アンドルス・アンシプ

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アンドルス・アンシプ
Portrait Andrus Ansip.jpg
欧州委員会 デジタル単一市場担当委員
就任
2014年11月1日
大統領 ジャン=クロード・ユンケル
前任者 ネリー・クルース (デジタルアジェンダ担当)
エストニアの首相
任期
2005年4月12日 – 2014年3月26日
大統領 アルノルド・リューテル
トーマス・イルヴェス
前任者 ユハン・パルツ
後任者 ターヴィ・ロイヴァス
経済通信相
任期
2004年9月23日 – 2005年4月12日
大統領 アルノルド・リューテル
前任者 メーリス・アトネン
後任者 エドガー・サヴィサール
タルトゥ市長
任期
1998年9月10日 – 2004年9月23日
大統領 レナルト・メリ
アルノルド・リューテル
前任者 ロマン・ムグル
後任者 ライネ・ランドヤルヴ
個人情報
生誕 1956年10月1日(60歳)
ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦
Flag of the Estonian Soviet Socialist Republic.svg エストニア・ソビエト社会主義共和国 タルトゥ
政党 エストニア共産党 (1991年以前)
エストニア改革党 (1994年 - )
配偶者 アヌ・アンシプ
子供 3人
出身校 タルトゥ大学
エストニア生命科学大学

アンドルス・アンシプエストニア語: Andrus Ansipエストニア語発音: [ˈɑndrus ˈɑnʲˑsʲip]1956年10月1日 - )は、エストニアの政治家。欧州委員会副委員長兼デジタル単一市場担当委員。エストニアの首相エストニア改革党党首を務めた。

化学者として研鑽を積んだ後、銀行などのビジネスを手掛けた。2004年に国政に進出してまもなく経済相に抜てきされ、2005年には首相となった。2014年11月1日に欧州委員会委員に任命された。

経歴[編集]

生い立ち[編集]

タルトゥに生まれる。1979年、化学の学位を得てタルトゥ大学を卒業。同年から1983年まで、2年間の兵役をはさんで同大学に技師として勤務した。1986年から1988年まで、エストニア共産党タルトゥ地区委員会組織局長兼産業局教官[1]。銀行や投資事業に何件か関与し、タルトゥ人民銀行の役員やリヴォニア民営化IF委員長、投資ファンド・ブローカー・リミテッドのCEOなどを歴任した。ラジオ・タルトゥの代表取締役でもある。

タルトゥ市長[編集]

1998年、中道右派のエストニア改革党からタルトゥ市長選挙に立候補し、当選した。2004年までの在任中、世論調査におけるアンシプの支持率は非常に高かった。後任のタルトゥ市長には、同党のライネ・ヤネスが就いた。

改革党党首・経済相[編集]

2004年11月21日、アンシプはエストニア改革党の党首となった。これは同党の創設者で、それまで党首でもあったシーム・カラス元首相が欧州委員に選出され、ブリュッセルに移ったためである。これによって、アンシプもタリンに移った。また、同年9月には辞任したメーリス・アトネン経済通信相の後任となったが、在職期間が短かったため、アンシプの経済通信相としての実績を評価することは難しい。

首相[編集]

2005年3月24日のユハン・パルツ首相の辞任を受けて、アンシプは3月31日にアルノルド・リューテル大統領から組閣を命じられた。中央党およびエストニア人民同盟との連立合意によって、アンシプ内閣は4月12日に国会(リーギコグ)の承認を受けた。国会議員101名のうちアンシプ内閣に賛成したのは53名で、40名は反対した。アンシプと閣僚らは4月13日に就任した。

2007年3月4日の総選挙で、アンシプの改革党は27%の票を獲得し、国会における議席数を19から31に増やした。アンシプ個人は2万2500票以上を集めた。トーマス・イルヴェス大統領から組閣を命じられたアンシプは、今度は祖国共和連合と社会民主党と連立を形成した。アンシプの2期目の首相職は2007年4月5日にはじまった。しかし、2009年5月に社会民主党が連立を離脱し、改革党と祖国共和連合の少数与党政権に転落した。

ロンドンで開かれたイギリス・北欧バルトサミットにて(2011年1月20日)

2011年3月の総選挙で、改革党は33議席を獲得し、第一党を維持した。アンシプはイルヴェス大統領から再び組閣を命じられ、改革党と祖国共和連合の連立政権が続くこととなった。アンシプの3期目の首相職は2011年4月6日にはじまった。

2014年3月4日、アンシプは後継者に翌年の総選挙を率いてもらいたいとして、辞任を表明した。2013年12月4日から辞任する2014年3月26日までの期間、アンシプは欧州連合 (EU) 諸国で最も在職期間の長い首相であった[2]

欧州委員会副委員長[編集]

2014年9月10日、欧州委員会委員長に内定したジャン=クロード・ユンケルは、副委員長兼デジタル単一市場担当委員にアンシプを推薦した。その後、アンシプは欧州議会の合意を経て、欧州理事会からユンケル委員会の副委員長に任命された。

人物[編集]

婦人科医のアヌ・アンシプ(1956年生)と結婚しており[3]、口腔医のレート(1977年生)、ジャーナリストのティーナ(1981年生)、リーサ(1997年生)の3人の娘がいる[4]

2009年11月10日、エストニアの志願制民兵組織であるカイツェリート(エストニア防衛連盟)に加入した[5]

世界の主要なクロスカントリー10大会を完走した称号を持つ強者で、2010年2月14日には札幌国際スキーマラソンの男子50キロに出場し、3時間27分44秒で完走した[6]

脚注[編集]

  1. ^ The Government of the Republic of Estonia: Andrus Ansip - Estonian Government
  2. ^ “Estonia PM Ansip resigns - Europe's longest-serving PM”. BBC News. (2014年3月4日). http://www.bbc.co.uk/news/world-europe-26430899 
  3. ^ Tartu Rotary klubi”. 2015年3月3日閲覧。
  4. ^ Referaat
  5. ^ Andrus Ansip sai kätte Kaitseliidu liikmepileti. Neljas.ee, 29 March 2010.
  6. ^ 2010年2月15日付 朝日新聞

外部リンク[編集]


公職
先代:
ユハン・パルツ
エストニアの首相
2005年 - 2014年
次代:
ターヴィ・ロイヴァス
先代:
シーム・カラス
欧州委員会 エストニア選出委員
2014年 -
次代:
現職
先代:
ネリー・クルース
(デジタルアジェンダ担当委員)
欧州委員会 デジタル単一市場担当委員
2014年 -
次代:
現職