曹雪芹

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北京の曹雪芹像

曹 雪芹(そう せっきん、1724年頃-1763年頃)は朝・乾隆時代の中国の作家。名は霑、雪芹は字(字を芹圃、雪芹を号とする異説もある。また生没年についても異説がある)。清朝の八旗軍に属する旗人の家柄で、北宋の名将曹彬の子孫と称する。中国を代表する古典小説「紅楼夢」の作者とされる。「紅楼夢」の出版を援助し評論を付した脂硯斎は雪芹の一族という説が有力である。

経歴[編集]

曹雪芹の家は曾祖父曹璽の代から三代四人にわたって江寧織造の職につき、江南で清朝のために情報収集活動を行っていた。なかでも祖父曹寅康煕帝乳兄弟であったことから帝の寵愛を受け、莫大な富を蓄積したが(文人袁枚が所有として有名になった「随園」はもと曹家の別荘であった)、雍正帝の時代になると寵愛は失われ、家産は没収された。一家は後に北京に移り、曹雪芹が紅楼夢を書いた18世紀半ばには窮貧はなはだしく、これによって今でも曹雪芹の伝記についてはわからないことが多い。困窮の中でもっぱら「紅楼夢」の完成に精魂を傾けた。ただし、現行百二十回中曹雪芹の書いた部分は八十回までで、残りの部分は散逸または筆禍を恐れて破棄されたという。

曹雪芹は画才に優れていたといわれ、宮廷画家の声がかかったこともあったという。

中華人民共和国で、曹操70世、曹髦67世の子孫を自称する曹祖義によると、一族の間では、曹雪芹もまた、曹操の末裔と伝承されていたという[1]

参考文献[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 朝日新聞2012年6月1日 春日芳晃 「〈@ニューヨーク〉曹操「70代目」の子孫との対話