ジャンナ・ナンニーニ

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ジャンナ・ナンニーニ

ジャンナ・ナンニーニ(Gianna Nannini, 1956年6月14日-)はイタリアロック歌手。イタリアやドイツを中心に活動中。

プロフィール[編集]

実家はトスカーナ州シエナにある名門菓子店である。ルッカの音楽学校でピアノを習い、1976年に最初のアルバムを発表した。

1979年に出したアルバム「California」に含まれる「America」で最初の大成功となり、このトスカーナ歌手に欧米大陸間市場への道を開くこととなった。この時期注目されたのはナンニーニとコニー・プランクとの共同制作の「Sconcerto rock」のサウンドトラックである。

1984年に爆発的ヒットとなったのは、その年に出た6枚目のアルバム「Puzzle」で、ビデオ「Fotoromanza」はヨーロッパツアーで大成功をおさめた。

さらに、「Montreux Jazz Festival」に参加。8月から10月の間はイタリアの40弱の都市でのコンサート・ツアーを開き、合計で観客30万人を動員した。 「Fotoromanza」はミケランジェロ・アントニオーニによる映像のおかげで、2ヶ月間首位に登り、「Puzzle」は6ヶ月間、イタリア・アルバムヒットパレードで10位以内であった。

アルバムはドイツオーストリアスイス(ここでジャンナは2つの金のディスクを獲得)でもチャート1位となった。同じ曲でジャンナは「フェスティヴァルバール」、「Vota la voce」、「Telegatto d'oro」(ラッファエッラ・リーヴァと共に)で優勝しその年の最高の歌詞となった。

1986年、アルバム「Profumo」を発表し、「Bello e impossibile」に牽引されイタリアで白金のディスクを受賞、ドイツでは金のディスク、オーストリアとスイスでも白金を受賞した。

1987年、「Maschi e altri」をリリースし100万枚以上を売り上げた。

1990年、「Un'estate italiana」をエドアルド・ベンナートと共に書き、1990年のイタリア開催のワールドカップのテーマソングとなった。

1994年にはシエナ大学で文学と哲学の学位をとり最大限の投票と賞賛と共に卒業した。翌年、フランス大使館であるファルネーゼ宮殿のバルコニーに登りムルロア環礁での核実験を再開すると言うアルプスの向うの政府の決定に対し抗議の即興コンサートを行った。

現在はイタリアのポップス界の大御所として高い人気を誇り、今後も多くのCDを制作予定で、最新の映画「Enzo d'Alò」のサウンドトラックの作成に参加している。シングル「Amandoti」を含む「Perle」の後は、2006年2月にGRAZIEをリリースした。

アルバム[編集]

日本版も数枚出ている。

家族[編集]

弟のアレッサンドロは、1980年代から1990年代にかけて活躍した元F1レーシングドライバーで、現在は実家のナンニーニ菓子店など複数の企業を経営する実業家である(弟は姓をナニーニと表記することが多い)。

外部リンク[編集]

公式ページ