アンドレイ・トシェフ

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ブルガリアの旗 ブルガリアの政治家
アンドレイ・スラヴォフ・トシェフ
Андрей Славов Тошев
Andrey Toshev.jpg
生年月日 1867年4月16日
出生地 ブルガリアの旗ブルガリアスタラ・ザゴラ
没年月日 1944年1月10日(満76歳没)

在任期間 1934年12月19日 - 1935年11月22日
国王 ボリス3世
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アンドレイ・スラヴォフ・トシェフ (ブルガリア語: Андрей Славов Тошев, ラテン文字転写: Andrey Slavov Toshev1867年4月16日 - 1944年1月10日)は、ブルガリアの科学者、外交官。1935年に首相を務めた。

経歴[編集]

スタラ・ザゴラ出身。トシェフは外交官として1909年から1913年までセルビアでブルガリア大使を務め、その中で彼はバルカン同盟の成立を助けた。また、1913年から1914年にコンスタンティノープルでブルガリア大使を務めた。

1934年ズヴェノ軍事クーデター後の不安定な中、断固たる忠誠心を示したため、トシェフはボリス3世により閣僚評議会議長に指名された。彼は事実上ツァールの傀儡として、軍政期後に純粋な文民内閣を率いた。[1] 彼の内閣は1935年11月の選挙においてゲオルギ・キョセイヴァノフが勝利することで短命なものとなった。

参考文献[編集]

  1. ^ S.G. Evans, A Short History of Bulgaria, London, Lawrence and Wishart, 1960, p. 173
先代:
ペンチョ・ズラテフ
ブルガリア王国
閣僚評議会議長
1935年
次代:
ゲオルギ・キョセイヴァノフ