アトランティック・グランプリ・レスリング

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

アトランティック・グランプリ・レスリングAtlantic Grand Prix Wresting、略称:AGPW)は、カナダマリタイム地区で活動するプロレス団体。オーナーはエミル・デュプリ。

歴史[編集]

1969年マリタイム地区よりイースタン・スポーツ・アソシエーションEastern Sports Association、略称:ESA)として活動。カナダの大西洋岸におけるNWAの傘下のプロモーションとしてアル・ジンク及びルディ・ケイとボビー・ケイによって主宰されていた。フラッグシップタイトルである北米ヘビー級王座にはルディ&ボビー・ケイの長兄であるザ・ビースト(ユーヴォン・コーミエ)を初代王者にザ・ストンパーボボ・ブラジルパット・オコーナーレオ・バークジノ・ブリットキラー・カール・クラップジム・ディロンハーリー・レイスボロ・モンゴルブルドッグ・ボブ・ブラウンミシェル・デュボアフレンチ・マーチンなどが歴代王者として名を連ねており、日本人ではグレート・クマ(大熊元司1974年に戴冠している[1]

1977年、同地区版のカナディアン・ヘビー級王座がナンバー2のタイトルとして設立されてセーラー・ホワイトデビッド・シュルツなど当時の若手選手の間で争われたが同年下期、エミル・デュプリがESAの興行権を買収して後継プロモーションであるAGPWを設立[2]。翌1978年、新たなフラッグシップ・タイトルとしてAGPW認定のインターナショナル・ヘビー級王座が設けられた初期はラニー・ポッフォランディ・サベージ1980年代ロン・スターリップ・ロジャースダイナマイト・キッドなども戴冠[3]1984年7月、かつてマリタイム地区に遠征したことがある剛竜馬のブッキングでAGPWからレオ・バークやフレンチ・マーチンが来日して後楽園ホールで開催した「UWF無限大記念日」に出場したが剛のUWFを離脱したため本格的な業務提携には到らなかった。

1991年、第1期AGPWは消滅[4]

2013年、エミルと息子のレネ・デュプリが中心となり復活[4]

第2期AGPWは当初は全日本プロレス、後にWRESTLE-1と交流を持ち、日本から主に若手選手を派遣している。

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ North American Heavyweight Title [Maritimes]”. Wrestling-Titles.com. 2014年7月27日閲覧。
  2. ^ Canadian Heavyweight Title [Maritimes]”. Wrestling-Titles.com. 2014年7月27日閲覧。
  3. ^ AGPW International Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2014年7月27日閲覧。
  4. ^ a b “Atlantic Grand Prix wrestling is reborn in the Maritimes” (英語). Global News. (2013年6月4日). http://globalnews.ca/news/613562/atlantic-grand-prix-wrestling-is-reborn-in-the-maritimes/ 2014年7月23日閲覧。