赤木曠児郎

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赤木 曠児郎(あかぎ こうじろう、1934年(昭和9年) - )は、日本の洋画家

概要[編集]

岡山県岡山市下田町(現:岡山市北区田町二丁目、中央町)に生まれる。その後、家が戦災で焼け出されたため各地移転。第2次大戦後、現住所(岡山市東区西大寺)において、母が洋裁学校を開き、そこに住む。父は国鉄職員。

岡山大学理学部物理学科を卒業後フランスに渡り、現在はパリ在住。油彩水彩リトグラフによるパリ、フランスの風景を描き続ける。ル・サロン展油絵金賞を受賞し、終身無鑑査。その他フランス大統領賞受賞等。

また、岡山県の山陽放送に月に1回程度「パリ通信」を寄稿している。

経歴[編集]

  • 1934年(昭和9年) - 岡山市生まれ
  • 1956年(昭和31年) - 国立岡山大学理学部物理学科卒
  • 1963年(昭和38年) - 渡仏・パリ在住 パリ高等国立美術学校ブリアンション教室・マテー教室/外人聴講生在籍

(以来フランスの各種具象美術団体展に出品)

受賞[編集]

  • 1971年(昭和46年) - サロン・デ・ザルチスト・フランセ (ル・サロン) 水彩画部金賞
  • 1974年(昭和49年) - サロン・デ・ザルチスト・フランセ (ル・サロン) 絵画部金賞・終身無鑑査
  • 1975年(昭和50年) - ツーロン美術館国際展第一席フランス大統領賞
  • 1994年(平成6年) - 紺綬褒章 (日本)
  • 1998年(平成10年) - 紺綬褒章棒章 (日本)
  • 2002年(平成14年) - サロン・ナショナル・デ・ボザール(SNBA)展ピュビス・ド・シャバンヌ賞
  • 2002年(平成14年) - 外務大臣表彰・銀盃 (日本)
  • 2005年(平成17年) - 旭日小綬章 (日本)
  • 2011年(平成23年) - サロン・ドートンヌ2011年展絵画賞を友の会より受賞
  • パリ15区、ブールジュ市、ツール市、デゼルチン市、マント・ラ・ジョリ市、グレ・シュール・ロアン市、キンシー・スー・セナール市、ル・プレッシ・トレビス市、カーニュ・シュール・メール市、ブロア市、ロアール・エ・シェール県庁等各地の展覧会に名誉主賓招待、県・市・金賞などを受賞している他に、渡仏以来モード記者としても昭64年頃まで活躍、1975年(昭和50年)フランスモード産業振興功労ジャーナリストとして「金の針賞」を、フランス婦人服プレタポルテ連盟から授与もされている。

団体[編集]

  • 1963年(昭和38年) - 日本美術家連盟会員
  • 1968年(昭和43年) - アンデパンダン展会員
  • 1970年(昭和45年) - サロン・ドートンヌ展会員
  • 2002年(平成14年) - ソシエテ・ナショナル・デ・ボザール名誉副会長

外部リンク[編集]