凝固・線溶系

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凝固系(血液凝固因子)とは出血を止めるために生体が血液を凝固させる一連の分子の作用系であり、そうして固まった血栓を溶かして分解するのが線溶系(線維素溶解系)である。多くの病態においてこの二つは密接に関係しているため、本稿では二つをまとめて述べる。

前駆的な止血の機序

血管因子

末梢の血管が収縮したり、周囲へ漏れた血液が血管を圧迫することで出血を止める。前者の反応には血小板から放出されるセロトニントロンボキサンA2が関わっている。またプロスタグランジンE2が局所の神経を敏感にして痛み信号を中枢神経系に送り、患部への注意を喚起する。中枢神経系は生体外の状況を勘案し、末梢の瑣末な損傷を放置してでもその状況から「闘争か逃走か」をすることが肝要と判断すればノルアドレナリンを分泌して更に末梢血管を収縮させると同時に,エンドルフィンで痛み信号を遮断して外的状況を「闘争か逃走か」によって打開することを選ぶ。

血小板因子

血漿の凝固系

開始期(外因性経路)

血液凝固カスケード(英語版Wikipediaより)
  • 細胞が傷害を受けると、組織因子が第VIIa因子(第VII因子が活性化したもの)と結合する。
  • 第VIIa因子は第IX因子を活性化して第IXa因子とする。
  • 第IXa因子は第X因子を活性化して第Xa因子とする。

 (内因性経路)

  • 血液が負に帯電した固体(例えば、岩石や砂)に触れると、プレカリクレインと高分子量キニノゲンが第XII因子を活性化し、第XIIa因子とする。
  • 第XIIa因子は第XI因子を活性化して第XIa因子とする。
  • 第XIa因子は第IX因子を活性化して第IXa因子とする。

増幅期

  • トロンビンは第XI因子を活性化して第XIa因子とする。第XIa因子は第IX因子を活性化して第IXa因子とする。
  • また、トロンビン自体も第V因子と第VIII因子を活性化させてそれぞれ第Va因子、第VIIIa因子とする。
  • さらにトロンビンは血小板を活性化して、第XIa因子、第Va因子、第VIIIa因子を血小板表面に結合させる。

伝播期

  • 血小板表面に結合した第VIIIa因子と第IXa因子は第X因子を活性化して血小板表面に結合させる。
  • 血小板表面に結合した第Xa因子と第XIa因子はプロトロンビンを次々とトロンビンに変化させる。
  • 大量のトロンビンが血漿中のフィブリノーゲンを分解してフィブリンモノマーにする。フィブリンモノマーは第XIII因子によって架橋されてフィブリンポリマーとなり、他の血球を巻き込んで血餅(かさぶた)となる。

各々の凝固因子

個々の凝固因子には通常の自然科学の慣例(発見者が名を付ける)ではなく発見順のローマ数字が使われている。これは、次々に新しい因子が発見され、しかも後になってそれは同じ因子の別の形態だと言うことが判明したためである。後者の理由により、いくつかの欠番がある。ただし、最初の4つはローマ数字による呼び方は余り使われない。

  • フィブリノーゲンフィブリン(第I因子)
  • プロトロンビン・トロンビン(第II因子)
  • 組織因子(第III因子、トロンボプラスチン)
  • カルシウムイオン(第IV因子)
  • 第V因子(プロアクセレリン):第1染色体長腕(1q23)にマップされたF5遺伝子によってコードされる分子量33000のタンパク質で、肝臓で発現し血流に放出される。第506残基がアルギニンからグルタミンへと変異した多型を(その多型が多いオランダの街の名前から)第V因子ライデン変異(Factor V Leiden)と言い、静脈血栓塞栓症の増加がみられる。黒人・黄色人種ではまれである。また、この遺伝子は常染色体劣性遺伝のため欠損症はまれである。
  • 第VI因子は欠番である。
  • 第VII因子(プロコンペルチン)
  • 第VIII因子:X染色体長腕末端(Xq28)にマップされたF8遺伝子[1]によりコードされる分子量約3万のタンパク質。血漿中では、フォン・ウィルブランド因子と複合体を形成して存在する。この欠損により血友病Aを罹患する。
  • 第IX因子(クリスマス因子):X染色体長腕末端近く(第VIII因子に隣接するXq27領域)にマップされたF9遺伝子[2]によりコードされる分子量約55000~60000の糖タンパク質。この欠損により血友病Bを罹患する。
    • 上図のように、第VIII因子または第IX因子を介する反応以外はそれをバイパスする反応経路があるが、第VIII因子および第IX因子には無い。それゆえ血友病AおよびBは先天性の凝固障害でも特に重篤な物となる。またX染色体上にマップされており、染色体の末端にも近いことから、他の凝固障害に比べて罹患率が高く、新規に発生する突然変異も無視できない頻度で存在する。
  • 第X因子(スチュアート・ブラウアー因子)第13染色体長腕末端近く(第VII因子に隣接する13q34領域)にマップされたF10遺伝子[3]によりコードされる分子量約35000の糖タンパク質で、主に肝でビタミンK依存的に合成され血流に放出される。
  • 第XI因子(血漿トロンボプラスチン前駆物質)第4染色体長腕末端近く(4q35領域)にマップされたF11遺伝子[4]によりコードされる80kDaのタンパク質で,S-S結合した二量体を形成し、さらに高分子量キニノゲンと1:1で結合している。
  • 第XII因子(ハーゲマン因子)
  • 第XIII因子:フィブリンの安定化。
  • プレカリクレイン
  • 高分子キニノゲン(Fitzgerald因子)

凝固阻止物質

  • アンチトロンビンIII(AT3):分子量65000のタンパク質で、肝および血管内皮細胞で発現して血流中に放出される。第Xa因子やトロンビンの作用を阻害する。アロステリック部位へのヘパリンの結合により活性が1000倍にもなる。
  • ヘパリン:多糖類であり、アンチトロンビンIIIを活性化させる。また低分子量ヘパリンはフォン・ウィルブランド因子の活性をも低下させ、血小板との反応を抑制する。
  • プロテインC:トロンビンにより分解され活性化プロテインC(Activated Protein C; APC)となり、補酵素であるプロテインSと結合する。活性型第V因子や活性型第VIII因子に結合し抑制する。
  • プロテインS:活性型プロテインC(APC)の補酵素であり、APCと結合し抗凝固作用を示す。

線溶系

凝固した血餅は生体にとっては異物であり、組織の修復とともに除去されねばならない。このために存在するのが線溶系である。

線溶阻止物質

  • プラスミノゲン活性化阻止物質
  • α1アンチトリプシン:第14染色体長腕末端(14q32)にマップされたSERPINA1遺伝子によりコードされる分子量約51000の糖タンパク質で、活性化されたプラスミンの作用を阻害する。この欠損によりCOPD(慢性閉塞性肺疾患)を発病する確率が上がることが知られているが、機序は不明である。
  • α2アンチプラスミン:第17染色体短腕末端(17p13)にマップされたSERPINF1とSERPINF2遺伝子によりコードされる分子量59000の糖タンパクで、肝で合成され血流に放出される。血漿電気泳動ではα2グロブリンに属し、線溶阻止に果たす役割は上記のα1アンチトリプシンよりも大きい。
  • トロンビン活性化性線溶阻止物質

線溶系の異常

そもそも侵襲を受けていない血管壁でも血栓の形成と線溶は絶えず繰り返されており、このバランスが崩れると様々な疾患を引き起こす。

多発外傷や敗血症によるエンドトキシンなどは、身体各部で凝固因子を消費し、ついには凝固因子の枯渇に至る。すると線溶系が亢進して止血が出来なくなる。これが播種性血管内凝固症候群(DIC)である。DICの治療にはヘパリンを用いるが、AT3が枯渇している場合は効果がないのでAT3も同時に投与する。また凝固因子の多く(第II、VII、IX、XI、XIII因子)はセリンプロテアーゼが進化した物であるから、セリンプロテアーゼ阻害薬であるメシル酸ナファモスタットやメシル酸ガベキサートを投与する。

参考文献

Ferguson JJ. et al. "Safe use of platelet GP IIb/IIIa inhibitors." Eur Heart J. 19 Suppl D:D40-51.;1998 Apr Entrez PubMed

関連項目

外部リンク