に関するやり取りは終了後に見ましたが、そのときはそれでいいかな、と思いました。ただ、現状非査読の2文献からの引用がそこかしこにちりばめられているほか、個人的には今の満州国のリード文は「短く簡素にまとめる構成」であると思います(個人的な対立する考えとしてリード文に3段落以上を使いページの総合的要約を載せる重厚なリード文という概念があります)。

ここに~に存在した国家である。また、事実上の日本の傀儡国家であったとされることが多い。ただし、日本の一部の研究者はこの考え方に対し、再考を促す書籍も出版している。と付け加えるのはバランスの観念からみて非常に格好が悪い。それならリード文は1段落を満州国を歴史・政治・経済・地理などから総合的に書いたもので埋めるくらいの重さにしないといけないと思います。また、ここに完全な結論を注釈と共に作ってしまうと、現状でかなりコンパクトに纏め上げているため、概要ではそれに触れることがむつかしくなります。それならば、~に存在した国家である。一般的に日本の傀儡国家とされる<注>キメラを上げる</注>。とリード文で書いた上で、その説明を概要かどこかで、現在の注釈に書かれている文章も本文に出して、今いろいろ「反論」の形で挿入されている非傀儡論をまとめてガッチリ書いたほうが良いと感じました。行数にして4行ほどにしかならないと思いますが、節を作る意義が無いとは言えないと思います。--R-H 2008年6月23日 (月) 14:41 (UTC)

節を設けるべきとのご意見には納得します。また、その意義についても同意します。ただ、内容や意義ではなく単純に量として見た場合に4行程度であれば、現在の「概要」の節を改変する形で対処もできるのではないかと思います。本来、「現在の評価」なるものは「傀儡ないし植民地」の一言で衆目は一致しているわけで(それが正しいかではなく、嘘かほんとかそれが実際のところ、ということ)、ごく一部の意見を書くために一節設けるのは配慮しすぎではないかという思うためです。少数派の論を紹介するのには、すでにある欄で4行も割けば充分では? ただ、具体的に想像している体裁が私とR-Hさんとで相違している可能性があるので、もしかしたらR-Hさんの案の方がよいかもしれません。具体案を検討しましょうか。
リード文ですが、~に存在した国家である。一般的に日本の傀儡国家とされる<注>キメラを上げる</注>。というようなスタイルでよいと思うのですが、この書き方は上でクレームが付いたので不安があります。やはり「満州国は国家である」というと即「満州国は傀儡でない正統な国家である」という文意になってしまうのでしょうか?--PRUSAKYN 2008年6月23日 (月) 15:15 (UTC)
私の意見を3つ挙げさせていただきます。
  • 日本の影響力や傀儡国家に関する節に新設する必要がある。
  • R-Hさん案の傀儡国家説をリード文に存続させるのには反対。
リード文は最低限の事項だけでよい。節が新設されるのだからそちらに書くべき。
(参考:高校の日本史教科書には、本文には独立国や国とした上、脚注に事実上の傀儡国家であったとされていることを紹介している。)
  • 「国家である」と書くことがイコール「傀儡国家じゃない正当な国家だ」という主張に結びつかない。
以下は私案。
~に存在した国家である。
(概要)>(日本の影響力)>満州国は、日本の影響下にあったことから、事実上の日本の傀儡国家とされる<注>満州国については、「日本ないし関東軍の傀儡国家と規定するものも少なくない」(山室信一『キメラ-満州国の肖像-』中公新書1138、1993,p6、1993年吉野作造賞受賞)</注>中国国内では、満州国を正式な独立国として見なさず、否定的文脈では「偽満州国」と記述される<注>(姜念東・解学詩ほか『偽満州国史』(吉林人民出版社、1980)など)</注>。しかし、日本の一部の研究者や評論家はこの考え方に対して、傀儡国家ではないとする主張をしているが<注>(中村粲「大東亜戦争への道」(展転社、1990年)、黄文雄 (評論家)「満州国は日本の植民地ではなかった」(ワックBUNKO、2005年) など)</注>、歴史学上は受け入れられていない。」--Heat59 2008年6月23日 (月) 15:31 (UTC)
PRUSAKYNさんの提示した特殊な国家の例でもその特殊性を後述しながら、リード文でもそのことに触れているので、記載すべきだと思います。「国家である」と書けば、普通その国家は特殊性を持たないと認識されるのでは。
もうナポレオン国家の例にならって「~存在した日本によって作られた国家である。」とかにすれば「日本の影響下にある国家」という特殊な状況下での一般性が出てくるので、それでリード文の認識を読者に丸投げできるような気がします。(ああ、でも一瞬で「傀儡」って入れて編集されちゃう気がしてきた・・・)
新たな節に関してはHeat59さんのもので内容はかまわないと思います。PRUSAKYNさんが、概要の下にサブ節として置く事が反対なら概要の一部としても良いかと。どちらにしてもリード文に置かないなら、置く場所に合った体裁を整えれば完成だと思います。--R-H 2008年6月27日 (金) 16:51 (UTC)
まとめるとこんな感じでしょうか。いいと思います。
  • あくまでも事実上のことなので、一部修正。
~存在した事実上日本によって作られた国家である。
(概要)>(日本の影響力)>満州国は、日本の影響下にあったことから、事実上の日本の傀儡国家とされる<注>満州国については、「日本ないし関東軍の傀儡国家と規定するものも少なくない」(山室信一『キメラ-満州国の肖像-』中公新書1138、1993,p6、1993年吉野作造賞受賞)</注>中国国内では、満州国を正式な独立国として見なさず、否定的文脈では「偽満州国」と記述される<注>(姜念東・解学詩ほか『偽満州国史』(吉林人民出版社、1980)など)</注>。しかし、日本の一部の研究者や評論家はこの考え方に対して、傀儡国家ではないとする主張をしているが<注>(中村粲「大東亜戦争への道」(展転社、1990年)、黄文雄 (評論家)「満州国は日本の植民地ではなかった」(ワックBUNKO、2005年) など)</注>、歴史学上は受け入れられていない。」--Heat59 2008年6月28日 (土) 11:32 (UTC)

リード文とその脚注について2

(スレッド「リード文とその脚注について」の続き)

前スレッドの私の提案から72時間以上たっても反論がこなかったため、合意形成への提案をします。

  • この提案への合意形成まで、1週間とります。
  • 万が一修正点があれば、出典とガイドラインを添えて下さい。

~存在した事実上、日本によって建てられた国家である。

(概要)>(日本の影響力)>満州国は、日本の影響下にあったことから、事実上の日本の傀儡国家とされる<注>満州国については、「日本ないし関東軍の傀儡国家と規定するものも少なくない」(山室信一『キメラ-満州国の肖像-』中公新書1138、1993,p6、1993年吉野作造賞受賞)</注>中国国内では、満州国を正式な独立国として見なさず、否定的文脈では「偽満州国」と記述される<注>(姜念東・解学詩ほか『偽満州国史』(吉林人民出版社、1980)など)</注>。しかし、日本の一部の研究者や評論家はこの考え方に対して、傀儡国家ではないとする主張をしているが<注>(中村粲大東亜戦争への道」(展転社、1990年)、黄文雄「満州国は日本の植民地ではなかった」(ワックBUNKO、2005年) など)</注>、歴史学上は受け入れられていない。

よろしくお願いします。--Heat59 2008年7月1日 (火) 12:56 (UTC)

一般に「傀儡国家であった」とか「植民地国家であった」と認識されている国家については、すでに示したようにウィキペディアではページ冒頭のリード文で「傀儡国家」なり「植民地国家」なりといった文言を盛り込んでいます。満州国に限ってそれを省くというのは、何か特別な意図があるものと勘繰られても仕方がないと思われます。何ゆえ他のページと違うスタイルにするのか、事情(理由や意図)を明確にしておいた方がよいと思います。
内容の問題とは別に単純に文章の問題ですが、後半部分「しかし、日本の一部の研究者や評論家はこの考えに対して~~している、~~ていない」はあまりよい文章だとは思いません。「日本の一部の研究者や評論家は傀儡国家ではないという主張をしているが、歴史学上は受け入れられていない」云々の方がよいと思います。
なお、私はこのために新たに一節設けることに強く反対しているわけではありません。そこまでしなくても書けるのではと思ったのみです。一節設けた方がよいという意見が強いようですので、それには反対しません。--PRUSAKYN 2008年7月1日 (火) 13:09 (UTC)
うーん。リード文、「事実上」を挟むなら「~傀儡国家である」でしめないと「上っ面は国家でないが事実上は国家であった」という文意になりかねないのでは。やはり、「いわゆる傀儡国家である」だと簡単なのですが。この「いわゆる」は俗に言うという意味ではないですし(出典から言えば俗というより学問上という結論ですよね)。しかしダメなら「一般的に傀儡国家とされる」でもいいですが。これはWikipedia:避けたい言葉にはありませんし。
では、本文は「しかし、」を抜けばとりあえず合意成立ですかね。--R-H 2008年7月2日 (水) 10:47 (UTC)
「傀儡国家」というのは公的機関が正式に認定するものでもないし、自称するものでもないし、そもそもが「事実上の」状況を前提とした概念なのではないでしょうか。「傀儡国家」というレッテル貼り自体がそもそも「事実上の」話です。なので、「事実上の傀儡国家」と言うのは剰語である気がします。たんに「傀儡国家」で充分だと思います。
本文については、以下のようでどうでしょうか。
日本の強い影響下にあったことから、日本の傀儡国家であったとされている<注>出典例</注>。中華人民共和国中華民国では満州国を正式な独立国と看做さない学説が主流で、否定的文脈では「偽満州国」と記述される<注>出典例</注>。こうした状況に対する異論は歴史学上は受け入れられておらず、一部の主張に留まっている<注>出典例</注>。
「傀儡国家であったとされている」ですので、「であった」とは断定していませんし、飽くまでそういう説でそう言われているということですよ、という文意は伝わると思います。この文章から、「ああ満州国は傀儡国家だ」と決め付けるのは読み手の勝手であり、こちらとしてはそのようには書いていません。また、中国については人民共和国の方だけではないようなので、一応中華民国を明記しました(台湾なのか中華民国とすべきなのかは私には判断しかねますので取り合えずウィキペディアのページ名に合わせました)。傀儡じゃなかったと主張するのが日本限定なのかよくわからないので、日本の一部の研究者や評論家が、という文言は省きました(研究者なのか評論家なのかという問題も回避できます)。
リード文については、あとで検討しましょう(コメントが長くなるため)。--PRUSAKYN 2008年7月2日 (水) 13:52 (UTC)

一般に「傀儡国家であった」とか「植民地国家であった」と認識されている国家については、すでに示したようにウィキペディアではページ冒頭のリード文で「傀儡国家」なり「植民地国家」なりといった文言を盛り込んでいます。とありますが、例示をしてください。

もし傀儡国家をリード文に盛り込むことがウィキペディアにて一般的だったとしても「傀儡国家」を「事実上の傀儡国家」にすべき。PRUSAKYN さんの勝手な理論で省くべきではない。歴史教科書や用語集で傀儡国家という言葉を含むものは「事実上の傀儡国家とされる」と書かれている。

「傀儡国家」というレッテル貼りとおっしゃられるのですが、レッテル貼りの語彙を理解して使っていますか。(PRUSAKYN さんの立場上おかしなことになってますよ。)

また、内容部分が何の補足もなく大きく修正しているのは、なんなんでしょうか。自己満足ではないのであれば、読み手に理解できるよう整理してください。--Heat59 2008年7月2日 (水) 14:27 (UTC)

例示はすでに上でしてありますので、ご自分でご確認下さい(例示していないのに「すでに示したように」と書くと思うんですかね??)。
また、傀儡国家云々をリード文に含めるとは一言も書いていませんが、何か勘違いなさっていませんか。先日のコメントで「他のページでは含めているがこちらで含めないのなら含めない理由を明確にしておいた方がいいですよ、でないとあとあとこちらの議論をすっ飛ばしてひょいと他のページ同様リード文に「傀儡国家だった」なんて書く人が現れないとも限りませんよ」ということは言いましたが、どこをどう読み間違えたのでしょうか。リード文に含めるかどうかは、まだ一言も言及していません。含めないんならその理由を明確に、と述べたまでです。
「傀儡国家」というのは自称でもなければ他から公式に認定されるものでもない、従って、それは一種のレッテルばりであり、あくまで「事実上の」ものでしかない、ということが勝手な理論でしょうか。(私の立場上おかしなことになってますよ、ってなんですか? 私の立場とはどのようなものでしょうか? あまり関係ないと思いますが。レッテルばりの用法についてもおかしな点はないと思いますが。)いや、私の方がむしろくだらない点に拘泥してしまったのかもしれない。Heat59さんがその方がよいと仰るのであれば、「事実上の傀儡国家」とリード文に明記するのでも構いませんよ。ただ、この「事実上の」という表現についてはR-Hさんからも問題点の指摘がありますので、私の方は飛ばしてもよいですが、R-Hさんの指摘の方はきちんと検討していただきたいと思いますが。
自己満足と仰りますが、すみませんが、Heat59さんもご自分の案を出されましたね。私は案を出してはいけないんですかね。あなたのその他人のコメントに対する向き合い方について、読み手に理解できるよう整理してくださいますか? なぜ今回のような攻撃的なコメントを受けねばならないのか理解に苦しみますねえ。
なお、私の案での変更点についてはすでに説明していますので、繰り返す必要はないと思います。と言いつつ繰り返しますが、(1)中国」というのが「中華人民共和国」だけのリンクになっていたのを中華人民共和国と中華民国の両方にしたこと(両方の出典があるようなので)、(2)「事実上の日本の傀儡国家とされる」から「事実上の」を省略し、なおかつ「される」を「されている」にしたこと(これについては、すでに述べた通り、「事実上の」を入れた方がよいのであれば入れて下さい。たんに指摘までだとお考え下さって結構です)、(3)一部の日本の研究者や評論家」というのを省略したこと(「一部の日本の」だけか断言しうる材料がないこと、「研究者や評論家」というので上で意見が分かれて、誰を評論家と呼ぶのか、どんな人なら研究家と呼べるのか、でちょっとした問題になっていたこと、を考慮すると、この部分を省略する利点がある)、(4)文章構成上の修正(文意は問題になるほど変わっていないと思います。もし文意が大きく変更されたと捉えられる部分があればご指摘下さい。再検討します)、が変更点となります。ほら、さっき書いたとおりです。これ以上解説が必要であれば、具体的に指摘して下さると助かります。漠然と聞かれてもよくわからりませんので。
あまり長くコメントするのは私の悪い癖だと思っているので不本意ですが、また長いコメントになりました。すみません。--PRUSAKYN 2008年7月2日 (水) 15:36 (UTC)
PS)私の立場、なんて話が出たのでちょっと気付いたのですが、私の案だとどの辺りがHeat59さんの立場にとって不愉快であったのでしょうか。ちょっと指摘していただけますか? 私も別にHeat59さんに対してわざと不快な思いをさせようとして案を考えたわけではないので、今回のような激しい反応を受けたことは不本意ですし、もしどの辺りがHeat59さんのようなお立場の方にとって気に触るのか理解できれば、なるべくその点を考慮しつつ上手くまとめることができるよう工夫することもできるのではないかと思います(例えば、同じことを言うのでも表現ひとつで印象は大分変わるものです。また、問題になる点がわかっていれば、言わないでもいいことは言わないで済ますこともできるでしょう)。多分私とHeat59さんの立場が違うんだと思いますが、私の案だとどの辺りがHeat59さんのお気に触ったのかいまひとつ理解できないでいます。私の感覚ではそこまで苛立たれるほど変えたつもりはなかったのでちょっと面食らった、というのが正直なところです。できればHeat59さんのお立場も理解しつつ話し合いを継続したいと思いますので、お気を取り直してもう少し説明していただけますか?--PRUSAKYN 2008年7月2日 (水) 15:52 (UTC)

私はPRUSAKYNさんのコメントに不快感も抱いていないです(修正の補足は前々から依頼していたもので、なかったことに対し厳しく指摘した、というところです)。激しく、攻撃的な反論であった、と思われるならそれは自分が意図したものとは違います(食い違いからおかしな論争に発展させたくないので、残りのレスは省きます)。

  • レッテル張りというのは、その対象を否定的に使うニュアンスを持つ語ですから、このような場合の貴方の立場上、レッテル張りというのは日本語のニュアンス的に語弊を生む表現じゃないでしょうか。

要するに以下のような修正案でよろしいでしょうか。(リード文中に事実上の傀儡国家を明記。傀儡国家と国家のすり替えはしない、次元が違う。)以下の案でしたら私も賛成に回ります。

  • ~存在した事実上の傀儡国家とされている国家である。
  • (概要)>(日本の影響力)>満州国は、日本の影響下にあったことから、事実上の日本の傀儡国家とされている国家である<注>満州国については、「日本ないし関東軍の傀儡国家と規定するものも少なくない」(山室信一『キメラ-満州国の肖像-』中公新書1138、1993,p6、1993年吉野作造賞受賞)</注>中華人民共和国中華民国では、満州国を正式な独立国として見なさず、否定的文脈では「偽満州国」と記述される<注>(姜念東・解学詩ほか『偽満州国史』(吉林人民出版社、1980)など)</注>。しかし、一部ではこの考え方に対して、傀儡国家ではないとする主張をしているが<注>(中村粲大東亜戦争への道」(展転社、1990年)、黄文雄「満州国は日本の植民地ではなかった」(ワックBUNKO、2005年) など)</注>、歴史学上は受け入れられていない。」--Heat59 2008年7月3日 (木) 08:59 (UTC)
まあそうそうこの問題にかかりっきりになれるほど時間のある人ばかりとは限りませんし、こういう微妙な綱渡りのような文章を作る時には、時間があってもいい文脈がパッと出てくるわけではありませんから。自分も最初にHeat59さん投稿をみてから自分の投稿に及ぶまでは相当の時間が経過していますからねぇ。
リード文は、国家国家となるのは字面が悪いので「存在した、事実上日本の傀儡であったとされる国家」くらいが良いのでは。
本文は最早文章整形の段階だと思いますが、後段の文章を接続詞を変えて「~。また、傀儡国家ではなかったと主張する者もいるが<注>略</注>、歴史学上では受け入れられていない。」や、修飾の形にして「~。しかし、現在歴史学上では受け入れられていないものの、傀儡国家ではなかったとする主張もある<注>略</注>。」としても二重否定の汚さはなくなると思います。
これらは論争になりうる一部・評論家などの語句を出来るだけ避けて、「しかし~が~てはいない」という形を是正してみました。どうでしょうか。--R-H 2008年7月3日 (木) 13:54 (UTC)

まとめてみました、どうでしょうか。(傀儡という用語はないので、傀儡政権とすることで国家国家を避けましたが、逆にややこしいようであれば、国家国家でも構わないと思います。)

  • ~存在した、事実上の日本の傀儡政権とされている国家である。
  • (概要)>(日本の影響力)>満州国は、日本の影響下にあったことから、事実上の日本の傀儡政権とされている国家である<注>満州国については、「日本ないし関東軍の傀儡国家と規定するものも少なくない」(山室信一『キメラ-満州国の肖像-』中公新書1138、1993,p6、1993年吉野作造賞受賞)</注>中華人民共和国中華民国では、満州国を正式な独立国として見なさず、否定的文脈では「偽満州国」と記述される<注>(姜念東・解学詩ほか『偽満州国史』(吉林人民出版社、1980)など)</注>。しかし、現在歴史学上では受け入れられていないが、傀儡国家ではなかった、五族協和を称えアジア合衆国と位置づける説がある<注>(中村粲大東亜戦争への道」(展転社、1990年)、黄文雄「満州国は日本の植民地ではなかった」(ワックBUNKO、2005年) など)</注>」--Heat59 2008年7月3日 (木) 14:31 (UTC)
今気がついたんですが「事実上日本の傀儡政権」は「事実上日本の傀儡政権」でないと「の」がかさなって日本語が変です。抜きませんか?
本文は概要に入れるんですよね。今の概要は読みましたか?この文章を概要の今の文章の下に入れると考えて、満州国の理念を「日本の影響力」の節でまた繰り返すのは無意味です。さらに、アジアの合衆国と位置づけるという主張は確かに黄文雄の本にありましたが、それは日本の影響力の高低=傀儡国家か否かを論ずる節には要りません。「日本の影響力が強い傀儡国でかつアジアの合衆国」というのは論理として成立しうるからです。
ところで何故PRUSAKYNさんには本文の改稿に対して説明を求めているのにあなたの改稿には説明が無いのでしょうか。他人に求める以上は自分も書くべきだと思いますが。--R-H 2008年7月3日 (木) 14:56 (UTC)
「事実上日本の傀儡政権」の方が自然ですね、R-Hさん案に賛成です。
概要に入れるのは適さないかもしれませんね。入れるとすれば節7の政治の下に「7.5.日本の影響力」小節を設けるのが良いのではないでしょうか。
アジアの合衆国案件は、撤回します。(説明がないことについては、完全に自分のミスです。いつもどおり箇条書きにまとめるつもりが抜けていました、すいません。一応補足すると、小節に分けたためリード文に挿入しないこととなり、発展した内容が書ける、また書くべきと思って拡充しました。が、撤回。
  • 以下、案。この案でご理解がいただけるものと考えています。そろそろ合意形成に移りたいと思うので、こういう軸で良いかダメか、微調整が必要な箇所の指摘がいただければありがたいです。(後、小節の挿入位置についての考えもよろしくお願いします。)
~存在した、事実上日本の傀儡政権とされている国家である。
(政治)>(日本の影響力)>満州国は、日本の影響下にあったことから、事実上の日本の傀儡政権とされている国家である<注>満州国については、「日本ないし関東軍の傀儡国家と規定するものも少なくない」(山室信一『キメラ-満州国の肖像-』中公新書1138、1993,p6、1993年吉野作造賞受賞)</注>中華人民共和国中華民国では、満州国を正式な独立国として見なさず、否定的文脈では「偽満州国」と記述される<注>(姜念東・解学詩ほか『偽満州国史』(吉林人民出版社、1980)など)</注>。しかし、現在歴史学上では受け入れられていないが、傀儡国家ではなかったと位置づける説がある<注>(中村粲大東亜戦争への道」(展転社、1990年)、黄文雄「満州国は日本の植民地ではなかった」(ワックBUNKO、2005年) など)</注>」--Heat59 2008年7月3日 (木) 16:11 (UTC)
取り急ぎ気が付いた点だけを上げておきます。これは個人的な表現方法の段階だと思います。基本的な方向性はもう大丈夫だと私は感じます。
  1. リード文に関してはこれでよいとおもいます。
  2. 本文第一文「~あったことから、事実上日本の傀儡政権とされている国家である<注>~」このも同様に抜きましょう。細かいですが。
  3. 本文肯定論の解説「~傀儡国家ではなかったと位置づける説ある<注>~」は、両論併記ということから見ても、が適切でしょうかね・・・
  4. 本文の挿入箇所は、政治でも概要でも良いと思うのですが、「政治」節は一読したところ結構まとまっているので、「政治」に入れる場合は、この文章をそのまま新たに書き入れる形になると思います。
    一方で「概要」に入れる場合、第四段落「日本の~」を削除、第六段落「「満州国」は~」の段落は
    満州国の存在した地域は、古くは満州(南満州)と呼ばれていたが、現在この地域を統治している中華人民共和国や中華民国は満州という呼称を避け、同地域を「東北」と呼称している。日本では通常、公の場では「中国東北部」または注釈として旧満州と呼称する
    くらいに削り、その下に入れるという形になるでしょうか。私は節にまとまりが出るので「概要」のままで良いと思います。これに関しては他の人の意見も伺いたいところです。
私は、この合意形成はかなり微妙な問題を扱っているうえ、昨日たったの二人で妙に議論を進めてしまったので、PRUSAKYNさんを始め、多くの人に一考する時間が必要だと考えます(特に今回挿入箇所が変わっているため)。この問題の合意形成は少なくとも今から1週間+土日の7月12日が終わるまで待つべきだ、としておきます。--R-H 2008年7月3日 (木) 22:03 (UTC)

以下が最終案。合意形成には、この投稿から1週間もちます(重大な事項の合意形成には1週間と定められているため)。

~存在した、事実上日本の傀儡政権とされている国家である。
(概要)>(日本の影響力)>満州国は、日本の影響下にあったことから、事実上日本の傀儡政権とされている国家である<注>満州国については、「日本ないし関東軍の傀儡国家と規定するものも少なくない」(山室信一『キメラ-満州国の肖像-』中公新書1138、1993,p6、1993年吉野作造賞受賞)</注>中華人民共和国中華民国では、満州国を正式な独立国として見なさず、否定的文脈では「偽満州国」と記述される<注>(姜念東・解学詩ほか『偽満州国史』(吉林人民出版社、1980)など)</注>。しかし、現在歴史学上では受け入れられていないが、傀儡国家ではなかったと位置づける説もある<注>(中村粲大東亜戦争への道」(展転社、1990年)、黄文雄「満州国は日本の植民地ではなかった」(ワックBUNKO、2005年) など)</注>」--Heat59 2008年7月4日 (金) 16:32 (UTC)

2008年7月4日 (金) 16:32 (UTC)の案に合意が形成されました。--Heat59 2008年7月12日 (土) 00:32 (UTC)

満州国消滅の日について

以下の疑問、いったん過去ログ化されましたが、改めて引用します。

アジア歴史資料センターの史料、「満州国消滅の日について」レファレンスコード:B02032435800によれば1945年8月19日としています。確かに溥儀の退位宣言は前日に出されているのですが、どうしたものか。220.146.134.222 2005年8月8日 (月) 15:31 (UTC)

そもそも8月18日説の根拠は何でしょうか。溥儀『我的前半生』など中国側関係者の回顧録だと16日退位、17日通化で飛行機搭乗→瀋陽で逮捕、護送→18日チタ着(一日遅くずれているものもあります)というものが多いのですが、史料的に何か結論はついているのでしょうか。そのころの大栗子の状況から考えると、「国務院」の決定をうけて翌日に「退位詔書」朗読というような悠長な手続きがあったとは考えにくいですが。--Novo 2007年1月19日 (金) 03:17 (UTC)

この記事で8月18日説が初めて記載されたのは2004年11月7日 (日) 01:42 (UTC)差分のようなのですが、現在ネット上ではかなり流布しているようなので、ご教示いただければ幸いです。よろしくお願いします。--Novo 2008年7月19日 (土) 14:54 (UTC)

該当箇所の執筆者ではありませんが、脚注に載せたように児島襄の『満州帝国』に17日決定、18日退位説がとられています。決定日と退位日が異なりますが、17日23時半過ぎまで重臣会議での詔書案起草、翌18日0時過ぎに上奏して0時半前に退位詔書朗読終わりという短時間の流れとなっています。日時についての児島の根拠史料は不明ですが、退位関連については『我的前半生』と、総務長官秘書だった山田明の回想(出典不明)がベースにあるようです。参考までに。--Snlf1 2009年7月14日 (火) 09:42 (UTC)

引用元の削除

「侵略」を「侵攻」に書き換えるだけならまだしも(loaded-language)、引用元の削除はいけませんネι(^o^υ) 「侵攻」じゃなく「開放」でもけっこうなんですよ引用元さえございましたらι(^o^υ) --大和屋敷 2009年11月1日 (日) 17:34 (UTC)

2010年1月13日(水)13:43版について

「学術研究に従い修正」とありますが、複数の書籍に「満州国は・・・傀儡政権であった」等々と記述されていることをもって「学術的に確定した」と論じたり、「非専門家は・・(云々)」「専門家は・・・(云々)」というのは権威論証になり論証上の誤謬が含まれておりますので一旦もどしました(文献情報は残しました)。単語「傀儡政権」に依拠してそれを全体化するのではなく、直接的に満州国の「国家」性や傀儡性について弁じた複数の文献が欲しいところです。--大和屋敷 2010年1月13日 (水) 18:59 (UTC)

二等日本人

[3]【なお日本にとっての植民地民族である朝鮮人・台湾人と満洲国土着の満洲人・漢人は共に大和民族(日本内地人)より劣位に置かれたが、日本の支配に服した年数の長い朝鮮人・台湾人が(内地人の地位を脅かさない限りに留まるものの)『二等日本人』として後者に比してやや優越する地位を与えられていた。これは満洲で人口的に圧倒的な漢人・満人を朝鮮人・台湾人に牽制させ、両者が協力して日本の支配に対抗することを防ぐ狙いもあった。そして実際に少なからぬ台湾人・朝鮮人が中級官僚・軍人などの中間管理層として、満洲に配属された(日本国籍を離脱し初代外交部総長に親任された謝介石を始め、新京市長にまでなった台湾人も存在した)。】について文献情報を求めます(たぶんあると思います。参考文献中にありましたら、特定の程お願いいたします)。他民族への差別的取り扱いに関する記述ですので信頼できる情報源がぜひとも必要です。--大和屋敷 2010年5月25日 (火) 14:02 (UTC)

  • NHKの放送資料[4]内での証言によれば「台湾においては一等国民は内地人で、二等国民が琉球だ、三番目が台湾人だ」とある。ただし台湾でのことであって満州国での事情の証言ではない。
  • 同じ文脈での沖縄での証言。[5]P.23
  • 「韓国では、同胞と言いながら、延辺朝鮮族を二等国民あつかいをされ・・」(P.7)[6]朝鮮族同士での同胞の扱い。
  • 日本帝国植民地支配についての論文[7]P.8に記述あり。ただしアジア太平洋戦争の開始にともなう「外地人の皇民化」「皇民化した外地人」を動員することの文脈の"説明概念"として「二等国民の創出過程」云々と記述。具体的に二等国民について説明したものとしてはボディーが少ないか。
  • 文芸作品の評論[8]においては、満州における朝鮮族は「満州国建国以降も朝鮮人は日本人に次ぐ二等国民"ではなかった"が満州国建国以前にはさらにそうであった(もっとひどい扱いをされていたとの文脈)」[9]P.8-9ただし文芸作品とそれへの評論なので、歴史資料として百科事典上で扱うには注意が必要。

ちょっとぐぐった程度ではピンポイントの資料がみつかりませんでしたので、適切な文献等ございましたらご紹介下さい。私のうろ覚えな記憶によると、たしか「二等国民」なる用語は琉球か台湾政策の話題で登場したのもので、保険証に「一等」「二等」と記述されてあるのをみた現地人がその差別的取り扱い(に読める)用語に衝撃をうけた云々という文脈だったと思います。満州でもむろん、日本人入植者と原住民との差別的取り扱いがあったと思いますが、それは単なる心理的・慣例的なものなのか、法的根拠による差別的取り扱いなのか不分明です。--大和屋敷 2010年5月25日 (火) 20:25 (UTC)

独自研究を除去しました

国際連盟が善で参加していない諸国が不善であるとの暗黙の前提からの記述を除去しました。--大和屋敷会話2012年7月14日 (土) 12:21 (UTC)

善、不善ではなく、国際連盟の掲げる侵略の禁止、現状維持による領土の保全と言う国際秩序に、大多数の国が一度は賛同したことは事実です。そして満州国を承認した国々の多くが、一度は参加した国際連盟を離脱し、侵略禁止の国際秩序を否定する側に回った国々である事も事実です。事実の提示であり、独自研究とはいえないのではないでしょうか。--丁係会話2013年3月21日 (木) 13:21 (UTC)

国際連盟は戦争を回避すべきことについては繰り返し言及していますが、肝心の侵略については侵略を禁止したのではなく、外部からの侵略に対して共同で援護することを盟約(10条)しているだけです。また「満州事変は侵略だ」というのは政治的主張であり、百科事典が扱う中立性において結果からの教導性を含んだ表現であり、当時の日本側の論理を解説するさいに問題がある結論になります。要は当時の国際法体系に不備があり、日本側がそれにつけこんだという点を(事後的な結論から全否定することによって)解説させないようにする教導的観点に中立性の問題があるわけです。--大和屋敷会話2014年5月28日 (水) 17:47 (UTC)

10条にある「聯盟各国ノ領土保全及現在ノ政治的独立ヲ尊重」するのであれば侵略は容認されません。すなわち侵略の禁止でしょう。不戦条約などで補強もされています。 歴史上の行為を、ある概念に該当するか客観的に判断する事は十分に可能です。 政治的主張でしかないと言うなら、それを根拠を示して記載すれば良いだけでしょう。

それに対する日本側の論理の解説を妨げるものにもなりません。むしろその日本側の論理こそが政治的主張であり、その客観的な解説が可能であるならば、「侵略」が政治的主張であっても客観的に解説可能でしょう。

解説させないようにする、と言う主張が意味不明です。事実の提示によってある解説が成り立たないと言うなら、その解説が破綻しているだけの事でしょう。

また、侵略であると言う提示が、国際法体系の不備や、日本側がそれにつけこんだという事実を全否定する事になるのでしょうか。これらは背反するものではありませんが。--丁係会話2014年5月29日 (木) 17:22 (UTC)