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アイスホッケーボヘミア代表

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

アイスホッケーボヘミア代表(あいすほっけーぼへみあだいひょう、英語: Bohemia national ice hockey team)はボヘミアの男子アイスホッケーナショナルチームである。オーストリア=ハンガリー帝国時代の1911年、1912年、1914年にアイスホッケーヨーロッパ選手権で優勝している。

歴史

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1908年11月19日、初のアイスホッケー協会ボヘミア王国総督府に正式に承認され、すぐに国際アイスホッケー連盟に加盟した。全国連盟の設立総会は、1908年12月11日、プラハのレストラン「プラティーズ」で、12クラブの代表者が出席して開催された。

スラヴィア・プラハが1901年にウィーン・トレーニング・アイスクラブと初の国際試合を行った。1909年1月、ボヘミアのホッケー選手はシャモニーで開催された国際大会に参加し、グルス、ヴィンディシュ、マリー、ハンマー、J・フライシュマン、ヤルコフスキー、パロウシュの7人からなるチームは、後に「ホッケースティックを持った三銃士」というニックネームで呼ばれるようになった。チームはスラヴィアのジャージと乗馬ズボンを着用して試合に臨んだが、大会では4試合すべてに敗れた。

シャモニーから帰国後すぐに、当時の報道で「カナディアン・ホッケー」と呼ばれた大会の第1回選手権がプラハで開催された。1910年にはヨーロッパ選手権が初めて開催された。チェコは翌年ベルリンで開催された大会で初出場ながらスイスを13対0、ドイツを4対1で破り、いきなり優勝を果たした。1912年にはプラハで第3回ヨーロッパ選手権を自主開催し優勝したが、リンクの状態が不適切であることと国際連盟に正式加盟前のオーストリアチームに対するドイツ側の抗議により結果は無効となった。

第一次世界大戦勃発までに、この期間に開催された5回のヨーロッパ選手権のうち2回で優勝を果たしていたが、第一次世界大戦の結果、1918年オーストリア=ハンガリー帝国が崩壊してチェコスロバキアが誕生するとチェコスロバキア代表が1920年のオリンピックに出場することとなった。その後1940年にハンガリー、イタリアなどと親善試合を行うものの、消滅した。

主な試合

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年月日 場所 得失点
国際試合初登場 1909年1月23日 フランス, シャモニー ボヘミア 1 フランス 8
国際試合最終試合 1940年2月24日 ドイツ, ガルミッシュ ボヘミア 5 ドイツ 0
最多得点差勝利 1914年1月18日 スイス, Les Avants ボヘミア 17 ベルギー 0
最多得点差敗北 1909年1月24日 フランス, シャモニー ボヘミア 0 イギリス 11

ヨーロッパ選手権

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Games GP 引分 得点 失点 Coach Captain Finish 順位
スイスの旗 1910 レ・ザヴァン 参加せず
ドイツ帝国の旗 1911 ベルリン 3 3 0 0 20 1 ? ? Round-robin 1位
オーストリア=ハンガリー帝国の旗 1912 プラハ* 2 1 1 0 7 2 ? ? Round-robin 1位
ドイツ帝国の旗 1913 ミュンヘン 3 2 1 0 15 6 ? ? Round-robin 2位
ドイツ帝国の旗 1914 ベルリン 2 2 0 0 11 1 ? ? Round-robin 1位
1915–1920開催されず (第一次世界大戦).
1921–1932 チェコスロバキアとして継続.
  • 1912年の選手権は、当時オーストリアが国際アイスホッケー連盟(IIHF)の加盟国ではなかったため、後に無効とされた。

関連項目

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外部リンク

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チェコアイスホッケー協会によるチェコホッケーの歴史