セルゲイ・ドブリン

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Pix.gif セルゲイ・ドブリン
Sergei Dobrin
Figure skating pictogram.svg
Sergei Dobrin 3.JPG
2007年欧州選手権での演技
基本情報
代表国: ロシアの旗 ロシア
生年月日: (1986-09-22) 1986年9月22日(32歳)
出生地: ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦リペツク
身長: 180 cm[1]
元コーチ: ビクトリア・ボルチコワ
アレクセイ・ミーシン
ジャンナ・グロモワ[1]
元振付師: ジャンナ・グロモワ[1]
マルガリータ・ロマネンコ[1]
所属クラブ: スポーツクラブ・モスクビッチ
引退: 2010年
ISU パーソナルベストスコア
トータルスコア: 193.50 2006 GPエリック杯
ショートプログラム: 66.14 2007 GP NHK杯
フリースケーティング: 130.65 2006 GPエリック杯
 
獲得メダル
フィギュアスケート
世界ジュニア選手権
2005 キッチナー 男子シングル
ジュニアグランプリファイナル
2000 エア 男子シングル
2002 ハーグ 男子シングル

セルゲイ・ウラジーミロヴィチ・ドブリンロシア語: Сергей Владимирович Добринロシア語ラテン翻字: Sergei Vladimirovich Dobrin1986年9月22日 - )は、ロシア出身の男性フィギュアスケート選手。2005年世界ジュニアフィギュアスケート選手権3位。

経歴[編集]

ロシアのリペツクに生まれ、5歳のころにスケートを始める。12歳のときにリペツクから練習環境の整ったモスクワに引越し、やがて頭角を現した。2000-2001シーズンにはロシアジュニアチャンピオンとなり国際大会へデビュー。JGPファイナルで2度表彰台に上がり、2005年世界ジュニアフィギュアスケート選手権では3位となる。

2005-2006シーズンよりシニアに上がった。2006-2007シーズンのGPエリック杯では2度の4回転サルコウを成功させた(一本目は4回転サルコウ-3回転トゥループのコンビネーション、2本目は単独)。2007-2008シーズンからアレクセイ・ミーシンに師事する[2]。 2008年には足の骨をボルトで固定する大きな手術を受けた。2009年モスクワビクトリア・ボルチコワの元に移籍。

トウループとサルコウで4回転ジャンプを跳ぶことができる。幼いころから社交ダンスをやっていた[2]

しかし度重なる怪我に悩まされ2010年のロシア国内選手権では12位という成績で終わり、競技生活からの引退を発表。2018年現在はクラスノダールに妻と息子と娘と共に移住しコーチをしている。

主な戦績[編集]

大会/年 00-01 01-02 02-03 03-04 04-05 05-06 06-07 07-08 08-09 09-10
世界選手権 17
欧州選手権 15 18
ロシア選手権 9 7 6 5 3 3 棄権 13 12
GPNHK杯 5
GPロシア杯 10 8
GPエリック杯 7 3
フィンランディア杯 3
世界Jr.選手権 12 5 8 3
ロシアJr.選手権 1 6 2 2 3
JGPファイナル 2 2 5 5
JGPハルギタ杯 2
JGPベオグラード 3
JGPチェコスケート 2 2
JGPクロアチア杯 3
JGP B.シュベルター杯 1
JGPトラパネーゼ杯 1
JGPサルコウ杯 6
JGPソフィア杯 7
JGPウクライナ記念 2

シニア[編集]


開催日 大会名 SP FS 結果
2009年12月24日-26日 ロシアフィギュアスケート選手権サンクトペテルブルク 8
68.58
14
115.29
12
183.87


プログラム[編集]

シーズン SP FS EX
2007-2008[3] 火の鳥
作曲:イーゴリ・ストラヴィンスキー
マスク・オブ・ゾロ
作曲:ジェームズ・ホーナー
-
2005-2006[1] サラバンド
作曲:ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル
マスク・オブ・ゾロ
作曲:ジェームズ・ホーナー
-

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e 『フィギュアスケート選手名鑑 2006』新書館、2005年12月、p.99
  2. ^ a b 『フィギュアスケートDays Plus 2008-2009男子シングル読本』ダイエックス出版、2008年9月、p.84
  3. ^ 「2007NHK杯レポート」『フィギュアスケートDays vol.5』DAI-X出版、2008年2月、pp.46-57

外部リンク[編集]