円空入定塚
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円空入定塚(えんくうにゅうじょうづか)は、岐阜県関市にある、江戸時代の遊行僧円空が入定したと伝えられている塚である。
円空は日本各地を遊行し、「円空仏」と呼ばれる、独特の作風の仏像を多数残した。晩年の円空は飛鳥時代後期に創建され、その後廃寺になっていた弥勒寺を再興し、ここを自坊とした。円空は64歳の時(元禄8年(1695年)7月13日)、己の死期を悟り、弟子に後事を任せる。そして弥勒寺の南に位置するこの長良川河畔に穴を掘り、多くの里人に見守られ念仏を唱えながら自ら土に埋もれ入定を果たした。
弥勒寺の山中には藤が繁茂しており、円空は「この藤が咲く間は、この土中に生きていると思ってほしい」と言い残しこの世を去った。この円空入定塚は現在、藤棚の下にあり季節になると藤の花が咲き誇っている。
1973年(昭和48年)2月14日に岐阜県の史跡に指定されている。
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[編集] 所在地
- 〒501-3264 岐阜県関市池尻
[編集] アクセス
[編集] その他
- 円空の墓は弥勒寺跡の山中に存在する。