シュテファン2世 (バイエルン公)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

シュテファン2世(Stephan II., 1319年 - 1375年5月13日)は、14世紀下バイエルン公(後に下バイエルン=ランツフート公)。後に上バイエルン公も兼ねた。神聖ローマ皇帝ルートヴィヒ4世とヤヴォル公ボルコ1世の娘ベアトリチェの次男。ルートヴィヒ5世は同母兄、ルートヴィヒ6世ヴィルヘルム1世アルブレヒト1世オットー5世は異母弟である。フランス王シャルル6世の王妃イザボー・ド・バヴィエールは孫の1人である。

父の存命時にはアルザスシュヴァーベンの代官を務めていた。1347年に父が没し、1349年に遺領が分割された時、シュテファン2世は下バイエルンを2人の弟ヴィルヘルム1世、アルブレヒト1世と共に相続した(上バイエルンは兄のルートヴィヒ5世、弟のルートヴィヒ6世、オットー5世が相続)。その後、1353年に下バイエルンは更に分けられ、シュテファン2世はランツフートを、ヴィルヘルム1世とアルブレヒト1世はシュトラウビングを相続した。

1361年、兄の上バイエルン公ルートヴィヒ5世が没し、甥マインハルトに遺領が相続されたが、マインハルトも1363年に夭折すると、ルドルフ4世と遺領を巡って対立、ルドルフ4世の死後も戦いを続け、1369年に和睦、チロルハプスブルク家が領有、シュテファン2世は巨額の賠償金と上バイエルンを獲得した。

1375年、56歳で死去。遺領は3人の息子に相続されたが、後に分割された。

家族[編集]

1328年シチリア王フェデリーコ2世エレオノーラ・ダンジョの娘イザベッラ(1310年 - 1349年)と結婚した。

  1. シュテファン3世(1337年 - 1413年) - 下バイエルン=ランツフート公、後に上バイエルン=インゴルシュタット公。イザボー・ド・バヴィエールの父。
  2. アグネス(1338年 - ?) - 1356年キプロスジャック1世と結婚。
  3. フリードリヒ(1339年 - 1393年) - 下バイエルン=ランツフート公
  4. ヨハン2世(1341年 - 1397年) - 下バイエルン=ランツフート公、後に上バイエルン=ミュンヘン公。

1359年ニュルンベルク城伯ヨハン2世の娘マルガレーテ(? - 1377年)と再婚。子供はいない。

参考文献[編集]

先代:
ルートヴィヒ4世
バイエルン公
1347年 - 1349年
ルートヴィヒ5世ルートヴィヒ6世ヴィルヘルム1世アルブレヒト1世オットー5世と共同統治
次代:
上バイエルンと下バイエルンに分割
先代:
バイエルンから分割
下バイエルン公
1349年 - 1353年
ヴィルヘルム1世アルブレヒト1世と共同統治(1353年まで)
次代:
ランツフート、シュトラウビング系に分裂
先代:
下バイエルンから分割
下バイエルン=ランツフート公
1353年 - 1375年
次代:
シュテファン3世フリードリヒ
ヨハン2世
先代:
マインハルト
上バイエルン公
1363年 - 1375年
次代:
下バイエルンと統合