弥勒寺跡 (関市)
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弥勒寺跡(みろくじあと)は、岐阜県関市池尻にある史跡である。
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[編集] 概要
美濃地方の豪族身毛津(むげつ)氏の氏寺と推定される古代寺院址である。1953年以降、石田茂作らによる発掘調査が行われ、金堂を西、塔を東に配する法起寺式伽藍配置の寺院であったことが確認された。金堂、塔のほか講堂、南門、掘立柱塀、掘立柱建物、竪穴住居などの跡が検出されている。出土瓦の年代から7世紀後半の創建と推定される。
弥勒寺はその後廃寺となっていたが、近世に「円空仏」の作者として知られる円空が再興した。元禄2年(1689年)に園城寺(三井寺)の末寺となったことが記録にみえる。円空は元禄8年(1695年)にこの地で没した。
1959年、「弥勒寺跡 附:丸山古窯跡」の名称で国の史跡に指定された。1980年に保存管理計画が策定され弥勒寺跡史跡公園として整備されている。この一帯には弥勒寺官衙遺跡(弥勒寺東遺跡)、弥勒寺西遺跡があり弥勒寺官衙遺跡群として発掘調査が継続されている。2007年には周辺の遺跡が史跡に追加指定され、指定名称が「弥勒寺官衙遺跡群」と改められた。
[編集] 遺構
- 塔
- 基壇:一辺38尺(11.5m)の正方形。高さ3尺(0.9m)程の石積。
- 構造:塔心礎と3×3間で一辺21尺(6.36m)・7尺(2.12m)等間の側柱。内4個の礎石が残存する。
- 金堂
- 基壇:49.1尺(14.88m)×41尺(12.42m)程の石積。その上の8個の礎石が残存する。
- 構造:四面廂を入れて桁行5間 36尺(10.9m)・7.3尺(2.21m)等間×梁行4間 27尺(8.18m)・6.9尺(2.09m)等間。
- 講堂(1998年調査)
- 基壇:24×14m
- 構造:四面廂付。廂(ひさし)は約8尺(2.4m)程、身舎桁行5間(15m)×梁行2間(6m)の約10尺(3m)等間。
[編集] 出土品
- 川原寺式の複弁蓮華文軒丸瓦、四重弧文軒平瓦、凸面布目平瓦。
- ※出土した遺物の一部は関市円空館の常設コーナーにて展示。