上末城
上末城 (愛知県) | |
---|---|
城跡にある石碑と案内板 | |
別名 | 上陶城、森下城 |
築城主 | 落合将監勝正 |
築城年 | 文明年間 |
主な城主 | 落合氏 |
廃城年 | 16世紀末頃 |
遺構 | 土塁、掘 |
指定文化財 | なし |
上末城(かみずえじょう)は、愛知県小牧市の上末(かみすえ)地区にかつて存在した日本の城である。16世紀末頃に廃城となった。現在は、竹藪の中に土塁と空堀跡などが残るのみである。隣接する国道155号沿いには城跡碑や、城の歴史などが記された説明板がある。
歴史
築城されたのは、文明年間。足利将軍家の末裔で、大県神社(愛知県犬山市)の祠官である重松秀村の三男の、落合将監勝正と言う人物によってであるとされている。勝正の息子である安親は織田氏に仕え、天正12年(1584年)の小牧・長久手の戦いでは、その子供(勝正の孫)である庄九郎とともに豊臣秀吉に従い戦ったが敗戦。その後、城は廃城となった。
- 年表