エーディト・ショーデルグラン

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エーディト・ショーデルグラン

エーディト・ショーデルグラン( Edith Södergran 1892年4月4日 - 1923年6月24日)は、フィンランドスウェーデン語詩人

経歴[編集]

ロシア帝国の首都ペテルブルクで誕生する[1]。両親はともにスウェーデン系フィンランド人である。生後まもなく一家はカレリアのライボラに移る。

ペテルブルクにあるドイツ学校に通う。ドイツ語で教育を受け、ゲーテやハイネを愛読した[2]。はじめドイツ語で詩作したが、のちにスウェーデン語詩を発表する。はやくに父は結核によって死去。ショーデルグランは16歳で結核に罹患したことから闘病生活を生涯にわたって余儀なくされた。結核療養のためスイスのサナトリウムに移る。イタリア語を学び、ダンテの神曲に没頭、時折イタリアを旅した[2]。1914年にカレリアのライボラに帰郷を果たす。1916年に詩集『Dikter』を発表した。

ショーデルグランは1917年5月頃から症状が悪化。同年のロシア革命のため一家は財産を消失した。この頃ニーチェの著作と出会い感化。1918年に第2作目の詩集『Septemberlyran』を発表した。

1923年、31歳の時にライボラで結核によって死去。同地に埋葬された。詩集『Landet som icke är』は死後の1925年に刊行され、反響を呼ぶ。現在ではショーデルグランはスウェーデン語詩初期モダニズムの代表者のひとりとして認知されている。

作品[編集]

詩集[編集]

  • Dikter
  • Septemberlyran
  • Rosenaltaret
  • Framtidens skugga
  • Landet som icke är

その他[編集]

  • Brokiga iakttagelser
  • Tankar om naturen

脚注[編集]

外部リンク[編集]