カテリーナ・カゼッリ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

カテリーナ・カゼッリイタリア語: Caterina Caselli1946年10月25日 - )はイタリア歌手、音楽プロデューサー、女優、テレビ司会者。日本ではデビュー時よりカンツォーネ歌手として紹介されるときにはカテリーナ・カセルリと記される。

カテリーナ・カゼッリ
Caterina Caselli.png
1967年のカテリーナ
基本情報
生誕 (1946-04-10) 1946年4月10日(74歳)
出身地 イタリアの旗 イタリア, エミリア=ロマーニャ州, モデナ県, サッスオーロ
ジャンル ポップ
職業 ボーカル, ベース
活動期間 1964年-

略歴[編集]

エミリア=ロマーニャ州モデナ県サッスオーロに生まれる。1963年のカストロカーロ新人コンクールに入賞しデビュー。デビュー前の音楽活動としては、地元のクラブでベースの演奏をしていた。

1966年にサンレモ音楽祭に初出場、もともとアドリアーノ・チェレンターノのための楽曲であった「Nessuno mi può giudicare 青春に生きる」を歌って入賞(パートナーはジーン・ピットニー)、デビュー曲となった本曲はゴールド認定を受けた[1] 。抜群のスタイルと個性的なファッション、ハスキーな声で一躍スターとなる。金髪のボブのヘアスタイルは「ゴールデンヘルメット」と呼ばれ彼女のニックネームとなった。

1967年には「Il cammino di ogni speranza 風に消えた恋」でサンレモ音楽祭に連続出場する。

1968年には「The days of Pearly Spencer パーリー・スペンサーの日々」をカバーした「Il volto della vita」をヒットさせ、カンタジーロ(イタリア歌謡フェスティバル)で優勝する。

1968年、パオロ・コンテ作曲の「Insieme a te non ci sto più(愛は彼方に)」がヒットし成功を収める。2006年には、ミケーレ・ソアヴィのネオ・ノワール映画「グッドバイキス」のサウンドトラックのための本曲の新バージョンを再録、ダビデ・ディ・ドナテッロ賞のベストソングを受賞した[2]

その後も活躍を続けるが、1969年にCGDレコード副社長のピエロ・シュガーと結婚し、1975年に引退する。その後はCGDのプロデューサーとして、シュガーレコードを中心にGiuni Russo、Paolo Vallesi、アンドレア・ボチェッリ、Gerardina Trovato、フィリッパ・ジョルダーノ、Piccola Orchestra Avion Trave、Gazosa、エリサ、Negramaro、マリカ・アヤン, ラファエル・グアラッツィ、Giovanni Caccamoらを排出している。

1990年のサンレモ音楽祭に久々に出場し「Bisognerebbe non pensare che a te」を歌った。

2009年、ラクイラ地震で襲われたアブルッツォのためのチャリティーソングプロジェクト「Artisti uniti per l'Abruzzo」に、他の56人のイタリア人アーティストと共にレコーディングに参加した。

2012年6月25日、イタリア北部地震の影響を受けたエミリア=ロマーニャ州被災者のためにボローニャで開催された「Concerto per l'Emilia」に歌手として復帰し参加した。

主な楽曲[編集]

  • 1964年 - Ti telefono tutte le sere(MRCからのデビュー曲)
  • 1965年 - Sono qui con voi(あなた達と一緒 第4回カンタジーロジローネB)
  • 1966年 - Nessuno mi può giudicare(青春に生きる サンレモ音楽祭入賞曲)
  • 1966年 - Perdono(涙を許して)
  • 1966年 - L'uomo d'oro(黄金の男)
  • 1966年 - Cento giorni(恋の100日)
  • 1967年 - Il cammino di ogni speranza(風に消えた恋 サンレモ音楽祭参加曲)
  • 1967年 - Sono bugiarda(アイム・ア・ビリーヴァー 恋に生きよう)
  • 1967年 - Sole spento(愛なき太陽)
  • 1968年 - Il volto della vita(愛の面影 パーリー・スペンサーの日々THE DAYS OF PEARLY SPENCER [I])
  • 1968年 - L'orologio(時計)
  • 1968年 - Insieme a te non ci sto più (愛は彼方に)
  • 1968年 - Il carnevale(カーニヴァル)
  • 1969年 - Il gioco dell´amore(恋の遊び サンレモ音楽祭入賞曲)
  • 1969年 - Tutto da rifare(愛の復活)
  • 1969年 - Emanuel(エマヌエル)
  • 1969年 - Una pagina a caso
  • 1970年 - Re di cuoriIl(心の王さま サンレモ音楽祭入賞曲)
  • 1970年 - Spero di svegliarmi presto(めざめて愛して)
  • 1970年 - L'umanità
  • 1970年 - La mia vita, la nostra vita
  • 1970年 - Viale Kennedy(ケネディ通り)
  • 1971年 - Ninna Nanna (Cuore Mio)(ニンナ・ナンナ サンレモ音楽祭入賞曲)
  • 1971年 - La casa degli angeli(天使の家 さすらいの青春 A AM.. I SAD)
  • 1972年 - Com'è buia la città(消えゆく太陽 AIN'T NO SUNSHINE)
  • 1972年 - Che strano amore
  • 1972年 - È domenica mattina(雨の降る日曜日)
  • 1973年 - Un sogno tutto mio
  • 1974年 - Momenti si momenti no(ひとときの夢)
  • 1974年 - Desiderare(憧れ)
  • 1975年 - Seguila
  • 1983年 - Amico è(ダリオ・バルダン・ベンボとテュエット)
  • 1990年 - Bisognerebbe non pensare che a te(サンレモ音楽祭入賞曲)
  • 1990年 - Come mi vuoi

アルバム[編集]

  • 1966 - Casco d'oro (CGD, FG 5029)
  • 1967 - Diamoci del tu (CGD, FG 5033)
  • 1970 - Caterina Caselli (CGD, FGS 5080)
  • 1972 - Caterina Caselli (CGD, FGL 5105)
  • 1974 - Primavera (CGD, 69071)
  • 1975 - Una grande emozione (CGD, 69121)
  • 1990 - Amada mia (Sugar Music 508100-1)

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ Murrells, Joseph (1978). The Book of Golden Discs (2nd ed.). London: Barrie and Jenkins Ltd. p. 202. ISBN 0-214-20512-6. https://archive.org/details/bookofgoldendisc00murr 
  2. ^ Fabio Fusco (2006年4月21日). “David di Donatello 2006, ecco i premi”. MoviePlayer. http://movieplayer.it/news/david-di-donatello-2006-ecco-i-premi_2032/ 2014年5月20日閲覧。