ゴーフル

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ゴーフル

ゴーフルフランス語: gaufre)とは、専用の型で作る凹凸模様の平たい菓子英語ワッフル (waffle)、フランス語でゴーフル (gaufre) と呼ばれる。「浮き出し模様を付ける」という意味の “gaufrer” から、「ゴーフル」と呼ばれるようになった[1]

日本では、薄焼き煎餅にクリームを挟んだ焼き菓子が「ゴーフル」「ゴーフレット」等の名前で販売されている。この形状の「ゴーフル」は、昭和初期に凮月堂一門によって開発されたもので、2014年現在、凮月堂の流れを汲む複数の和・洋菓子会社メーカーによって製造・販売されている。「ゴーフル」は神戸凮月堂によって商標登録されている。

凮月堂のゴーフル[編集]

洋菓子の材料を取り入れた和菓子で、小麦粉砂糖牛乳バター等の材料を和菓子のせんべいを焼く技術を活かして直径15cm、厚さ1mm程の円形にさっくりと焼いたもの二枚で、薄く延ばしたクリームを挟んだもの。個包装されたものを紙箱や四角い缶に入れた形態、あるいは浅底の丸い鉄製の缶に入れた形態で販売されている。

凮月堂のゴーフル発売の起源については東京発祥説と関西発祥説がある。東京発祥説では、昭和初期に「カルルス煎餅」という薄焼き煎餅をヒントに開発された。カルルス煎餅は明治より凮月堂一門で販売していた商品で、ゴーフル煎餅に酷似した形状の素焼き煎餅であり、炭酸せんべいの原型とも言われるものである。昭和初期、南鍋町凮月堂の工場では凮月堂一門の製品を開発・生産しており、ここで一門の職人たちの試行錯誤が行われた結果、粉の配合や、アメリカ製のショートニングクリームを挟むなどの工夫がこらされ、1929年(昭和4年)に現在につながるゴーフルが完成したとされる。

関西発祥説は、大正の終わりから昭和初期に、米津凮月堂より暖簾分けされた大阪・北浜凮月堂(現存せず)において、当時北浜凮月堂と密接な関係のあった神戸凮月堂創業者の吉川市三の指揮のもと開発され、その後他の凮月堂一門でも売り出されたという説である。神戸凮月堂が記すところによれば、1926年(大正15年)頃にもたらされたフランスの焼き菓子をモデルとして、和洋菓子の職人が開発を進め、1927年(昭和2年)に発売にこぎつけた。ただし発売当時の製法は現在のものとは異なり、大瓦せんべいと同様の焼き方を行う、手間のかかるものであったという。

戦前、凮月堂一門は互いに協力して商品の開発や製造、販売を行っており、ゴーフルは凮月堂一門にて共有されていたが、戦後ゴーフルの類似品が氾濫した為、神戸凮月堂がゴーフルの商標を出願した。現在ゴーフルは神戸凮月堂・上野凮月堂・東京凮月堂の3社で販売されている。

ゴーフレット[編集]

ゴーフルと似た菓子にゴーフレット: gaufrette、「小さいゴーフル」の意[注釈 1])がある。 文字通り直径7cmほどの小型のゴーフルを意味するほか、葉巻状に巻いたゴーフルの中にクリームやジャムなどを詰めたもののことを指す場合もある[2]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ -ette指小辞

出典[編集]

参考文献[編集]

関連文献[編集]

  • 神戸風月堂「ゴーフル物語」
  • 上野風月堂「ふうげつ物語」

外部リンク[編集]