埼玉りそな銀行川越支店
埼玉りそな銀行川越支店蔵の街出張所 | |
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情報 | |
旧名称 |
第八十五銀行本店 埼玉銀行川越支店 あさひ銀行川越支店 埼玉りそな銀行川越支店 |
用途 | 銀行(ATMコーナー) |
設計者 | 保岡勝也 |
施工 | 印藤順造 |
建築主 | 第八十五銀行 |
管理運営 | 埼玉りそな銀行 |
構造形式 | 鉄骨鉄筋コンクリート構造 |
建築面積 | 291 m² |
階数 | 地上3階 |
高さ | 25m |
竣工 | 1918年 |
所在地 |
〒350-0063 埼玉県川越市幸町4-1 |
座標 | 北緯35度55分21.3秒 東経139度28分59.4秒 / 北緯35.922583度 東経139.483167度座標: 北緯35度55分21.3秒 東経139度28分59.4秒 / 北緯35.922583度 東経139.483167度 |
文化財 | 登録有形文化財 |
指定・登録等日 | 1996年12月20日[1] |
埼玉りそな銀行川越支店蔵の街出張所(さいたまりそなぎんこう かわごえしてんくらのまちしゅっちょうじょ)は、埼玉県川越市に所在する銀行建築である。1918年(大正7年)に完成し、1996年(平成8年)には国の登録有形文化財に登録された。2020年(令和2年)6月19日までは現役の銀行有人店舗として使用されていた。母店・川越支店の支店コードは384。
歴史
1878年(明治11年)、旧川越藩の御用商人らの出資により第八十五国立銀行設立。1893年には川越大火により旧本店が焼失。1898年には民営の第八十五銀行となる。1918年(大正7年)に、現在の建物が再建された[2]。第八十五銀行は1943年に埼玉銀行となった。
その後の業界再編で行名が数度にわたり変更となり、2003年より埼玉りそな銀行として営業しているが、これにあわせ建物名も変更されている。1996年12月には、埼玉県内では初となる国の登録有形文化財に登録された[1]。2020年7月を目途として銀行支店としての用途を終えることおよび、観光資源でもある建物を地域のシンボルとして活用する意向が同行により示された[3]。 2020年6月19日を以て本建築物での川越支店としての営業を終了し、同支店の機能は川越南支店とともに川越駅西口の脇田本町へ移転され同年同月22日より新店舗で営業を開始した[4]。同時に、当建築物はATMコーナーのみを残し「蔵の街出張所」として営業を開始した[5]。
設計者は保岡勝也。彼が設計した建物のうち川越市内には、旧山崎家別邸と旧山吉デパートが現存している。
建築
川越の重要伝統的建造物群保存地区内にあり、蔵造りの建物が多い中、白煉瓦の西洋建築が異彩を放つ。外観はネオルネッサンス様式が採り入れられ、北西角の八角形の塔屋には、青銅葺き[2]のドーム屋根が設けられている。建物の角はコーナーストーンで装飾され、外壁の窓と窓の間にはサラセン縞のバットレスが配置されている[6]。川越大火の教訓から、窓には手動の防火シャッターが設置されている[2]。日本に現存する鉄筋コンクリート構造の建築物としては、初期のものである[7]。
また、景観維持のためか旧あさひ銀行時代は赤い看板を臙脂色にし、埼玉りそな銀行となった今も看板を深緑色にするなどしている。
脚注
- ^ a b “あさひ銀行川越支店”. 文化遺産オンライン. 2017年10月11日閲覧。
- ^ a b c 『近代埼玉の建築探訪』P138-139
- ^ 築百年超、りそな川越支店移転へ 営業に幕、建物は保全 - 47NEWS(ソースは共同通信社、2019年7月31日付、同年8月7日閲覧)
- ^ 川越支店、川越南支店の移転のお知らせ - 埼玉りそな銀行公式サイト(2020年3月27日付、同年7月17日閲覧)
- ^ 【無人ATM】埼玉りそな銀行 蔵の街出張所 - りそなグループ店舗案内サイト(2020年7月17日閲覧)
- ^ “埼玉りそな銀行川越支店”. 総務省 ふるさとづくり推進ポータルサイト. 2017年10月11日閲覧。
- ^ “埼玉りそな銀行川越支店”. 全国近代化遺産活用連絡協議会. 2017年10月11日閲覧。
参考文献
- 朝日新聞さいたま総局 編『近代埼玉の建築探訪』さきたま出版会、2006年9月25日、138-139頁。ISBN 978-4-878910937。