おせんころがし

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おせんころがしは、千葉県勝浦市の西端から鴨川市にまたがる約4kmのの通称である。旧国道が崖の中腹を通り、古くは交通の難所であったが、現在は新国道が整備され解消されている。

おせんころがしの航空写真(1974年)
おせんころがし(入道ヶ岬側)
おせんころがし(小道側)

位置[編集]

概要[編集]

古くは、房総東往還の難所と知られていたが、1929年昭和4年)、おせんころがしの部分を小湊トンネルなどで結ぶ鉄道(現在の外房線)が開通した。その後、おせんころがしの部分をおせんころがしトンネル、境川トンネルで結ぶ国道128号の新道も完成し、現在は崖の中腹にある小道が残るのみとなっている。なお、現在この小道に通ずる道はバリケードでふさがれており、ガードレール等も存在しない。そのため、滑落等非常に危険であり、踏破は勧められない。

現在の最寄駅は行川アイランド駅となっている。

歴史[編集]

江戸時代までは、房総半島の東側の集落(東條、小湊、興津、勝浦)は千葉より放射状に結ばれ、海岸沿いに進む道は間道程度に過ぎず、主要街道としては整備されなかった。

明治時代に入ると、波の高い太平洋側は海運が発達せず、早くから海岸沿いを結ぶ道が整備された。具体的な開通時期ははっきりとはしないが、おおよそ明治10年代頃であると思われる。

1952年昭和27年)に一家3人の殺人事件であるおせんころがし殺人事件(現場は小湊町内)が発生し、被害者がこの崖から投げ落とされた。なおこの時までに、内陸をトンネルで貫き、ショートカットする新道が完成していた。

昭和40年代に、現在の国道である新道が完成し、おせんころがしは交通の難所ではなくなった。

名称の由来[編集]

昔、この崖の近くの豪族古仙家にいた、おせんという一人娘が名称の由来とされている。おせんは、村人を苦しめる強欲非道な父親を改心させようとしたが、改心は無理と悟り、この崖から身を投げたといわれている。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

座標: 北緯35度6分58秒 東経140度13分27秒 / 北緯35.11611度 東経140.22417度 / 35.11611; 140.22417