ティファニーで朝食を

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ティファニーで朝食を』(ティファニーでちょうしょくを、原題: Breakfast at Tiffany’s)は、アメリカ合衆国の小説家トルーマン・カポーティによる中編小説1958年ランダムハウスから出版された。ニューヨークを舞台に、自由奔放に生きる女性主人公を描く。1961年オードリー・ヘプバーン主演でパラマウント映画によって映画化された。

題名は主人公の言う「ティファニーで朝食を食べるご身分」というたとえで、当時ニューヨーク5番街にあるティファニーは宝石店であり実際のレストランではなかった(したがって、本来はヒロインの素っ頓狂な性格を現す、的外れな言い回しである)が、映画の影響を受け2017年にブランド初となるダイニングスペースがオープンした。映画版では題名を意識してか、冒頭でオードリー・ヘプバーンがティファニーのショーウィンドウを前に朝食を食べるシーンがある。

あらすじ[編集]

発表までの経緯[編集]

ルイジアナ州ニューオーリンズに生まれたカポーティは1940年代にニューヨークへ上京し、「ザ・ニューヨーカー」の下働きをしつつ作家志望として『ミリアム』など作品投稿を行う。1948年には『遠い声 遠い部屋』でデビューし、翌1949年には短編集を刊行している。『ティファニーで朝食を』は1955年ころから執筆を開始し、身辺事情や掲載予定の女性誌『ハーパース・バザー』から掲載を拒否されるなど紆余曲折を経つつ、1958年に『エスクァイア』に発表された。

モデル[編集]

自由気ままに自分さえ楽しければよしとする美しい女ホリー・ゴライトリーと彼女を取り巻く男たちを描いた小説である。主人公のホリーは、複数の実在する人物を混合したキャラクターだった[1]

社会階層についてホリーが見る夢はカポーティの母親、ホリーが抱く存在への不安はカポーティ自身のものである[1]。それにカポーティのマンハッタン社交界の友人だったキャロル・グレイス(別名キャロル・マーカス)英語版[2][1]、デザイナーのグロリア・ヴァンダービルト[3][1]ウーナ・オニール・チャップリン[1]、グロリア・ギネス[1]、そしてベイブ・ペイリー[1]である。

キャロルは生まれは貧しいが、幼いときに母親が大手家電メーカーBendixの社長と結婚したことで富裕層の仲間入りをした女性で、作家のウィリアム・サローヤン、その後俳優のウォルター・マッソーと結婚した。

キャロルやグロリアや他の女性はカポーティにとって次々に入れ替わっているがベイブ・ペイリーは特別で、カポーティにとって彼女以上に重要な人物は存在しなかったと言われている[1]。彼女はCBSを創設したウィリアム・サミュエル・ペイリーの妻であった[1]。夫は彼女の友人たちなど大勢と公然と不倫をしており、ベイブはまるで囚われの身であったため、カポーティはホリー・ゴライトリーがそうならないようにしている[1]

主な日本語訳[編集]

日本では、2008年2月に村上春樹による新訳が新潮社より出版されて話題となった。

映画[編集]

ティファニーで朝食を
Breakfast at Tiffany's
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日本で1969年にリバイバル公開された時のポスター
台場一丁目商店街で撮影。
監督 ブレイク・エドワーズ
脚本 ジョージ・アクセルロッド
原作 トルーマン・カポーティ
製作 マーティン・ジュロー
リチャード・シェファード
出演者 オードリー・ヘップバーン
ジョージ・ペパード
パトリシア・ニール
音楽 ヘンリー・マンシーニ
撮影 フランツ・プラナー
フィリップ・H・ラスロップ
編集 ハワード・スミス
配給 パラマウント映画
公開 アメリカ合衆国の旗 1961年10月5日
日本の旗 1961年11月8日
上映時間 115分
製作国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
言語 英語
製作費 $2,500,000 (概算)[4]
興行収入 アメリカ合衆国の旗 $8,000,000[4]
世界の旗 $14,000,000[4]
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監督はブレイク・エドワーズ、主演はオードリー・ヘプバーン、共演はジョージ・ペパード。ティファニーに資本主義の繁栄を象徴させて自由の貴重さを描いてみせるトルーマン・カポーティの原作とは異なり、映画は主人公と語り手の作家との恋を中心に描いている。

製作の経緯[編集]

カポーティは、マリリン・モンローを主役にすえることを条件に、映画化を了承した。ところが、出演オファーを受けたモンローは、娼婦役を演じることが女優としてのキャリアにマイナスになると考え、出演を断った。セックスシンボルと呼ばれることに強い抵抗を感じていたモンローは、これ以上、イメージが固定化することを嫌ったとされる。こうして、モンローとはまったく個性の異なるヘプバーンが主演を務めることになった[5]。モンローのイメージに合わせて書かれていた脚本は、急きょヘプバーンの魅力が生かされるように書き直された。

カポーティはヘプバーンが映画に主演すると聞いて、少なからず不快感を表したと伝えられる[6]。ところがヘプバーンには直筆で“このたびは「ティファニーで朝食を」の映画への出演をご承諾いただき、大変うれしく思っております。脚本に対する意見もありませんし、脚本そのものをこれまで読む機会もありませんでしたが、オードリーもホリーもどちらもすばらしい女性なので、必ずやよい作品になることと信じております。”という手紙を送っている[7][8]。オードリーが大事に残していたその手紙は2004年から2005年に日本でも開催された“timeless audrey”展で本物が展示されていた。

さらに当時ブレイク・エドワーズの妻だったパトリシア・スネルにホテルまで送ってもらった際には「君の旦那に映画を監督してもらって、本当に、本当によかった。映画の出来が素晴らしくて感動した。ああいう映画になって満足だ」と言っていた[7]

だが、実際には後年のインタビューでカポーティは「こんなにひどいミスキャストの映画は見たことがない」「あの役をオードリーがやると決まった時には、ショックで怒りに震えました」「ブレイク・エドワーズみたいな無能な監督を引っ張ってきて、あいつにはツバを吐きかけてやりたいくらいだ!」「脚本は僕にどうかって話もあったんですよ」と述べているが、実際にはカポーティへの脚本の依頼はなされていない[7]

ジョニー・マーサー作詞・ヘンリー・マンシーニ作曲で劇中にヘプバーン自身が歌った挿入歌『ムーン・リバー』が有名であるが、原作中の歌とは異なる。映画完成後のパラマウント映画関係者向披露試写会で、就任したばかりのパラマウント映画の新社長は、歌のシーンはカットした方がよいと言い放ったと言うが、オードリーは立ち上がり「絶対にカットはさせません」と言って残されたシーンだったという事を、監督のブレイク・エドワーズが、1993年に発売されたドキュメンタリービデオ「想い出のオードリー・ヘップバーン」中のインタビュー映像で語っていて、オードリー・ヘプバーンのいくつかの伝記でもヘンリー・マンシーニがオードリーが言ったということに長年なっていた。が、“控えめに言っても敵対的と言えるこんな態度は、どう考えてもオードリー・ヘプバーンの得意なレパートリーではない”として、ヘンリー・マンシーニ自身が書いた自伝では“オードリーは何か言いたそうに椅子の中でもぞもぞしていた” だけということが挙げられている[7]。実際にはプロデューサーであるリチャード・シェファードが「絶対にカットなんてさせないぞ。するなら俺を殺してからにしろ!」と言ったと判明したと明かされている[7]

川本三郎の『映画は呼んでいる』(キネマ旬報社)には映画評論家のジュディス・クリストの言葉が紹介してある。「この映画で我々は大人になりました」「無垢の時代は終わりを遂げました。突如、時代はセックスに対してオープンになる方向に動き始めました。60年代になりかかっていたのです」。

ユニオシの描写[編集]

ルーニーによる演技
醜さを強調するために口に出っ歯のマウスピースを嵌めている

日系アメリカ人の登場人物のユニオシは、アメリカ社会におけるステレオタイプで偏見に満ちた日本人像(黒ぶちの眼鏡、出っ歯、低身長、[l]と[r]を混同するなど)を反映して表現されている。ユニオシを演じた白人俳優ミッキー・ルーニーは当時を振り返って「監督の指示通りにコメディ感を演出した演技だった」と語っている。

当時、アメリカ合衆国の人種差別問題は未解決のままであり、公民権法の制定が視野に入っている時期であった。白人同士の私的な会話で、マイノリティに対する際どいブラック・ジョークが囁かれることはよくあったが、1960年代映画という公の場面で、このような表現がなされたことは異例である。

今日ではアメリカ映画史上、最も残酷で恥ずべき表現の一つと見なされている。ミッキー・ルーニーには生涯を通して、差別主義的なイメージとスティグマが付きまとい、俳優としての地位を維持するため、繰り返し釈明と弁明を行う必要に迫られた。ルーニー自身は「40年間どこへ行っても賞賛を受け、当のアジア人である中国人からも『傑作だ』と称賛された」と弁解している。

映画あらすじ[編集]

華やかな世界に憧れるホリー・ゴライトリーは、収監中のマフィア、サリー・トマトと面会し、彼の話す「天気予報」をある弁護士に伝えることで多額の報酬を受け取り生計を立てていた。アパルトマンには彼女の取り巻きの男達が訪れては騒動になっている。同じアパルトマンに自称作家のポール・バージャクが引っ越してくる。ポールが最後に出版したのは何年も前で、今は裕福なマダム「2E」の愛人をしていた。

ホリーはポールに兄フレッドの姿を重ね、また無邪気で奔放なホリーにポールは魅かれていく。しかし、ある日アパルトマンの前に佇む男がおり、2Eの夫が雇った探偵ではないかと疑うポールが男に近づくと、彼はテキサス獣医で姓をゴライトリーと言った。彼はホリーの夫であり、ポールは彼女の本名はルラメイで、不幸な生い立ちから14歳で結婚したことを知る。ホリーはポールに付き添って夫に別離を告げ、ポールとの親交を深める。ポールも2Eに関係を終わらせようと話し、引き止められるが断り別れを告げる。

ポールはホリーと共に訪れたティファニーでお菓子のおまけの指輪に刻印をしてもらうが、その後彼女は図書館で熱心に南米のことを勉強していた。なんとブラジルの大富豪ホセとの結婚が決まったと言い、喧嘩別れに終わる。その際、ポールはホリーに自分も他の男と一緒ならと化粧室へ行く際のチップを渡し去って行ってしまう。数か月後、ポールがホリーの家に招かれると、リオデジャネイロ行きを明日に控え、彼女はすっかり家庭的になろうとしていた。一方、ポールも作家として生計を立てられるようになっていた。ホリーが料理に失敗し、二人は外食に行くが、帰宅すると警官が待ち構えていた。

サリー・トマトの麻薬密売に加担したとして、ホリーは拘留され、さらに大々的に報道されてしまう。翌日、ポールの迎えで保釈され、猫と共にホテルへ身を隠すように告げられる。ホセからの家名に傷がつくいう理由で結婚は破談にするとの手紙をポールが読み上げる。しかし彼女は予定通りリオに行くと言って聞かず、私はこの猫と一緒で名前がない、とタクシーを停め外に逃がしてしまう。ポールはもう必要なくなったとティファニーで刻印をしてもらった指輪をホリーに投げつけ、彼女を残してタクシーから降りる。ホリーは指輪を指に嵌めるか否か涙ながらに逡巡し、タクシーを降りてポールを追う。雨の中で猫が見つかりポールとも再会し熱い抱擁を交わすのだった。

キャスト[編集]

役名 俳優 日本語吹替
フジテレビ 日本テレビ ソフト版
ホリー・ゴライトリー オードリー・ヘップバーン 池田昌子
ポール・バージャク ジョージ・ペパード 金内吉男 野沢那智
2E パトリシア・ニール 初井言栄 谷育子 沢田敏子
ドク・ゴライトリー バディ・イブセン 塚本信夫 小林修 山野史人
ユニオシ, I.Y. ミッキー・ルーニー 田中信夫 緒方賢一 辻親八
O・J・バーマン マーティン・バルサム 加藤正之 阪脩 稲葉実
ホセ・ダ・シルヴァ・ペレイラ ホセ・ルイス・デ・ヴィラロンガ英語版 立沢雅久 納谷六朗 田原アルノ
メグ ドロシー・ホイットニー 沢田敏子 雨蘭咲木子
サリー・トマト アラン・リード英語版 藤本譲 村松康雄
ティファニーの店員 ジョン・マッギーヴァー英語版
その他 峰恵研
西村知道
島香裕
さとうあい
田原アルノ
古田信幸
種田文子
木藤聡子
仲野裕
宝亀克寿
古田信幸
中澤やよい
遠藤純一
すずき紀子
斎藤恵理
相楽恵美
翻訳 岩佐幸子 杉田朋子
演出 伊達康将
調整 遠西勝三
録音 スタジオ・ユニ
制作担当 神部宗之
菊地由香
東北新社
プロデューサー 金井芳広
門屋大輔
(日本テレビ)
プロデューサー補 奈良直子
制作 東北新社
初回放送 1978年3月10日
ゴールデン洋画劇場
1995年1月20日
金曜ロードショー

スタッフ[編集]

ミュージカル[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j サム・ワッソン (2011年10月31日初版発行). 『オードリー・ヘプバーンとティファニーで朝食を』p76-p85. 株式会社マーブルトロン. 
  2. ^ The Real Holly Golightly , The New York Times, July 19, 1992
  3. ^ グロリア・バンダービルトさん死去 米富豪・デザイナー
  4. ^ a b c Breakfast at Tiffany's (1961) - Box office / business” (英語). IMDb. 2011年5月18日閲覧。
  5. ^ 川本三郎の『映画は呼んでいる』(キネマ旬報社)には’「縛り首の木」(59年)「蛇皮の服を着た男」(59年)を制作したプロデューサー、マーティン・ジュロウは彼女をこう説得した。「売春婦の映画を作りたいんじゃないんですよ」「我々が作りたいのは、夢見る人の映画なんです」。’と書いてある。
  6. ^ 村上春樹訳『ティファニーで朝食を』(新潮社)訳者あとがき
  7. ^ a b c d e サム・ワッソン (2011年10月11日初版発行). オードリー・ヘプバーンとティファニーで朝食を. 株式会社マーブルトロン. 
  8. ^ エレン・アーウィン&ジェシカ・Z・ダイヤモンド (2006年9月25日). 『the audrey hepburn treasures』にその複製が添付されている. 講談社. 

外部リンク[編集]