エルザ・ランギーニ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
エルザ・ランギーニ(2012年)

エルザ・ランギーニ(Elsa Lunghini, 1973年5月20日 - )は、フランスの歌手、女優。

略歴[編集]

フランスのパリ生まれ。父親は俳優・写真家・作詞家のジョルジュ・ランギーニ、母親は画家のクリスティアーヌ・ジョベール。女優のマルレーヌ・ジョベールフランス語版は叔母。ボンドガールも務めたエヴァ・グリーンは従妹にあたる。

7歳で映画「Garde a vue」に初出演。1986年12月、13歳の時、レジス・ヴァルニエ監督の『『悲しみのヴァイオリンフランス語版』 (La femme de ma vie) に出演し、また主題歌の「哀しみのアダージョ(彼と彼女のソネット)」 (T'en va pas) を唄って歌手デビューする。1988年、最初のアルバム『Elsa』を発表。

1980年代後半から1990年代は主に歌手業に専念していたが、2000年以降主にテレビにて女優業に復帰している。

T'en va pas[編集]

エルザ=「哀しみのアダージョ」(トンバパ)と言われるほどヒットしたこの曲は、ヒット・メーカーとして有名な Romano Musrmarra の作曲であり、リリース当時1986年は母国フランスで8週間連続チャート一位をキープし、130万枚の売り上げを記録した(最初のアルバム『エルザ』のライナーノーツの記述より)。日本においても、エドウィンの「サムシング」のCMや原田知世のカバーで人気を博している。なお、この曲は版権の問題でエルザの最初のアルバムに収録されなかったが、1997年のベスト・アルバム、および幾つかのコンピレーション・アルバムに収録されている。

評価[編集]

独特の甘さと切なさを含んだフレンチ・ポップスのトップ・シンガーとして高い評価を受けている、しかし、実の父親であるジョルジュ・ランギーニが作曲を担当するようになった最初のアルバム以降は、本国フランス以外ではほとんど話題になっていない。これについて、多くのリスナーや評論家が楽曲の凡庸さを指摘している。

デビュー当時は同年代の歌手ヴァネッサ・パラディと比較されることが多かった。ヴァネッサが英語アルバムを出したり映画へ出演し成功するなど、人気は徐々にヴァネッサに軍配が上がった。しかし、エルザの4枚目のアルバム Chaque Jour Est Un Long Chemin 以降は音楽的にも評価されており、独自の路線を行く。

パリのオランピア劇場でメインアクトとしてコンサートを開いたのは史上最年少(1990年10月の時点で17歳)で、フランスのチャートで1位を獲得した最年少(1986年の時点で13歳)女性歌手でもある。

私生活[編集]

1994年に、ドイツ人歌手ペーター・クローネとの間に男児を出産[1]

1999年からサッカー選手のビセンテ・リザラズと婚約していたが、2006年に解消している。

アルバム[編集]

  • 1988 : Elsa
  • 1990 : Rien que pour ça
  • 1992 : Douce violence
  • 1996 : Chaque jour est un long chemin
  • 1997 : Elsa, l'essentiel 1986-1993
  • 2004 : De lave et de sève
  • 2006 : Connexion Live
  • 2008 : Elsa Lunghini

脚注[編集]

  1. ^ Elsa Lunghini par magaly”. 2015年3月29日閲覧。

外部リンク[編集]