コンドル作戦

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コンドル作戦(Operation Condor)は、1975年に南米右派独裁政権が正式的に実施した殺人と情報交換を含めた政治的な抑圧とテロ活動である。アメリカ政府は、技術サポートを提供し、参加者に軍事援助を供給した。

概要[編集]

緑色:主な参加国、薄緑色:散発的参加国、青色:協力国

コンドル作戦の主なメンバーはアルゼンチンチリウルグアイパラグアイボリビアブラジルの軍事政権[1]であった。 この作戦の目的は共産主義とソビエトの影響力と考えを根絶する事、そして関連政府反対活発なと受身運動制御する事であった。

秘密的本姓の為、直接コンドル作戦関係死者の具体的数が議論されているが、少なくとも6万人殺されたという。

歴史[編集]

前史[編集]

この計画は、1950年代1960年代1970年代に行なわれた一連の政府転覆によって促進された。

コンドル作戦[編集]

1970年代中旬から1980年代下旬までイスラエルがアルゼンチン、チリとブラジルの軍事独裁政府に、主にアメリカ製の武器を売り、10億アメリカドル以上の儲けをした。

アメリカが1978年まで、そして再び1981年から共和党ロナルド・レーガンが大統領になった時、技術的支援し、軍用遅延協力を提供した。 エクアドルペルーが周辺的な役割を果たした。

【南アメリカ諸国の軍事独裁政権成立期間】

脚注[編集]

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関連項目[編集]