コンテンツにスキップ

リッチテンソル

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。Xqbot (会話 | 投稿記録) による 2011年11月2日 (水) 19:59個人設定で未設定ならUTC)時点の版 (r2.7.2) (ロボットによる 変更: ko:리치 곡률 텐서)であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

微分幾何学におけるリッチ曲率テンソル(リッチきょくりつテンソル、英語: Ricci curvature tensor)は、与えられたリーマン計量が決定する幾何学が通常の n-次元空間とどれほど違っているかの度合いを測る方法の一つを与えるもので、グレゴリオ・リッチ=クルバストロに因んで名付けられた。リーマン計量自体と同じく、リッチテンソルは、そのリーマン多様体の接空間上で定義される対称双線型形式である。大雑把に言ってリッチテンソルは「体積の歪み」を測るもの、つまり与えられた n-次元リーマン多様体の領域の n-次元体積が、n-次元ユークリッド空間における同等の領域の体積からどれほど異なるかの度合いを要約するものである。これは後述の「直接的な幾何学的意味」節でもっと明確に述べる。リッチ曲率テンソルは、計量も擬計量も必要でなく、任意のアフィン接続に結合させることができる。

厳密な定義

(M, g) を n-次元リーマン多様体とし、TpMM の点 p における接空間を表す。p における接ベクトルの任意の組 ξ, η ∈ TpM に対し、リッチテンソル Ric の (ξ, η) における値 Ric(ξ, η) は、線型写像

トレースで与えられる(Rリーマン曲率テンソル)。局所座標を取れば、これを(和の規約を用いて)

と書くことができる。ここで Rij = Rkikj, すなわち

である。ビアンキ恒等式の帰結として、リーマン多様体のリッチテンソルは

が成り立つという意味で「対称」になる。それゆえ、単位長さの任意のベクトル ξ に対するリッチテンソル Ric(ξ, ξ) の値を知れば、リッチテンソルを完全に決定できることが従う。この単位接ベクトル全体の集合上で定義される函数を、それを知ることとリッチ曲率テンソルを知ることとが同値であるがゆえに、しばしば単にリッチ曲率と呼ぶ。

リッチ曲率はリーマン多様体の断面曲率によって決定されるが、含む情報はより少ない。実際には、ξ を n-次元リーマン多様体上の単位長ベクトルとするとき、Ric(ξ, ξ) は、ちょうど断面曲率の ξ を含む((n−2)-次元分だけある)2-次元平面全てを亘る平均値の (n−1)-倍である。

リッチ曲率函数 Ric(ξ, ξ) が単位長接ベクトル ξ 全体の成す集合上で定数ならば、そのリーマン多様体はリッチ定曲率を持つという。またこのときこの多様体はアインシュタイン多様体である(リーマン多様体がアインシュタイン多様体となるのは、リッチテンソル Ric がその多様体の計量テンソル g の定数倍となることが必要十分)。また、リッチ曲率函数 Ric(ξ, ξ) が単位長接ベクトル ξ 全体の成す集合上で正値(非負値)であるならば、そのリーマン多様体は正の(非負の)リッチ曲率を持つという。以下の位相的な結果を参照。

2 および 3-次元のリッチ曲率は曲率テンソル全体を代数的に決定するが、より高い次元のリッチ曲率が含む情報は曲率テンソルの決定には足りない。例えばアインシュタイン多様体は 4-次元以上では必ずしも定曲率である必要はない。

リッチテンソルはレヴィ-チヴィタ接続の言葉を用いて明示的な式が与えられる。この式は擬リーマン幾何においても有効である。

直接的な幾何学的意味

リーマン多様体 (M, g) の任意の点 p の近傍で、測地的正規座標系と呼ばれる好ましい局所座標系を定義することができる。それは p を通る測地線が原点を通る直線に対応し、同時に p からの距離が原点からのユークリッド距離に対応するようなものとして構成される。この座標系では、計量テンソルは

が成り立つという意味で、ユークリッド計量によってよく近似される。この座標系で、体積要素は点 p において

テーラー展開される。したがって、リッチ曲率 Ric(ξ, ξ) がベクトル ξ の方向で正値であるならば、M において p から大体 ξ の方向へ出る短い測地線分の強集束された族によって掃かれる円錐領域の体積は、ユークリッド空間の対応する円錐領域のそれより小さい。 同様に、与えられたベクトル ξ 方向でリッチ曲率が負ならば、多様体の同様の円錐領域の体積はこんどはユークリッド空間のものよりも大きくなる。

リッチ曲率テンソルの応用

リッチ曲率はアインシュタインの場の方程式の鍵となる一般相対論において重要な役割を演じる。

リッチ曲率はリッチフロー方程式にも現れる。そこでは時間依存リーマン計量がそのリッチ曲率の負の方向へ変形される。この偏微分方程式系は熱方程式の非線型類似であり、1980年代初頭にリチャード・ハミルトンによって始めて導入された。熱が物体が一定温度の平衡状態に到達するまで固体を伝って拡散する傾向があるので、リッチフローがリッチ曲率一定な多様体の平衡幾何学を導くことが期待できる。この主題に対するグリゴリー・ペレルマンによる最近の寄与は、1970年代にウィリアム・サーストンによって初めて予想された線に沿って3-次元閉多様体の完全な分類を導くことに、その要綱が 3-次元で十分上手く働くことが示せると思われている。

ケーラー多様体上でリッチ曲率は、その多様体の第一チャーン類を mod トーションで決定する。しかし、一般のリーマン多様体上でリッチ曲率はこれに類似する位相的解釈を持たない。

大域的幾何、大域的トポロジーとリッチ曲率

これは正のリッチ曲率をもつ多様体に関する大域的な結果の短いリストである。

手短に述べれば、正のリッチ曲率は極めて位相的な結果を持つが、一方(少なくとも 3-次元で)負のリッチ曲率は位相的には何の含みもない。

  1. マイヤーの定理は、完備リーマン多様体上でリッチ曲率が (n − 1)K < 0 で下から抑えられるとき、その多様体の径が π/√k 以下であり、等号成立はその多様体が定曲率 k の球と等距である場合に限ることを述べている。ここから正のリッチ曲率をもつ任意の閉多様体は有限な基本群を持たなければならない。
  2. ビショップ-グロモフの不等式は、完備 m-次元リーマン多様体が非負のリッチ曲率を持つとき、球体の体積は同じ半径を持つ m-次元ユークリッド球体の体積と同じかそれより小さいことを述べる。さらに vp(R) でその多様体の p を中心とする半径 R の球体の体積を表し、V(R) = cmRmm-次元ユークリッド空間内の半径 R の球体の体積を表すとき、函数 vp(R)/V(R) は非増加である(The last inequality can be generalized to arbitrary curvature bound and is the key point in the proof of Gromov's compactness theorem)。
  3. The Cheeger-Gromoll Splitting theorem states that if a complete Riemannian manifold with contains a line, meaning a geodesic γ such that for all , then it is isometric to a product space . Consequently, a complete manifold of positive Ricci curvature can have at most one topological end.

これらの結果は、正のリッチ曲率が極めて位相的な結果を持つことを示している。対照的に、負のリッチ曲率は(曲面の場合を除いて)位相的な含みをまったく持たないことが今では知られている。Joachim Lohkamp (Annals of Mathematics, 1994) は 2 より大きな次元の任意の多様体は負のリッチ曲率をもつ計量を許すことを示した(曲面に対しては、負のリッチ曲率は負の断面曲率を意味するが、このことはより高い次元ではまるっきり成立しない)。

共形再スケーリング下の振舞い

計量テンソル g を、それに共形因子 e2f を掛けたものに取り替えると、新しい計量

に関する新しいリッチテンソルは

で与えられる。ここで Δ = (d* + d)2 は幾何学的ラプラシアンである。F = e−f と置くと、これを

と書き直すことができる。特に、リーマン多様体上の点 p が与えられたとき、与えられた計量 g に共形で p で消えているようなものは常に存在する。ただし、それが点ごとに言える主張でしかなく、共形再スケーリングによって多様体全体で恒等的にリッチ曲率が消えているようにすることは一般には不可能であることには注意しなければならない。

二次元の多様体に対して、上式は f調和函数であることを意味しているから、共形スケーリング

はリッチ曲率を変えない。

トレースフリー・リッチテンソル

リーマン幾何学および一般相対論において、擬リーマン多様体 (M, g) のトレースフリー・リッチテンソルとは

で定義されるテンソルである。ここで "Ric" は通常のリッチテンソル、"S" はスカラー曲率で、g はその多様体の計量テンソルnM の次元である。この対象の名称には、そのトレースが Zabgab = 0 なる意味で自然に消えることが反映されている。n ≥ 3 ならば、トレースフリー・リッチテンソルが恒等的に消えることと、適当な定数 λ をとって

とすることができることとは同値である。数学的にはこの条件は (M, g) がアインシュタイン多様体となることであり、物理学的には (M, g) が宇宙定数を持つアインシュタインの真空重力場方程式の解となることを述べている。

関連項目

参考文献

  • A.L. Besse, Einstein manifolds, Springer (1987)
  • L.A. Sidorov (2001), “Ricci tensor”, in Hazewinkel, Michiel, Encyclopaedia of Mathematics, Springer, ISBN 978-1-55608-010-4, http://eom.springer.de/r/r081800.htm 
  • L.A. Sidorov (2001), “Ricci curvature”, in Hazewinkel, Michiel, Encyclopaedia of Mathematics, Springer, ISBN 978-1-55608-010-4, http://eom.springer.de/R/r081780.htm 
  • G. Ricci, Atti R. Inst. Venelo , 53 : 2 (1903–1904) pp. 1233–1239
  • L.P. Eisenhart, Riemannian geometry , Princeton Univ. Press (1949)
  • S. Kobayashi, K. Nomizu, Foundations of differential geometry , 1 , Interscience (1963)
  • Z. Shen ,C. Sormani "The Topology of Open Manifolds with Nonnegative Ricci Curvature" (a survey)[1]
  • G. Wei, "Manifolds with A Lower Ricci Curvature Bound" (a survey)[2]