オラショ

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オラショとは、日本キリシタン用語で「祈り」の意。ラテン語のオラシオ (oratio、祈祷文) に由来する。

カクレキリシタンとオラショ[編集]

日本に伝来したキリスト教に対して江戸幕府は、本格的な禁教令を出して取り締まった。こうしたキリシタン禁制の江戸時代において、棄教しなかった信徒達は隠れキリシタンと呼ばれた。オラショの字義的意味は世代による伝承のうちで失われたが、仏教徒や神道など日本の伝統宗教の信者として振舞いながら、信者は密かに「おらしょ」を唱えた。また、メダイロザリオ、聖像聖画、クルス(十字架)などの聖具を秘蔵し、生まれる子に洗礼を授けるなどして信仰を守った。幕末開国、更には明治政府によるキリスト教解禁後、こうしたキリシタンの多くは再宣教のために来日したパリ外国宣教会によってカトリックに復帰した。長崎県などにはその後もカトリック教会に属さず、土俗化した信仰を保有しているキリシタンも存在する。現代の学術研究では、禁教下の信徒を「潜伏キリシタン」と総称し[1]、明治以後もカトリックに合流しなかった人々を「カクレ(かくれ)キリシタン」とする呼び方もある。

禁教前においても、宣教師がもたらしたキリスト教の教えや伝承、儀式などは、それ以前から日本にあった諸宗教や民俗、習慣、文化から影響を受けて変容したり、並存したりしていた。現代(2010年代)においても生月島(長崎県平戸市)などでは、カクレキリシタンの儀式を守る人々がいる。家庭でオラショを唱えて拝む場には、神棚仏壇も並んでいる場合もある[2]

オラショ[編集]

オラショは、パライソ天国)やインフェルノ地獄)の教えが、隠れキリシタン(カクレキリシタン)によって300年間あまり、口伝えに伝承されたものである。カクレキリシタンにとって、オラショは一種の呪文のようなものであり、意味内容を理解した上で唱えられているものとは言えず、「基本的には一つの行として、暗記して唱えること自体が重要なことであって、意味そのものを理解することにはほとんど関心がない」という[3]

1970年代以降、皆川達夫らにより原曲の比定などの研究と共に録音のリリースが行われた。現在ではオラショを題材とした曲が作曲されている。

オラショを題材にした作品[編集]

復元演奏[編集]

枢機卿音楽ミサにおいて、指揮・西本智実、合唱・イルミナート合唱団により、原曲「グレゴリオ聖歌」として455年の時を経て復元演奏された。
枢機卿音楽ミサ
【日時】2013年11月9日(土)15:00
【会場】サン・ピエトロ大聖堂 枢機卿音楽ミサ
【演奏曲目】「オラショ」より(「らおだて Laudate Dominum」「なじょう Nunc dimittis」「ぐるりよざ O gloriosa」 )
【その他曲目】グノー作曲「聖チェチーリア荘厳ミサ曲」より
【指揮】西本智実
【管弦楽】イルミナートフィルハーモニーオーケストラ.
【合唱団】イルミナート合唱団 (日本から約300人参加)
※枢機卿音楽ミサにおいて、指揮者西本智実・イルミナートフィルハーモニーオーケストラ・イルミナート合唱団がアジアからは初めて招聘された。

脚注[編集]

  1. ^ 大橋『潜伏キリシタン 江戸時代の禁教政策と民衆』(講談社選書メチエ)など。
  2. ^ かくれキリシタンの実像とは/土着信仰と「習合」ではなく「並存」『読売新聞』朝刊2018年2月21日文化面。『かくれキリシタンの起源』(弦書房)著者の中園成生(平戸市生月町博物館 島の館学芸員)への聞き書きで構成。
  3. ^ 宮崎(1995)、113頁。

参考資料[編集]

  • 宮崎賢太郎「キリシタン他界観の変容 : キリシタン時代より現代のカクレキリシタンまで」、『純心人文研究』創刊号、長崎純心大学・長崎純心大学短期大学部、1995年、 103-121頁。

外部リンク[編集]