津村泰彦

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津村 泰彦(つむら やすひこ、1947年4月2日 - )は、日本のギタリスト作曲家編曲家神奈川県葉山町出身。録音業界を裏で支えた1970 - 1980年代のスタジオミュージシャン界を代表するトップギタリストの1人。クラシック、ジャス、ポップス、演歌、アニソン、CMソング、映画音楽など、20年余りの活動期間におこなったギターでのレコーディング件数は優に数万曲を超える。基本的に演奏の編集や修正を行う事が難しい当時の録音現場においてリズムの安定感と繊細なテクニックで業界から重宝され圧倒的な人気があった。表舞台にでることはほとんどなくスタジオミュージシャンとして裏方に徹した。今日のギタリスト達に一般に浸透しているギターテクニックの数々を生み出した。

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[編集] 来歴

幼児期にヴァイオリン、思春期にウクレレとギターを手にする。 アマチュアバンドを経て、法政大学在学中、ザ・ダウンビーツ(コロムビア・レコード)「素敵なタミー」でデビュー。シングル4枚をリリース。その後、寺本圭一とカントリージェントルマン、石津啓介とバンダルス、ミッキーカーチスとバンガーズ他のグループを経て、木村好夫に師事する。

1968年森寿男とブルーコーツに入団。英国への音楽留学を経て、プロ・ミュージシャンとしてフリーに活動を開始。横田俊明(フルート室内楽)、松岡直也(ラテン)、森山良子(フォーク)、越路吹雪(ミュージカル)などと共演し、その他、多くの歌手のツアーをサポート。

1973年 - 1980年にかけて3回の渡英。75年 - 85年にかけて5回の渡米。

1980年インドおよびシルクロード。1981年韓国。1990年旧ソヴィエトなど広く世界に演奏の場を求め、演奏活動を展開し、演奏技術、感覚、欧米のセッションワーク、文化、言語等を実体験し、学び、身につけた(シンギング・イン・ザ・レイン、コーラス・ラインなどの世界ツアーに参加)。そこで獲得したスキルが現在にいたる音楽活動の基盤となった。

特に1970年代 - 1980年代、ピンクレディー井上陽水吉幾三にいたるまでわが国の幅広い音楽制作の現場に第一線のスタジオ・ミュージシャンとして寄与したと言える。そして、20,000曲に及ぶ録音実績とフィーチャリング・アルバム(サンサーラ、アッサラム・アレィコム)2枚を残して、DTMでの録音編集が一般的になった1980年代後半に引退。

2000年キム・ヨンジャのニューヨーク録音を期に、大木トオルバーナード・パーディーコーネル・デュプリー(Stuff)、ゴードン・エドワーズ(Stuff)、デヴィッド・スピノザなど、現地のミュージシャンと親交を深め、2007年から作曲家・後進のサポーターとして音楽文化活動をしている。

また最近のミュージシャン活動としては、2009年2月19日にウクレレによるアルバム「湘南」を発売したほか、2010年7月には津村がウクレレやギターでアニメやゲームの楽曲を弾く動画がYouTube,ニコニコ動画に多数投稿され、話題を呼んだ[1]

[編集] ライブ、レコーディングでギタリストを務めたアーティスト

他多数

[編集] 楽曲提供

[編集] 脚注

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[編集] 外部リンク


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