物質量

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。GeSciHok (会話 | 投稿記録) による 2016年3月21日 (月) 06:31個人設定で未設定ならUTC)時点の版 (物質量は物質の量を表す物理量のひとつ。)であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

物質量
amount of substance
量記号 n
次元 N
種類 スカラー
SI単位 モル(mol)
テンプレートを表示

物質量(ぶっしつりょう、英語: amount of substance)は、物質の量を表す物理量のひとつ[1]である[2]。1971年に国際単位系の7番目の基本量に定められた量で、物質を構成する要素粒子の個数をアボガドロ定数 (約 6.022×1023 mol-1) で割ったものに等しい[3]。要素粒子は、普通は、分子をつくる物質の場合は分子であり、イオン結晶では組成式で書かれるものであり、金属では原子である[4]熱力学的な状態量として見れば示量性状態量に分類される。

日常的には、物質の量は「2リットルの水」などの体積か「5キログラムの食塩」などの質量で表すことが多い。しかし、目に見える大きさの物質は、原子、分子、イオンなどの目に見えないほど小さな粒子(これらの粒子やこれら粒子の組み合わせを物質の要素粒子という)から構成されていて、不連続構造をもつ。そのため、物質の量を、物質を構成する要素粒子の数で表すことも可能である。目に見えるか見えないかくらいの小さな物質でも莫大な数の要素粒子からできているので、要素粒子の個数そのものではなく、要素粒子の個数を非常に大きな定数で割ったもので物質の量を表す[5]。個数そのものは不連続な離散量であるが、それが莫大な個数なので、物質量は体積や質量と同様に連続量として扱える。物質量のSI単位はモル(mol)である。表記する場合は、量記号はイタリック体の n、量の次元の記号はサンセリフ立体の N が推奨されている[6]

要素粒子Xの個数をN (X)、アボガドロ定数をNA とすれば、物質量 n(X) は次の式で定義される。

N (X)は個数という無次元量であり、n(X) は物質量の次元 N を持つので、アボガドロ定数の次元は物質量の逆数N-1 となり、その単位はモルの逆数(mol-1)となる。

物質量は、動力学に基づく量である質量に比例する。物質Xの質量が m であるとき、物質Xの物質量は

で与えられる。ここで係数 M(X) は物質Xのモル質量である。

アボガドロ定数の値や、その詳細は「アボガドロ定数」の記事を参照のこと。また、物質量の歴史および単位の定義については「モル」の記事を参照のこと。

要素粒子について

物質量は、物質名の指定だけでは曖昧となる場合がある。たとえば窒素分子は分子を要素粒子とみなすと1個であっても、原子を要素粒子とすると2個の原子として識別される。したがって 0 、1013 hPa で 22.4 L窒素ガスには、二窒素分子であれば 1.00 mol が、窒素原子であれば 2.00 mol 含まれる。

また二塩基酸である硫酸水酸化ナトリウム中和して硫酸ナトリウムと水を生成する場合には、硫酸分子の2個の水素がそれぞれ中和反応により1分子の水を生成するので、 1 mol の硫酸は水素イオンの物質量としては 2 mol となる。

あるいはモノマーユニットの繰り返しからなる高分子化合物では、モノマーユニットを要素粒子とした物質量と高分子の分子自体を要素粒子とした物質量が共に使われるので、要素粒子を正しく指定する必要がある。

要素粒子が明示されていない場合は、分子を含まない単体では原子が要素粒子とされ、一種類の分子のみを含む純物質では分子が要素粒子とされていることが多い。ただし、硫黄酸化リン(V)酢酸銅(II)一水和物のように例外も多い。このように要素粒子を誤解される余地がある場合は、化学式〈例えば分子式:P4O10、イオン式:H+など〉を示すなどして要素粒子を明示する必要がある。原子や分子やイオンの集合体からなる物質では、要素粒子を化学式〈例えば石英 SiO2ミョウバン KAl(SO4)2•12H2O、硫化鉄(II) Fe0.91S など〉で示し、要素粒子が原子や分子やイオンの組み合わせであることを明示する。

この様に要素粒子の選定には幾分かの任意性がある。詳細はモルの記事を参照のこと。

要素粒子の存在を前提としない定義

現実の物質は原子、分子、イオン、電子などあるいはこれらの集合体からなる不連続構造をもつ要素粒子から構成されるが、物質量はそれら要素粒子の存在を前提しなくても物質の量を表す概念として定義できる[7]。すなわち、物質Xの質量が m であるとき、物質Xが一成分系とみなせるならば、物質Xの物質量を

で定義することができる。ここで係数 M(X) は、目的に応じて任意に決められる定数である。物質Xが多成分系ならば、各成分xiの物質量は、その成分の質量 m(xi) と係数 M(xi) で同様に定義することができる。必要であれば、物質Xの物質量は各成分の物質量の総和で定義できる。

係数 M(X) や M(xi) は、物質あるいは成分ごとに任意に決められるので、物質系の熱力学的解析に便利なように決めることができる。例えば、全ての物質Xについて M(X) = 1 とするなら、グラムまたはキログラムを物質量の単位として用いることができる[8]。 化学平衡にある物質系や化学反応が起こる過程では、元素原子量と物質Xに含まれるすべての元素の質量分率に基づいて M(X) を決めると解析が容易になる。物質量が原子の存在を前提しなくても定義できることを強調したいならば、19世紀の化学者に倣って原子量という言葉を「当量」、「結合重量」、「比例数」などの言葉に置き換えてもよい[9]。いずれにせよ「元素の種類は高々可算個である」、「物質は有限個の元素からできている」、「各元素の原子量は物質の履歴に依らない」と仮定するなら、元素の原子量表を作成することができる。各元素の原子量 M(E) は任意に決められるので、全ての元素Eについて M(E) = 1 としてもよいし、古典的な重量分析により実験的に決めてもよいし、あるいはIUPACの原子量表の値を用いてもよい。三つの仮定に加えてさらに「元素の質量は保存する」と仮定するなら、元素Eの物質量も保存する。

以上の前提のもとで、物質Xに含まれるすべての元素の質量分率を決定することができれば、物質Xの組成式を決定することができる。すなわち、要素粒子の存在を前提しなくても、古典的な重量分析により、物質Xの組成式を決定することができる。組成式から計算した式量を係数 M(X) とすれば、定義式から物質Xの物質量が求まる。

組成式から計算した式量に適当な数を乗じたものを係数 M(X) としてもよい。例えば、アセチレンベンゼンは元素組成が等しいので、どんな原子量表を使っても組成式と式量は二つの物質で同じになるが、ボイル=シャルルの法則が成り立つ温度 T、圧力 p、体積 V のもとでは次式で定義されるアセチレンのガス定数

はベンゼンのそれの三倍である。そこで、係数 M(X) を M(ベンゼン) = 3M(アセチレン) となるようにとれば

は二つの物質で同じ値になる。このときアセチレンの化学式を CH と書くなら、ベンゼンの化学式は C3H3 になる。他の物質についても同様な操作を施せば、理想気体の状態方程式を物質の種類に依存しない形で書き下すことができる[10]。アセチレンの化学式を CH と書くなら、メタンの化学式は C1/2H2 になる。 メタンの化学式を CH4 と書くなら、アセチレンの化学式は C2H2 に、ベンゼンの化学式は C6H6 になる。ここでIUPACの原子量を使えば M(CH4) = 16.042 g/mol となり、気体の種類に依らない気体定数は 8.314 J K-1 mol -1 になる。ただし「各元素の原子量は物質の履歴に依らない」と仮定したので、ここでは 12 g の炭素12ではなく、12.011 g の炭素の物質量を 1 mol とした。

同位体の分離や濃縮を、要素粒子の存在を前提としないで熱力学的に取扱うには、「元素の原子量は物質の履歴に依らない」という仮定を除いて「化学元素は原子量の異なる同位元素混合物である」ことを認めれば良い。さらに「元素の質量は保存する」という仮定を除けば、放射性物質も要素粒子の存在を前提としないで熱力学的に取扱うことができる。

歴史的な単位

物質量を表す歴史的な単位として以下に挙げるようなものがあるが、計量法ではモルのみの使用しか認めていないことから、MSDSのような公示文書や商品の計量表示ではモル以外の表記は推奨されない。

グラム原子 (gram atom)
単体の物質量を表す単位で、原子 1 mol を含む単体が 1 グラム原子である。例えば窒素 14.01 g1 グラム原子になる。
グラム分子 (gram molecule)
分子を形成する物質の物質量を表す単位で、分子 1 mol を含む物質が 1 グラム分子である。例えば窒素 14.01 g0.5 グラム分子になる。
グラムイオン (gram ion)
イオンの物質量を表す単位で、イオン 1 mol1 グラムイオンである。例えば塩化ナトリウム 58.44 g にはナトリウムイオン 1 グラムイオンと塩化物イオン 1 グラムイオンが含まれる。
グラム式量 (gram formula mass)
分子を形成しないような物質の物質量を表す単位で、その物質の組成式1 molを含む物質が1グラム式量である。例えば塩化ナトリウム58.44 gは1グラム式量になる。
グラム当量 (gram equivalent)
中和反応や酸化還元反応に関与する物質の物質量を表す単位で、水素イオンあるいは電子 1 mol を放出あるいは受容する物質量が 1 グラム当量である。例えば硫酸 98.08 g2 mol の水素イオンを放出するから 2 グラム当量である。1グラム当量の物質を含む 1 L の溶液の濃度1 規定である。

脚注

  1. ^ 体積、質量、分子数、原子数などでも物質量を表すことができる。
  2. ^ 三省堂大辞林 第三版』
  3. ^ IUPAC. Compendium of Chemical Terminology, 2nd ed. (the "Gold Book"). Compiled by A. D. McNaught and A. Wilkinson. Blackwell Scientific Publications, Oxford (1997). XML on-line corrected version: http://goldbook.iupac.org (2006-) created by M. Nic, J. Jirat, B. Kosata; updates compiled by A. Jenkins. ISBN 0-9678550-9-8. doi:10.1351/goldbook.A00297.
  4. ^ グリーンブック(2009) p.65
  5. ^ 物質量, 『理化学辞典』、第5版、岩波書店
  6. ^ 国際単位系(SI)国際文書第8版(2006) 1.3
  7. ^ キャレン(1998) p.12
  8. ^ ルイスランドル(1971) p.18
  9. ^ ブロック(2003) p.132
  10. ^ 田崎『熱力学』 p.52

参考文献

  • H.B. キャレン『熱力学および統計物理入門(上)』小田垣孝訳、吉岡書店、1998年。ISBN 978-4842702728 
  • W.H. ブロック『化学の歴史 I』大野誠・梅田淳・菊池好行訳、朝倉書店、2003年。ISBN 978-4254105780 
  • J.G. Frey、H.L. Strauss『物理化学で用いられる量・単位・記号』産業技術総合研究所計量標準総合センター訳(第3版)、講談社、2009年。ISBN 978-406154359-1https://www.nmij.jp/public/report/translation/IUPAC/iupac/iupac_green_book_jp.pdf 
  • G.N. ルイス、M. ランドル『熱力学』ピッツアー、ブルワー改訂 三宅彰、田所佑士訳(第2版)、岩波書店、1971年。 NCID BN00733007OCLC 47497925 
  • 田崎晴明『熱力学 現代的な視点から』培風館〈新物理学シリーズ〉、2000年。ISBN 4-563-02432-5 

外部リンク