トラックレーサー

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1972年エディ・メルクスがメキシコでアワーレコードに挑戦し世界新記録(49.43195km/h)を達成した際に乗っていたコルナゴ製トラックレーサー(ブリュッセル、エディ・メルクス駅)

トラックレーサーとは、自転車競技トラックレースに使用する自転車である。ピストピストレーサーと呼ぶこともある。同様に舗装路の高速走行を目的とするロードバイクとは共通点が多いが、変速機を持たず固定ギアとなっていることで区別できる。また純粋なトラックレーサーにはブレーキが無い。

日本においては競輪に使用されている自転車も広義のトラックレーサーに含まれている。

トラック競技

トラック競技とは自転車が走るように造られた長円形のトラックを周回し競うもの。ピスト競技とも呼ばれる。タイムトライアル(男子1000m、女子500mのタイムを競う)、スプリント(スクラッチとも呼ばれ、1000mを2-4人で3回走り先着を競う)、個人追い抜き、団体追い抜き、ポイントレース(中距離:全周回数にいくつかチェックポイントがあり、そこでの先着順にポイントを与え、トータルポイントを競うもの)、マディソン(2人ペアで行うポイントレース)などがある。このうちスプリントでは過去に10連覇を果たした日本人の中野浩一が世界的に有名である。

構造

基本的にロードバイクよりもシンプルな構造をしている。また競技用自転車としてはトラックレーサーは(トラック競技がなかった時代からの)最も古い形態でもある。なお現在は部品を含めた車体の総重量が6.8kg以上でないとレースに使用できない規定がある。

フレーム

現在はカーボンコンポジットによるフレームが主流であり、過去にはアルミクロムモリブデン鋼など鋼材を使用したフレームが中心であったが、世界選手権ではほぼカーボンフレームのみが使われている。

駆動系

トラックレーサーはギアがフリーホイールではなく固定(ハブに小歯車が固定されている)で、走っている間は常にペダルを回さねばならない。幼児用自転車/三輪車と同じである。

ブレーキ

競技専用であるためブレーキはない。必要な場合は専用のものを別に取り付ける(フォーククラウンとシートステーブリッジに穴が空けられていないのでロードバイク用の物は着けられない)。止まるときはペダルを逆に踏んで止まる(“バックを踏む”と言う)。ビーチクルーザーなどのコースターブレーキとは違い、タイヤと直結したクランクの回転を抑える事で減速及び停止する。

日本国内において、保安部品(特に前後ブレーキ)を備えない状態では道路交通法の定めにより公道を走ることはできない。公道用としてピストフレームの後方のシート部(シートステイ)に板を挟んで取り付けるタイプのブレーキが売られている。しかし公道を走るためには道路交通法、内閣府令により“前車輪及び後車輪を制動する”とされている為、法律を遵守して公道練習を行うためには大改造が必要となる[1]

ブレーキが無い理由は軽量化や構造の簡素化による車体故障の防止だけではなく、最接近して争うトラック競技において走行中のブレーキは即接触となり重大な落車事故に繋がりかねないためである[2]

車輪

トラックレースは屋外の競技場で行う場合もあるが屋内の板張りトラックで行うため、非常に細い高圧タイヤを使う場合が多い。車輪もトップレベルでは前輪に流線型の翼断面を持つカーボンアームホイール、後輪にはディスクホイール[3]を使うことが多い。

国際競技などで使われるものの車軸径は前9mm、後10mmであるが競輪では双方とも8mm軸を使う。オーバーロックナット寸法(車輪を車体に止める幅)は前100mm、後110mm、または120mm(ダブルコグ)である(通常のロードバイクは前100mm、後130mm、マウンテンバイクは前100mm、後135mmである)。

ダブルコグ両切り)とは後ろ車輪の両側に違う大きさの歯車(スプロケット、コグ)を取り付け、車輪を裏返すことでギア比を変えるものである。練習用に、ダブルコグの片方にフリー機構の付いた歯車をつけることがある。古くは片側に2枚をつけられ、必要に応じてチェーン架け替えが出来る物もあった。

ハンドル

ハンドルはいわゆるドロップハンドルの一種であるがロードバイクのように“長時間乗るため、いろいろな場所を握り、乗る体勢を変えて疲労を防ぐ”という目的ではなく、“ハンドルの下端を握り、最大限の力をペダル、クランクへかける”という目的で使われる(優勝するためにゴールスプリントで行なう全力疾走を特に“もがく”と呼ぶ)。ロードバイクがバーテープというテープ状の滑り止めを巻くのに対し、トラックレーサーは筒状のスリーブをハンドルにかぶせる場合が多い。

ロードバイク用ハンドルバーに水平部分があり「マースバー」と呼ばれるのに対し、トラックレーサー用は水平部がない曲線のみで構成され「ピストバー」と呼ばれる。材質も、弱い材料だと使っているうちに金属疲労で折れたりちぎれたりしないとも限らないので、ロードバイク用は軽量化のためアルミ材が普通であるのに対し、トラックレーサー用は鉄系材料を使用し剛性優先となっている。DH(ダウンヒル)バーのようなタイムトライアル専用のハンドルを使用することもある。

ステム(ハンドルを車体フォーク部に取り付ける部品)に「天返し」というタイプを使い簡単にハンドル上下をひっくり返せるようにしたものもある。

その他

1980年代には前輪を後輪より小さくして極端な前屈姿勢になる事で空気抵抗の低減を狙ったもの(ファニーバイクと呼ばれ前24-26インチ、後ろ26インチ-700cなどを使った)が存在したがUCIの競技規定により、現在は使われなくなった。1990年代にはトライアスロン用のDHバー(ダウンヒルの略)と呼ばれるハンドルをトラックレーサーに装備して、またヘルメットの形状を前傾した背中と一線にしたデザインに仕上げ(エアロヘルメット)空気抵抗を減らす試みが登場した。初めて用いたのはシステムUチームのローラン・フィニョンである。

競輪向けトラックレーサーには通常のトラックレーサーとは異なる部品も使われており、全ての部品に競技の公正さを担保するため『NJS規格』に適合したものを使用する義務がある。なお、ペダルに関しては全てクリップアンドストラップモデルのみで、ビンディングペダル及び対応シューズに規格基準を通過した製品は存在しない。詳細は競輪#競輪用自転車を参照。

競技以外での利用

トラックレーサーは速く走るための自転車であるが固定ギアであるためペダルを踏む足で微妙にスピードを調整し、ゆっくり走る事もできる。

複雑な変速機構等を持たない、非常にシンプルな構造で整備性・耐久性に優れ、メンテナンスが簡単かつ安価に済むという理由からメッセンジャー達がニューヨークなどで1970年代後半-1980年代にかけてトラックレーサーの使用を開始し1980年代にはケビン・ベーコン主演で映画化された。

日本国内では法令によりノーブレーキピストの公道走行は禁止されており、またそのような車両にはねられた歩行者が死亡したり重傷を負ったりする事故も相次いで発生した。法令に違反するのみならず、事故の危険も大きいため、警察は交通違反切符を切るなど取り締まりを強化している。道路交通法の運用方針も改められて自転車の車道走行ルールが明確化されることとなった。

自転車で歩行者をはねて死亡させたり重傷を負わせた場合、民事訴訟で数百万~5,000万超の高額賠償を命じる判決が相次ぎ、また主要4地裁の裁判官が「歩行者に原則過失なし」との見解を法律雑誌に掲載した(「交通事故損害賠償実務の未来 第4回「自転車事故と過失相殺」」『法曹時報』第62巻第3号、法曹会、2010年3月、27頁、ISSN 00239453 )。

脚註

  1. ^ 過去に放映された「KEIRIN」のCM映像では公道練習用の前後ブレーキ付き車種が登場した。
  2. ^ 速度は大きく異なるが、オートレース競走車にブレーキが無いのも同様の理由である。
  3. ^ 細い金属製スポークを数十本使用して組み上げた一般的なものではなく、ホイールそのものが円盤状になっているもの。スポークの空気抵抗による駆動力損失が発生しない為、横風が無い状態では有利(ふじいのりあき 2008, pp. 26–30)。

参考文献

  • ふじいのりあき『ロードバイクの科学: 理屈がわかれば、ロードバイクはさらに面白い! : そうだったのか!明解にして実用!』スキージャーナル〈SJセレクトムック No.66〉、2008年。ISBN 9784789961653NCID BA85756326 

関連項目