原因論

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ヴェネツィアマルチャーナ図書館所蔵の15世紀ラテン語写本

原因論』(げんいんろん、ラテン語: Liber de causis[1]、または『純粋善について』(じゅんすいぜんについて、アラビア語: Kitab al–ḫayr al–maḥḍ[1]は、中世哲学イスラム哲学の書物。9世紀ごろ成立。作者不詳。新プラトン主義的な第一原因を主題とする。新プラトン主義伝来史の重要資料。

成立・伝来[編集]

5世紀ギリシアで、新プラトン主義者のプロクロスギリシア語で『神学綱要英語版』を書いた[2]

9世紀ごろバグダードで、キンディーの知的サークルに属する何者かが、この『神学綱要』をアラビア語翻訳翻案して『純粋善について』を書いた[1]

12世紀ルネサンススペインで、トレド翻訳学派クレモナのジェラルドが、『純粋善について』をラテン語に翻訳した。この訳書が『原因論』と呼ばれ、アリストテレスの著作と誤伝して広く読まれた[1][3]偽アリストテレス英語版文献)。

13世紀スコラ学者のアルベルトゥス・マグヌスロジャー・ベーコントマス・アクィナスブラバンのシゲルスガンのヘンリクスらが、『原因論』の注釈書等を書いた[3]。とくにトマスは、友人のメールベケのウィリアムが翻訳した『神学綱要』との比較を通じて、本書がアリストテレスの著作でなく『神学綱要』の翻案であると気づいた[1][3]

19世紀、ドイツのバルデンヘワー英語版らが文献学的研究を開拓した[4][5]

ギリシア語の『神学綱要』、アラビア語の 『純粋善について』 、ラテン語の『原因論』いずれも現存する。アルメニア語ヘブライ語写本もある[5]

内容[編集]

全31の命題からなる[1]。これは『神学綱要』の全211の命題を抜粋・再編し、多神教から一神教へと換骨奪胎したものである[1]。内容は神学形而上学存在論認識論[3]などに及ぶ。

日本語訳[編集]

2015年、本書の訳注を作る「原因論研究会」が新プラトン主義協会内に発足し[6]ウェブサイトに成果を公開していたが[7][2]2023年ごろからリンク切れになっている[7]

関連書籍[編集]

  • 岡崎文明『プロクロスとトマス・アクィナスにおける善と存在者 西洋哲学史研究序説』晃洋書房、1993年。ISBN 9784771006300
  • 土橋茂樹 編『存在論の再検討』月曜社、2020年。ISBN 978-4-86503-090-7
    • 西村洋平「『純粋善について』の存在論(一)初期イスラーム哲学のプラトン主義とアリストテレス主義」
    • 小村優太「『純粋善について』の存在論(二)AnniyyahとWujūd」
    • 小林剛「『純粋善について』の存在論(三)esseとyliathim」

外部リンク[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g 堀江聡; 西村洋平 著「プロクロス」、水地宗明; 山口義久; 堀江聡 編『新プラトン主義を学ぶ人のために』世界思想社〈学ぶ人のために〉、2014年、213頁。ISBN 9784790716242 
  2. ^ a b 小林剛「アルベルトゥス・マグヌス『「原因論」註解』における宇宙論」『文学部紀要 哲学』第65号、中央大学文学部、2頁、2023年https://chuo-u.repo.nii.ac.jp/records/17976 CRID 1520577215789597568
  3. ^ a b c d 藤本温「『原因論』と一三世紀のスコラ学」『新プラトン主義研究』第10号、新プラトン主義協会、17f頁、2010年。 NAID 40020803589https://jsns.jp/wp/repo/10/03.pdf 
  4. ^ C.J.de.フォーゲル英語版 著、大谷啓治 訳「Liber de causisに関する若干の考察」『中世思想研究』第9号、中世哲学会、1頁、1967年https://jsmp.jpn.org/jsmp_wp/wp-content/uploads/smt/vol9/1-27_vogel.pdf 
  5. ^ a b 岡崎文明「『原因論』における善一者,有,知性者 : プロクロス及びトマス・アクィナスとの関係において」『中世哲学研究 : Veritas』第9号、京大中世哲学研究会、26f頁、1990年。 NAID 110009664933https://doi.org/10.24517/00000103 
  6. ^ 山崎達也「イスラーム哲学と仏教との存在論的連関 ―井筒俊彦『意識の形而上学』の思想をもとに―」『通信教育部論集』第20号、創価大学通信教育部学会、130頁、2017年。 NAID 120006319730http://hdl.handle.net/10911/00039121 
  7. ^ a b 研究会について - 原因論 原因論研究会”. sites.google.com. 2022年11月2日閲覧。[リンク切れ]

関連項目[編集]