セシル・テイラー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
セシル・テイラー
Cecil Taylor
CecilTaylor.jpg
基本情報
出生名 Cecil Percival Taylor
生誕 (1929-03-25) 1929年3月25日(89歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ニューヨーク州ニューヨーク市クイーンズ
死没 (2018-04-05) 2018年4月5日(89歳没)[1]
ジャンル ジャズフリージャズ
職業 ピアニスト
担当楽器 ピアノ

セシル・パーシヴァル・テイラーCecil Percival Taylor1929年3月25日2018年4月5日[1])はアメリカ人のピアニスト、詩人。

クラシック音楽に基づく教育を受けているが、テイラーは一般的にはフリー・ジャズの先駆者として認識されている。テイラーの音楽は、極めて旺盛な生命力や精力を感じさせるものであり、また、肉体的存在を意識させる方法論、複雑でかつ即興によって創り出された音、塊として聞こえてくる音塊、極めて複雑な複層リズム、こうした要素が特徴だと考えることができる。テイラーのピアノ演奏の技術は、長らくパーカッションにたとえられてきた。例えば、「88個の異なる音階に調整されたドラムズ」(標準的なピアノの鍵盤数のことをさして言っている)と表されたりしている。また、テイラーは、「クラシックの現代音楽に必要な教育を受けたアート・テイタム」などと言い表されてもきた。

来歴[編集]

セシル・テイラーは、ニューヨーク市のクイーンズに生まれた。母の励ましによって幼少期がら音楽を始め、ピアノを始めたには6歳のときであった。テイラーは、音楽のカレッジ(New York College of Music)とニューイングランド音楽院に通った。ニューイングランド音楽院において、テイラーは、作曲と編曲を専攻した。この時期、ヨーロッパの近代クラシック(特にバルトーク)と現代音楽(特にシュトックハウゼン)に親しんだ[2]

1950年、テイラーはボストンからニューヨーク市に引っ越した。スティーヴ・レイシー、ビュエル・ネイドリンガー、デニス・チャールズとカルテットを結成して活動をはじめた。

1955年、最初の録音が行われ『ジャズ・アドヴァンス』(1956年)として発表された。1958年10月にはジョン・コルトレーンと共演してリーダー・アルバム『Stereo Drive』を録音したが、のちにコルトレーン名義の作品『コルトレーン・タイム』(1962年)として再発された。

テイラーがフリー・ジャズにおいて強烈な個性を確立したのは『ネフェルティティ、ザ・ビューティフル・ワン・ハズ・カム』(1962年)からであった。

  • 1961年より、アルトサックス奏者ジミー・ライオンズとともに活動する機会が多くなった。
  • 1970年代以降はソロ・ピアノ、トリオ、ビッグバンドなど多彩な編成で活動を行なっている。
  • 1973年に初来日し、各地でコンサートを行った。5月22日、新宿・厚生年金会館大ホールで行われたライヴは録音され『アキサキラ』として発表された。
  • 2013年度の京都賞思想・芸術部門(音楽分野)を受賞した[1]

2018年4月5日、ニューヨークブルックリンの自宅で逝去。89歳没。死因は分かっていない[1]

批評[編集]

中山康樹は、「セシル・テイラーは、フリー・ジャズ以前から『変わった文体』をもっていた。つまりセシル・テイラーこそがフリー・ジャズの創始者の筆頭であった」と評している[3]

1973年5月22日、新宿・厚生年金会館大ホールにおける公演の観客席には、日本のフリー・ジャズピアニスト山下洋輔がおり、テイラーの演奏に衝撃を受けた[4]。2007年に、両者は共演をしている。

  • 日本のジャズ・ミュージシャン大谷能生もファンであることを公言しており、自身のソロアルバム『JAZZ ABSTRACTIONS』にはテイラーの代表作『コンキスタドール』をサンプリングした楽曲が収録されている。

バレエ・ダンス[編集]

ピアノに加え、テイラーはバレエ・ダンスにも興味があった。テイラーが若い頃に亡くなった彼の母親はバレエダンサーであり、ピアニスト、ヴァイオリニストでもあった。1977年、1979年にはダンサーのダイアン・マッキンタイアと協働。また、1979年には12分間のバレエ "Tetra Stomp: Eatin' Rain in Space"を作曲、演奏した。

詩人[編集]

テイラーは詩人でもあり、ロバート・ダンカンチャールズ・オルソン英語版アミリ・バラカらの影響を受けている。自作の詩を演奏に用いたり、自らのアルバムのライナーノーツに掲載したりしている。

ディスコグラフィ[編集]

リーダー作品[編集]

コンピレーション[編集]

サイドマン作品[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d “フリージャズ・ピアニストのセシル・テイラー氏死去 89歳”. スポニチアネックス. スポーツニッポン新聞社. (2018年4月8日). https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2018/04/08/kiji/20180407s00041000414000c.html 2018年4月8日閲覧。 
  2. ^ Meeder, Christopher (2008). Jazz: the Basics. Routledge. pp. 150. 
  3. ^ 中山康樹 「セシル・ テイラー/ジャズ・アドヴァンス」『ジャズの歴史』 講談社〈講談社+α新書〉、1980年、63頁。
  4. ^ 山下洋輔 「セシル・ テイラー 蜜月の終り」『ピアニストを笑え!』 新潮社新潮文庫〉、1980年、75頁。