サン=テティエンヌ=ル=ロウ

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Saint-Étienne-le-Laus
Blason Saint Etienne le Laus.svg

Saint-Etienne-le-Laus - (vue de l'église).JPG
行政
フランスの旗 フランス
地域圏 (Région) プロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地域圏Arms of the French Region of Provence-Alpes-Côte d'Azur.svg
(département) オート=アルプ県Blason département fr Hautes-Alpes.svg
(arrondissement) ギャップ郡
小郡 (canton) タラール小郡
INSEEコード 05140
郵便番号 05130
市長任期 ミシェル・ランボー
2014年-2020年
自治体間連合 (fr) fr:Communauté de communes de la vallée de l'Avance
人口動態
人口 306人
2014年
人口密度 35人/km2
地理
座標 北緯44度30分11秒 東経6度09分46秒 / 北緯44.5030555556度 東経6.16277777778度 / 44.5030555556; 6.16277777778座標: 北緯44度30分11秒 東経6度09分46秒 / 北緯44.5030555556度 東経6.16277777778度 / 44.5030555556; 6.16277777778
標高 平均:m
最低:699 m
最高:1266 m
面積 8.66km2
Saint-Étienne-le-Lausの位置(フランス内)
Saint-Étienne-le-Laus
Saint-Étienne-le-Laus
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サン=テティエンヌ=ル=ロウSaint-Étienne-le-Laus)は、フランスプロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地域圏オート=アルプ県コミューン

地理[編集]

ギャップとは9.2km、ラ・バティ・ヌーヴとは5.7km離れている。

サン=テティエンヌ=ル=ロウは、デュランス川の支流で暴れ川のアヴァンス川の周りにつくられた。谷は石膏からなっており、今も石膏の採石場がある。

ノートルダム・デュ・ロウ集落は、行政上サン=テティエンヌ=ル=ロウに属している。

由来[編集]

Lausという言葉は、ラテン語で湖をlacusというように、プロヴァンサル・アルパン語で湖を意味する。またLes Sept Lauxという名があるように、lauxという形態も見つけられる。この名称は、7箇所の高山性の湖がある集落を指している[1]

サン=テティエンヌ=ル=ロウは、肥沃な谷の中にある。かつて湖だったところは今は干上がっている。

サン=テティエンヌ=ル=ロウはかつて、アヴァンソン男爵領に属していたことを想起させる名[2]、サン=テティエンヌ・ダヴァンソン(Saint-Étienne d'Avançon)と呼ばれていた[3]。1664年から1718年までの間に起きた出来事を記憶にとどめるため、1914年に現在のコミューン名に変更された[4][2]

歴史[編集]

ノートルダム・デュ・ロウのバシリカ

殉教者聖エティエンヌに捧げられた教区は、この名前で13世紀に存在していた。

1380年頃、サン=エティエンヌ・ダヴァンソンには、20フローリンと報告されている小修道院があった。1516年までそれは司祭館であり、主任司祭は主任司祭修道士の称号を持っていた。司教は共同の主任司祭で、ボスコドンの修道院長や主任司祭修道士とともに十分の一税を共有していた[4]

1664年、羊飼いのブノワット・ランキュレルは、聖母の出現を見、聖母と対話した。聖母は彼女に、ロウ集落に私の名誉を称える教会を建てなさいと命じた。その場所には既に1640年に小さな礼拝堂が建っており、ノートルダム・ド・ボン・ランコントルという名であった。アンブラン司教ジョルジュ・ドビュッソン・ド・ラ・フイヤードは、1668年にこの教会の建設を始めた。彼はイエズス会をこの地に招き修道院を建てた。彼の後継者、シャルル・ブリュラール・ド・ジャンリスは、教会を完成させ、1712年にノートルダム・ド・サント・ギャルド宣教師会の管理下においた。この地が人気の巡礼地になるのは非常に早かった。

人口統計[編集]

1962年 1968年 1975年 1982年 1990年 1999年 2006年 2012年
155 153 157 149 177 215 276 306

source=1999年までLdh/EHESS/Cassini[5]、2004年以降INSEE[6][7]

脚注[編集]

  1. ^ « NOMS DE LIEUX DE SUISSE ROMANDE, SAVOIE ET ENVIRONS », sur henrysuter.ch (consulté le 22 septembre 2009)
  2. ^ a b Annales de Notre-Dame du Laus, no 371, décembre 2013, p. 4, [lire en ligne].
  3. ^ Odile Martin, La conversion protestante à Lyon, p. 305, Paris, 1986, [lire en ligne]
  4. ^ a b « TABLEAU HISTORIQUE DES HAUTES-ALPES », sur ifrance.com (consulté le 22 septembre 2009)
  5. ^ http://cassini.ehess.fr/cassini/fr/html/fiche.php?select_resultat=31643
  6. ^ http://www.statistiques-locales.insee.fr
  7. ^ http://www.insee.fr