テオドラ・コムネナ (オーストリア公妃)

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テオドラ・コムネナ
Theodora Komnena
Gertrud und Theodora Komnena.PNG
ハインリヒ2世の2人の妻、ゲルトルート・フォン・ザクセンとテオドラ・コムネナ

死去 1184年1月2日
配偶者 オーストリア公ハインリヒ2世
子女 アグネス
レオポルト5世
ハインリヒ
父親 アンドロニコス・コムネノス
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テオドラ・コムネナ (Theodora Komnena、? - 1184年1月2日)は、オーストリア公ハインリヒ2世の2度目の妃。

生涯[編集]

東ローマ帝国の皇族アンドロニコス・コムネノス(皇帝ヨハネス2世コムネノスと皇后ピロシュカの次男)の次女として生まれた。テオドラの幼年期についてはわずかしか知られていない。ハインリヒとの結婚は、神聖ローマ皇帝コンラート3世コンスタンティノープルに滞在した際、皇帝マヌエル1世コムネノスとの間で取り決められたという。

ハインリヒとの間には3子が生まれた。