蒋光ダイ

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本来の表記は「蒋光鼐」です。この記事に付けられた題名は記事名の制約から不正確なものとなっています。
蒋光鼐
Jiang Guangnai.JPG
プロフィール
出生: 1888年12月17日
光緒14年11月14日)
死去: 1967年6月8日
Flag of the People's Republic of China.svg 中華人民共和国北京市
出身地: 清の旗 広東省広州府東莞県
職業: 軍人・政治家
各種表記
繁体字 蔣光鼐
簡体字 蒋光鼐
拼音 Jiǎng Guāngnài
和名表記: しょう こうだい
発音転記: ジアン グアンナイ
ラテン字 Chiang Kuang-nai
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蒋 光鼐(しょう こうだい)は、中華民国中華人民共和国の軍人・政治家。国民政府国民革命軍)の軍人で、粤軍(広東軍)の指揮官。後に福建事変に参加した。憬然

事跡[編集]

粤軍における軍歴[編集]

祖父は進士、父は塾教師の家庭に生まれたが、蒋光鼐が生まれた当時はすでに家は貧しかった。1905年光緒31年)、成績優秀のため学費免除で東莞師範学堂に入学する。この時に中国同盟会に加入した。1906年(光緒32年)、広州に移り、黄埔陸軍小学第2期で学んだ。1909年宣統元年)、南京第4陸軍中学に入学する。1911年(宣統3年)10月、辛亥革命が勃発すると、武昌へ急行し、革命派の軍に参加して清朝の軍と戦っている。

1913年民国2年)の二次革命(第二革命)にも参加した。しかし敗北して日本に亡命し、大森浩然廬学校で学ぶ。1914年(民国3年)には、中華革命党に加入している。帰国した後は、護法運動に参加し、東征(陳炯明討伐)などで軍功を重ね、順調に昇進した。

1925年(民国14年)7月の国民政府成立の際には、陳銘枢が率いる国民革命軍第4軍第10師において副師長に就任している。民国15年(1926年)の北伐では、蒋光鼐は陳銘枢に従って力戦奮闘して、呉佩孚率いる直隷派を撃破し、国民革命軍第4軍が「鉄軍」と呼ばれる栄誉に貢献した。武漢攻略後、第10師は第11軍に拡充され、蒋は第11軍副軍長兼第10師師長に任命された。

第19路軍結成と淞滬抗戦[編集]

蒋光鼐別影

1927年(民国16年)、蒋介石による上海クーデターが発生すると、蒋光鼐は陳銘枢に従って蒋介石を支持し、北伐から離脱した。その後も蒋介石を支持して、反蒋介石派の軍勢と戦い、軍功を積み重ねている。1930年(民国19年)8月、蒋介石の命令により、第19路軍が編制され、蒋光鼐が第19路軍総指揮、蔡廷鍇が第19路軍軍長に任命された。

1931年(民国20年)から、江西省などで中国共産党掃討に参戦した。しかし紅軍は想像以上に戦闘力が高く、苦戦を強いられる。この苦戦のために蒋光鼐は、蒋介石の共産党掃討の姿勢に疑念を抱き始めることになった。その後、第19路軍は、南京上海の防衛線に動員されている。

1932年(民国21年)1月、日本軍が上海に進軍してくると、蒋光鼐と蔡廷鍇は防衛線を堅持し、日本軍を迎撃することを決断した。1月28日、両軍の交戦が開始された(第一次上海事変、淞滬抗戦)。以後、30日以上に渡り、蒋・蔡は懸命に抗戦したが、最後は兵力・火力で勝る日本軍の前に撤退した。しかし、この時の第19路軍の果敢な戦いぶりは、中国国内から大きな評価を得ている。

福建事変[編集]

上海事変後、第19路軍は蒋介石の命令により、共産党掃討のために福建省へ動員されることになった。しかし、蒋光鼐と蔡廷鍇は、安内を攘外に優先させる蒋介石の方針に反発を募らせ、密かに蜂起の準備を進める。1933年(民国22年)1月、蒋光鼐は福建省政府主席兼民政庁長に任命された。

そして、同年11月、蒋光鼐と蔡廷鍇は、李済深・陳銘枢らを迎え入れ、福建人民政府を樹立し、蒋介石に反旗を翻した(福建事変)。蒋光鼐は、人民(革命)政府委員、財政部部長に就任している。しかし、蒋介石の反撃は素早く、わずか2か月で福建人民政府は崩壊した。第19路軍は解体され、蒋光鼐は香港に逃亡した。

晩年[編集]

1937年(民国26年)、日中戦争(抗日戦争)が全面勃発した後に、蒋光鼐は蒋介石の国民政府に復帰する。第4戦区長官部参謀長、第7戦区副司令長官などを歴任し、対日戦の前線に立った。1946年(民国35年)、李済深らが中国国民党民主促進会を結成すると、その発起人となっている。

中華人民共和国が成立すると、蒋光鼐は北京入りし、新政権に参加した。以後、北京市政府委員、(中央)紡績工業部部長、全国政治協商会議常務委員、中国国民党革命委員会中央常務委員などを歴任した。

1967年6月8日、北京で病没。享年80(満78歳)。

参考文献[編集]

 中華民国の旗 中華民国国民政府
先代:
楊樹荘
福建省政府主席
1932年12月 - 1933年12月
次代:
陳儀