衆議院解散要求決議案

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索

衆議院解散要求決議案(しゅうぎいんかいさんようきゅうけつぎあん)とは、内閣に対して衆議院の解散をすることを要求する国会の決議案のこと。内閣不信任決議案のように法的な手続が規定されたものではなく、任意の決議案の一種である。

目次

[編集] 概要

日本国憲法では第7条と第69条に衆議院解散の規定がある。憲法第69条では内閣不信任決議が可決されて10日間に内閣総辞職をしない場合は衆議院解散をしなければならないが、それ以外でも7条に基づいて内閣が任意に衆議院解散ができるとされている。

これに対し、衆議院による自主解散権を認める学説・解釈も存在するが、仮に自主的解散決議成立の要件を全会一致でなく過半数で可とした場合、議院の多数派により少数派の議員の地位を失わせることとなり、それを可能とするためには憲法・法律上の明文の根拠が必要であるとして、多数派の学説・解釈としては採用されていない。

衆議院の解散手続を内閣に求める内容の決議案が衆議院本会議で採決に至った例はあるが、いずれも賛成少数により否決されている。仮に可決されても、それを受けて内閣が衆議院解散の助言と承認を天皇に対して行う義務と手続を直接的に定めた条項がないため、法的拘束力のない(政治声明的な)決議の一つにとどまるものとされる。

[編集] 衆議院解散要求決議案の例

衆議院解散要求決議案の例
議案提出日 提出者 議題名 内容 議案終結日 採決 票差 備考
1948年2月18日 尾崎行雄 衆議院の解散に関する決議案 国会の決議による
自主解散制度の確立
7月5日 廃案 - - - 直接上程・委員会付託の
いずれもされぬまま廃案(※1)
1948年11月11日 尾崎行雄 衆議院解散に関する決議案 11月30日 廃案 - - - 議院運営委員会にて
審査未了・廃案(※2)
1951年3月26日 三宅正一 衆議院解散に関する決議案 7条解散を政府に要求 3月29日 否決 少数 多数 不明 起立少数
1952年6月30日 三木武夫ほか12名 衆議院解散に関する決議案 7月31日
(日程第一)
否決 102 224 122  
1952年6月26日 井之口政雄ほか21名 衆議院解散に関する決議案 即時解散を主張
(自主解散か7条解散かの言及なし)
7月31日
(日程第二)
- - - - 趣旨弁明及び討論の後、
日程第一の否決により
議決を要せず
(一事不再議原則を適用)
1956年3月20日 淺沼稻次郎ほか5名 衆議院解散要求に関する決議案 7条解散を政府に要求 3月20日 否決 142 247 105  
1956年12月12日 淺沼稻次郎ほか3名 衆議院解散要求に関する決議案 12月13日 否決 129 258 128  
1957年2月27日 淺沼稻次郎ほか3名 衆議院解散要求に関する決議案 2月28日 否決 145 251 106  
1958年2月1日 淺沼稻次郎ほか3名 衆議院解散要求に関する決議案 2月3日 否決 151 256 105  
1959年12月25日
(22時15分 ※3)
淺沼稻次郎ほか4名 議会政治擁護のための
衆議院解散に関する決議案
12月26日
(日程第一)
- - - - 「あと回し」の動議可決後、
日程第二の否決により
議決を要せず
(一事不再議原則を適用)
1959年12月25日
(16時15分 ※3)
伊藤卯四郎 日米安全保障に関する新条約調印前に
衆議院の解散を要求する決議案
12月26日
(日程第二)
否決 30 195 165  
1989年5月27日 山口鶴男ほか5名 衆議院解散要求に関する決議案(決議第3号) (不明) 6月8日 撤回 - - - 提出者により上程前に撤回
1989年6月8日 山口鶴男ほか5名 衆議院解散要求に関する決議案(決議第4号) 6月14日 撤回 - - - 提出者により上程前に撤回
1989年6月14日 山口鶴男ほか2名 衆議院解散要求に関する決議案(決議第5号) 7条解散を政府に要求 6月21日 否決 少数 多数 不明 起立少数
2008年12月24日 鳩山由紀夫ほか2名 衆議院解散要求に関する決議案(決議第1号) 7条解散を政府に要求 12月24日 否決 少数 多数 不明 起立少数
  • 原則として院への決議案提出日順に記載。ただし、「同種案件が同一日程で上程される場合は(緊急上程を除き)提出順によらず提出者の構成会派の大小順に議事日程に載せる」との先例により議事日程において逆順となったものは当該日程順に記載。
  • 1951年3月26日以降のすべての議案(撤回されたものを除く。)は、委員会審査が省略され、本会議へ直接上程されている。
  • ※1 提出者は委員会審査省略案件としてその旨の要求書を付したが、議会解散に関する議案は日本国憲法施行下で初の事例であったため、1948年5月17日の議院運営委員会において(委員会付託とするか委員会審査省略とするかを含め)取扱いが協議されたが結論が出ず、委員会への付託も本会議への直接上程もされぬまま会期終了となった。
  • ※2 提出者は委員会審査省略案件としてその旨の要求書を付したが、議院運営委員会の決定により、審査省略(直接上程)を認めず同委員会に付託することとされたため、当該要求書は提出がなかったことにされた。これを受け同委員会で審査がなされたが、未了のまま会期終了となった。なお、これに関連して同月16日の本会議で同提出者が「衆議院の解散に関する緊急質問」を行い、内閣総理大臣吉田茂が答弁している。
  • ※3 1959年12月25日提出の2議案については、「議事日程順序における大会派優先」の先例により、衆議院公報掲載の議事日程では後出のものが日程第一となったが、採決前日の議院運営委員会に日程第一の提出者会派(社会党)議員が欠席し調整ができなかった(日程第二の提出者会派(社会クラブ)議員は出席した)ため、「あと回し」の動議可決により日程第二が先に採決された(1952年6月26日の2案上程の例と異なり趣旨弁明・討論は日程第二についてのみ行われた)。
  • ※1及び※2の決議案は、時の議院構成・政情等への不満をもとに自主解散又は内閣による解散を求めた即時的なものではなく、国会の決議による自主解散の普遍的な制度を確立することを求めたものである。

[編集] その他

地方議会の場合は、地方公共団体の議会の解散に関する特例法に基づき、議会による解散決議に法的根拠が存在する。

[編集] 関連項目

個人用ツール
名前空間

変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス