摩文仁賢榮

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摩文仁 賢榮(まぶに けんえい、1918年2月13日 - )は糸東流空手道第二代宗家。糸東流空手道流祖・摩文仁賢和の長男として、沖縄県首里市(現、那覇市首里)に生まれる。幼少より常に父の側にあって修行に励む。文字通り「空手」の歴史の生き証人である。

経歴[編集]

著書[編集]

技術書[編集]

  • 『空手道』(愛隆堂、1955年
  • 『空手道教範』(愛隆堂、1968年
  • 『テクニック空手』(愛隆堂、1979年
  • KARATE-DO Shitô-ryu(SEDIREP, 1989年)フランス語
  • KARATE-DO TRADITIONNEL SHITÔ-RYU(SEDIREP, 1995年)フランス語
  • SHITO-RYU KARATE-DO (Dominie Press Pte. Ltd., 1997年)英語

思想書[編集]

  • 『武道空手への招待』(横山雅彦編、三交社2001年
  • LA VOIE DE LA MAIN NUE -- invitation et karaté-do (DERVY, 2004年)フランス語訳
  • Leere Hand - Vom Wesen des Budô-Karate(PALISANDER,2007年)ドイツ語訳
  • Empty Hand - The Essence of Budô Karate(PALISANDER,2009年)英語訳

すぐれた身体論的・思想史的論考として、(空手界よりむしろ)学術界で評価が高い。スポーツ科学や身体論の参考図書として、ほとんどの大学図書館に備本されている。フランス語版(LA VOIE DE LA MAIN NUE -- invitation et karaté-do)は、ミッテラン大統領の政治顧問で、エクス・マルセイユ大学ブルーノ・エチエンヌ教授が激賞、序文および解説を著わしている。[1]2007年にはドイツ語版(Leere Hand - Vom Wesen des Budô-Karate)、2009年には英語版(Empty Hand - The Essence of Budô Karate)も出版された。[2]

(書評)<学際研究としての武道> [3]