盤庚

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
盤庚
19帝
王朝
都城
姓・諱 子盤庚
祖丁
卜辞では、象甲と作る。

盤庚(ばんこう)は殷朝の第19代帝。帝陽甲の弟。

盤庚は、殷滅亡までの最後の首都殷墟(河南省安陽市)へ遷都したとされる[1]。ただし甲骨文資料からは殷墟(大邑商)の築営は武丁の代と考えられる。

董作賓による卜辞の研究において、盤庚の治世中の『二十六年第三月甲牛十六日』に月食の記録があった事を発見し、それを天文学によって割り出した結果、紀元前1373年3月27日の事と割り当てている。更にこの月食は殷墟がある安陽では見られず、地方からの報告によって記録されたものであり、当時の殷の支配地域がかなり広い範囲に及んでいた事が判明している。[2]

史記によれば、盤庚は、安陽ではなく、黄河の南に渡って成湯の故地である亳に遷都したとする。この時、諸侯や民衆は度重なる遷都(殷は成湯の頃から盤庚のこの回まで5回遷都した)に憤ったが、盤庚は成湯の頃の善政を復興させるのだと言って押し切った。盤庚はその言葉どおり成湯の頃の善政を復興させたので、殷の勢いはまた強くなった。

脚注[編集]

  1. ^ 竹書紀年より
  2. ^ 陳舜臣 『中国の歴史』(1) 172頁。