ドロップキャッチ

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ドロップキャッチ英語: domain drop catching)とは、更新されずに失効したドメイン名が再び登録可能になるタイミングで、主に第三者がそのドメイン名を登録する行為を指す。一部のメディアでは「ドメイン流用」と称されることもある[1][2]

背景[編集]

ドメイン名の失効[編集]

ドメイン名が登録されると、登録者は定期的にドメイン名の更新を行う必要がある。この際、1年あるいはそれ以上の単位で更新が可能で、自動更新の設定が可能なケースもある[3]

ドメイン名の有効期限(失効日)が近づくと、一部のレジストラは登録者に対して通知を行って期限切れになることを防ぐが[4]、以下のような理由でドメインが廃止される(失効する)ことがある。

  • 意図的なもの
    • 登録者がWebサイトの運営を終了したり、新たなドメイン名を取得するなどして、ドメイン名が不要になったと判断して廃止した場合[5][6]
  • 意図しないもの
    • 管理のミスによる更新手続きの失念が発生した場合[7]
    • 登録者が正しい連絡先をレジストラに提供しておらず、期限切れの通知を受け取れなかった場合

利用者が商標など法的な権利を有していない限り、廃止されたドメイン名は取り戻すことが出来ず、そのまま放置されることがよくある。なお、後述する請戻猶予期間や、商標権が存在する場合などの例外を除き、廃止されたドメインは第三者が自由に取得することが可能で、第三者に対して以前の登録者が差し止めを要求することはできない[8]

請戻猶予期間 (RGP)[編集]

請戻猶予期間(英語: Redemption Grace PeriodRGP)はICANNのレジストラ認定契約(RAA)[9]に追加されたもので、ドメイン名が意図せず廃止されてしまった場合、 そのドメイン名を他人に再登録されてしまう前に、 元の登録者が請戻しできる期間のことを指す[10]

この期間の長さはTLDによって異なる。ICANNによってRGPが導入される前は、元の登録者がドメイン名を買い戻すために金銭を脅し取る「ドメインスナイピング」の被害を受けやすかった。

ドメイン名の有効期限からRGP開始までの期間が経過すると、ドメイン名のステータスが償還期間(英語: redemption period)になる。この期間中、登録者がドメイン名を再度有効化するためには料金を支払う必要がある[11][12]

ICANNのRAAでは、登録者に対して2回目の通知が実施され、RGPが終了した場合、レジストラに対してドメイン名を削除するように求めている。その後、ドメイン名は5日間の削除保留期間(英語: pending delete)を経てICANNのデータベースから削除され、第三者によって再登録が可能になる[11][10]

業者によるドロップキャッチ[編集]

特に人気のあるドメインの場合、その期限切れを待ち望む第三者が複数存在することもある。そのようなドメイン名は第三者から利用可能になった段階で、ドロップキャッチを狙う業者などによって自動的に登録が行われることもある[13]

ドロップキャッチを行う業者は期限切れになったタイミングでドメイン名を自動で取得し、手数料を加えて「中古ドメイン」として販売する[11]。同一のドメイン名の希望者が複数存在する場合、オークション制でドメイン名の落札金額が決まる[11]

GoDaddyeNom英語版のような小売レジストラは、TDNAMやSnapnamesといったサービスを通じ、Domain name warehousingとして知られる手法でドメイン名のオークションを実施する[14]。このようなドロップキャッチサービスはICANN認定レジストラだけでなく、非認定のレジストラによっても実施されている。

バックオーダー[編集]

一部のドメインやレジストラにはバックオーダー(英語: back-order)制度を提供しており、事前に金銭を支払うことによって、ドロップキャッチが発生する前に期限切れのドメイン名を取得する権利を得ることができる[15]。こちらも1つのドメイン名に対して希望者が多数存在する場合はオークション制になることがある[11]

利点[編集]

中古ドメインの新たな登録者にとって、検索エンジン最適化の観点では、同じドメイン名を以前利用していたサイトの評価などを引き継げるというメリットが挙げられることもある[16]

問題点[編集]

新たな登録者にとって、以前同じドメイン名を利用していたWebサイトに違法コンテンツやアダルトコンテンツが存在していた場合などは、前述とは逆に悪い評価が引き継がれてしまう[16]

また、ドメイン名を手放した側にとっては、悪意のある第三者からドメイン名をドロップキャッチされることに複数のリスクがある。

  • 社名やブランド名、学校名、自治体名などを含んだドメイン名でアダルトサイトや違法サイト、詐欺サイトなどが運営され、信用を毀損する恐れがある[17][6]
    • 特にWebサービスを提供する企業や金融機関などのドメイン名がドロップキャッチされると、正規のURLでフィッシング詐欺サイトが運営されてしまい、利用者に被害が及ぶ恐れがある[17]
    • アクセス解析などを提供するSaaSのドメインがドロップキャッチされた場合、SaaSのタグを埋め込んでいる他のWebサービスにアクセスしたユーザの端末で任意のコードが実行されてしまう[18]
  • ドメイン名がWebサイトのみでなく、メールにも利用されていた場合、機密情報を盗み見られる可能性があるほか、SNSやWebサービスのアカウントが乗っ取られる可能性もある[17]
  • ドロップキャッチされたドメイン名を取り戻すため、レジストラに異議申し立てや訴訟を起こす場合、費用が掛かる。例えば統一ドメイン名紛争処理方針に基づく申し立てを行う場合、1500米ドルが掛かる。また、ドメイン名の登録者が企業ではない場合など、要件を満たさないとして却下される可能性がある[19]

事例[編集]

  • 神戸市立須磨海浜水族園 - 民営化に伴って閉館した同館の旧ドメイン名が手放されてドロップキャッチされた際、同館の公式サイトを装ってオンラインカジノへ誘導する偽サイトが第三者によって作成された[6]
  • 秋田県大館市 - 2020年12月に子育て支援のサイトとして使用されていたドメイン名が、アダルトサイトに転用された。同年3月に別のドメイン名に移行後、委託先のベンダーとの契約を解消したことにより、委託先が2020年夏にドメインを手放したことが理由とされている[20]
  • 大阪市 - 2017年に実施した大阪港開港150年記念事業の特設サイトで使用していたドメイン名が2019年に失効し、アダルトサイトに転用された[21][20]
  • 東京都健康安全研究センター - 2018年に配布した乳児ボツリヌス症の予防に関するポスターやリーフレットに掲載していたQRコードにアクセスすると、不正なアプリのインストールを求められるサイトに接続されることが2021年に判明した。同センターはポスターを配布した病院に対し、ポスターを剥がすように依頼した[22]
  • ドコモ口座(docomokouza.jp) - NTTドコモが運営していた送金・決済サービスで、サービス終了後に管理ミスによってドメイン名が他者に取得されてしまい、オークションサイトにて販売された。最終的にはドコモ側が取り戻し、現在ドメイン名は同社の管理下にある[7]
  • 千葉市 - 2020年度と2021年度に新型コロナウイルスに伴う経済対策の一環として実施した「習いごと応援キャンペーン」で利用していたドメイン名が事業終了後に他者に取得されてしまい、オークションサイトにて販売。2023年10月に第三者が落札したことが同月に判明した[23][24][25]
  • 堺市 - 「堺旅キャンペーン」で利用していたドメイン名が事業終了後に他者に取得されてしまい、オークションサイトにて販売。2023年11月時点で第三者が使用していることを同月発表した[26]
  • Go To Eatキャンペーンに関連する複数の公共機関のサイト - 和歌山県宮崎県などで使用され、同キャンペーンの終了時に放棄されたドメインが、オンラインカジノや援助交際(パパ活)、カードローンに関するサイトになど取得されたことが2023年11月に報じられた[1][27]
  • 長野県 - 過去に同県が実施していた地酒の販売促進キャンペーンなどのドメインがキャンペーン終了後に他者に取得されてしまい、2023年12月時点で第三者が使用していることを同月発表した[28]
  • 新潟県 - 新型コロナウイルス陽性者の登録サイトや第26回参議院議員通常選挙の特設サイトなどのドメインが他者に取得されたことを2023年12月に発表した[29]
  • 北海道 - 新型コロナウイルスに関わる緊急支援金支給事業の特設サイトのドメインを他者に取得されたことが2024年1月に報じられた[30]
  • 島根県 - 新型コロナウイルスに伴う飲食店支援事業などで使用されていた複数のドメインが他者に取得されたことを2024年1月に発表した[31]

対策[編集]

ドメイン名はその仕組み上、手放されると誰でも取得可能になる。また、前述の通り、一部の例外を除いて他者に取得されたドメイン名を取り戻すことは困難である。そのため、事業が終了してもドメインを保持し続ける(手放さない)ことが対策として求められ、手放す場合も5年から10年は保持し続けるべきであるとされる[1]。 また、期間限定になりうることが想像つく場合は、安易にドメインを取得せず既存ドメインにディレクトリの形でページを設置するのが適切となる。

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c 「パパ活」情報 「Go Toイート」URLに表示 ドメイン流用の実態”. NHK (2023年11月25日). 2023年11月29日閲覧。
  2. ^ 「GoToEatキャンペーン」和歌山のドメイン 「パパ活」紹介サイトに流用”. 産経新聞 (2023年11月28日). 2023年11月29日閲覧。
  3. ^ Beginner's Guide to Domain Names”. ICANN (2010年12月6日). 2023年10月7日閲覧。
  4. ^ なお、通知を行うことがレジストラに義務化されているわけではない。
  5. ^ 県が廃止のドメイン オークションサイトで売買 市町村などにリンク削除よびかけ 山梨県”. テレビ山梨 (2023年10月2日). 2023年10月7日閲覧。
  6. ^ a b c スマスイのサイトへ行くと…「オンラインカジノでも海の動物に会える」 旧HPのドメインで偽サイト”. 神戸新聞NEXT (2023年6月9日). 2023年10月7日閲覧。
  7. ^ a b ドコモ口座で使われていた「docomokouza.jp」ドメインがオークションで競売 現在はドコモの手に戻る”. ITmedia (2023年9月26日). 2023年10月7日閲覧。
  8. ^ ドメイン名の廃止に関する注意”. JPRS. 2023年10月7日閲覧。
  9. ^ 2013 Registrar Accreditation Agreement - ICANN”. www.icann.org. 2023年10月7日閲覧。
  10. ^ a b 削除済ドメイン名のための「請戻猶予期間」 (Redemption Grace Period; RGP)”. JPNIC. 2023年10月7日閲覧。
  11. ^ a b c d e Mike Industries (2005年3月6日). “How to Snatch an Expiring Domain”. 2012年11月11日閲覧。
  12. ^ Expiration and deletion of domain registrations - Google Domains Help”. support.google.com. 2019年9月23日閲覧。
  13. ^ ドロップキャッチとは”. JPNIC. 2023年10月7日閲覧。
  14. ^ Robin Wauters (2008年12月3日). “GoDaddy Uses Standard Tactics To Warehouse Domains”. TechCrunch. 2023年10月7日閲覧。
  15. ^ バックオーダーサービス:よくある質問”. お名前.com. 2023年10月7日閲覧。
  16. ^ a b どっちがいい? SEOの観点から新規ドメインと中古ドメインを比較してみた”. ASCII.jp (2018年2月8日). 2023年10月7日閲覧。
  17. ^ a b c 佐々木俊博 (2021年3月4日). “ドメイン名の廃止にあたっての注意”. フィッシング対策協議会 技術・制度検討 WG 報告会. 2023年10月7日閲覧。
  18. ^ 本当にあった「SaaSタグ×ドロップキャッチ」の怖い話……組織におけるドメイン名管理に必要な要件とは”. INTERNET Watch (2022年12月27日). 2023年10月7日閲覧。
  19. ^ ドメイン名をドロップキャッチされた! そのとき当事者は――長崎県立大学学生自治会が経緯と実情を語る”. INTERNET Watch (2022年8月9日). 2023年10月7日閲覧。
  20. ^ a b 自治体管理ドメイン悪用が相次ぎ発覚、「使い捨て感覚」脱せずアダルト転用も”. 日経クロステック (2020年12月11日). 2023年10月7日閲覧。
  21. ^ 大阪市管理のページがアダルトサイトに ドメイン切れで”. 朝日新聞 (2019年10月4日). 2023年10月7日閲覧。
  22. ^ 東京都が病院にポスターはがしを依頼した真相、ドメイン取引の怖い話”. 日経クロステック (2021年10月14日). 2023年10月7日閲覧。
  23. ^ 千葉市が過去に使ったドメインを第三者が落札、注意呼びかけ”. 産経新聞 (2023年10月24日). 2023年11月3日閲覧。
  24. ^ 過去のドメイン第三者が取得 千葉市、注意呼びかけ”. 千葉日報 (2023年10月25日). 2023年11月3日閲覧。
  25. ^ 山本佳孝 (2023年10月25日). “千葉市使用のドメイン、第三者が落札 「詐欺に注意」呼びかけ”. 毎日新聞. 2023年11月3日閲覧。
  26. ^ 堺市のキャンペーンHPのドメイン 第三者が再使用 市が注意喚起”. 産経新聞 (2023年11月7日). 2023年11月15日閲覧。
  27. ^ 和歌山県のGo Toイート ドメインが「パパ活」サイトに流用、知事謝罪”. 紀伊民報 (2023年11月29日). 2023年11月30日閲覧。
  28. ^ 長野県ドメイン、第三者が取得 「無関係」と呼びかけ”. 共同通信 (2023年12月4日). 2023年12月5日閲覧。
  29. ^ コロナ陽性者登録サイトなど旧公共ドメイン11件を第三者が取得、無関係サイトが使用…注意呼びかけ”. 読売新聞 (2023年12月30日). 2023年12月30日閲覧。
  30. ^ 公的機関使用済みドメインを転売、流用 ネットの「住所」 悪質サイトも”. 北海道新聞 (2024年1月11日). 2024年1月14日閲覧。
  31. ^ TSKさんいん中央テレビ (2024年1月15日). “島根県が過去に使用した「ドメイン」第三者が再取得 ネットオークションで売買されたか”. FNNプライムオンライン. 2024年1月19日閲覧。