アドルフ・シュラーギントヴァイト

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アドルフ・シュラーギントヴァイト(Adolf Schlagintweit、1829年1月9日-1857年8月26日)は、ドイツ植物学者であり、中央アジア探検家である。

ミュンヘンで、五人兄弟の次男として生まれ、アドルフは、兄弟のヘルマンとともにアルプス山脈に関する本を1846年から1848年にかけて出版している。この業績により、1850年Untersuchungen über die physikalische Geographie der Alpenを出版して、評価されている。その後、もう一人の兄弟ロベルトも加わり、Neue Untersuchungen über die physikalische Geographie und Geologie der Alpen1854年に出版している。

1854年アレクサンダー・フォン・フンボルトの推薦を受けて、イギリス東インド会社は、ヘルマン、アドルフとロベルトに領域内の科学的調査、特に、地磁気についての研究を委託した。以後3年間、デカン高原から始まり、ヒマラヤ山脈カラコルム山脈崑崙山脈を踏破した。

1857年初頭に、ヘルマンとロベルトは旅行から戻ったが、アドルフはさらなる探検をおこなった。しかし、清朝のスパイではないかという嫌疑を受け、カシュガルの首長であるワリー・ハンによってその地で8月に裁判を受けることなく斬首刑に処せられた。[1] 彼の死の様子は1859年チョカン・ワリハーノフがカシュガルを訪るまで、ヨーロッパに知られることはなかった。ワリハーノフは、商人に変装して成功裏にロシア帝国に戻った。その時に、科学者の頭も持ち帰ったのである。 この事件は、ラドヤード・キプリングが書いた『王になろうとした男』の構想のもとになっている。

A.Schlag.は、植物の学名命名者を示す場合にアドルフ・シュラーギントヴァイトを示すのに使われる。命名者略記を閲覧する/IPNIAuthor Detailsを検索する。)

脚注[編集]

  1. ^ Die Geschichte der Brüder Schlagintweit Archived 2011年7月19日, at the Wayback Machine. (ドイツ語)