エスタディオ・ナシオナル (リマ)

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エスタディオ・ナシオナル
Estadio Nacional nuevo 07 10 2011.jpg
施設情報
正式名称 Estadio Nacional (国立競技場)
所在地 ペルーリマ
位置 南緯12度04分02.2秒 西経77度02分01.4秒 / 南緯12.067278度 西経77.033722度 / -12.067278; -77.033722
建設期間 1951–1952
開場 1952年10月27日
修繕 1992, 1996, 2004, 2011
拡張 2004, 2011
所有者 ペルー政府
運用者 Instituto Peruano del Deporte (ペルースポーツ局)
グラウンド 天然芝
ピッチサイズ 104.9 x 67.86 m
設計者 José Betín Diez Canseco (Renovation)
プロジェクトマネージャ Miguel Dasso
使用チーム、大会
サッカーペルー代表
収容能力
50,000 (サッカー)[1]

エスタディオ・ナシオナル(Estadio Nacional)は、ペルーの首都リマにある国営スタジアム。

ペルー国内では、エスタディオ・モヌメンタルエスタディオ・ウニベルシダ・サン・マルコスに次いで3番目の規模を持つスタジアムである。

概要[編集]

それまであった旧スタジアムを取り壊し、1952年10月に完成。

1964年5月24日に東京オリンピックサッカー予選アルゼンチン戦で大暴動が発生、318人が死亡、500人が負傷する大惨事となった(エスタディオ・ナシオナルの悲劇)。これを受け、大規模な改修を行った結果53000人から45000名となった[2][3]

1953年に開催されたサッカー南米選手権、2004年のコパ・アメリカの主要会場をはじめ、2005年のFIFA U-17世界選手権などのサッカー大会、また陸上競技会としても使用されている。2009年から2011年にかけて、屋根付きスタジアムを含めた大規模な近代化工事が、1億5000万ソルの建設費をかけて行われた。

脚注[編集]

  1. ^ COMUNICADO DE PRENSA 064-FPF-2011 - A LA OPINIÓN PÚBLICA”. fpf.com.pe. 2012年3月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年9月30日閲覧。
  2. ^ Aniversario 45 de la tragedia en el Estadio Nacional de Lima”. rpp.com.pe. 2009年7月17日閲覧。
  3. ^ Vidal Otálora, Jaime Pulgar (2007年3月11日). “¡Tragedia en el Nacional!” (Spanish). 2011年10月3日閲覧。

外部リンク[編集]

先代:
マラカナン
サッカー南米選手権
決勝会場

1953
次代:
エスタディオ・ナシオナル・デ・チリ
先代:
エスタディオ・センテナリオ
サッカー南米選手権
決勝会場

1957
次代:
エル・モヌメンタル
先代:
エスタディオ・エル・カンピン
ボゴタ
コパ・アメリカ
決勝会場

2004
次代:
エスタディオ・ホセ・パチェンチョ・ロメロ
マラカイボ
先代:
ソネラ・スタジアム
ヘルシンキ
FIFA U-17ワールドカップ
決勝会場

2005
次代:
ソウルワールドカップ競技場
ソウル特別市