ジェシー・ジャクソン

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ジェシー・ジャクソン
(1983年7月)
1973年7月、プッシュ連合年次総会でスピーチするジェシー・ジャクソン

ジェシー・ジャクソン(Jesse Louis Jackson,Sr.、1941年10月8日―)は、アメリカ市民権活動家キリスト教バプティスト派牧師

プロフィール[編集]

運動家[編集]

サウスカロライナ州グリーンヴィルでアフリカ系アメリカ人の両親の元に生まれた。1960年代公民権法施行後にアフリカ系アメリカ人のための市民権拡大の活動家となり、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアなどと親交を持った。

大統領候補[編集]

ジャクソンは1984年アメリカ合衆国大統領選挙民主党大統領候補の指名を得るための予備選挙に立候補し、ウォルター・モンデールゲーリー・ハートに次ぐ3位の得票数を得た。ジャクソンの狙いは選挙に向けて黒人を動員することで、黒人の政治参加を高め、それを通じて黒人の影響力拡大をはかることにあった。ノースカロライナ州の民主党党大会に出席した代議員に絞って実施された調査では、白人の代議員の多くはジャクソンの立候補が党の支持拡大に資すると考えつつ、しかし自身は他の候補に投票するという行動をとったという[1]

1988年アメリカ合衆国大統領選挙では民主党のマイケル・デュカキス候補に次ぐ第2位の得票数を獲得し、「民主党の副大統領候補」とも言われたが、後にデュカキスによってこれは否定された。

その他[編集]

2012年アディダスが発売しようとした「足かせ」付きスニーカーについて「黒人がひとりの人間とみなされなかった不名誉な歴史を商品化しようとする試みは不愉快でおぞましく、無神経だ」との声明を発表している[2]2015年8月には、ロンドンにある在英エクアドル大使館を訪れ、ウィキリークスの創設者であるジュリアン・アサンジと報道陣の前で握手を交わした[3]

脚注[編集]

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  1. ^ Charles L. Prysby "Attitudes of Southern Democratic Party Activists Toward Jesse Jackson: The Effects of the Local Context", Journal of Politics, Vol. 51, No.2, May 1989.
  2. ^ アディダス新作の「足かせ」スニーカーに批判集中、発売見送り”. CNN (2012-06-). 2012年6月26日閲覧。
  3. ^ Khaleda Rahman (2015年8月21日). “Rev. Jesse Jackson visits Julian Assange in London”. Daily Mail Online. http://www.dailymail.co.uk/news/article-3206280/Rev-Jesse-Jackson-visits-Julian-Assange-London.html 2015年8月25日閲覧。 

外部リンク[編集]