乳岡古墳

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乳岡古墳
位置 北緯34度33分21.1秒 東経135度27分55.6秒 / 北緯34.555861度 東経135.465444度 / 34.555861; 135.465444
所在地 大阪府堺市堺区石津町2丁
形状 前方後円墳
規模 墳丘長150m 
築造年代 4世紀末
埋葬施設 長持形石棺
出土品 碧玉製鍬形石 車輪石
史跡指定 国の史跡(1974年指定)
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乳岡古墳(ちのおかこふん)は、大阪府堺市堺区石津町2丁に所在する前方後円墳百舌鳥古墳群に属しており、国の史跡である。

概要[編集]

百舌鳥古墳群西端の低位段丘末端に位置しており、前方部を南西に向けている。現在、前方部の部分の大半が削平され、消滅しているが、元の全長150m、後円部の径94m、高さ14mを測る。もとは周濠を有したが、埋め立てられている。後円部上には念仏寺という寺院が存在したが、後述の発掘調査後、古墳の西方に移転した。

内部構造と築造時期[編集]

1972年(昭和47年)に内部構造の確認のため、後円部で発掘調査が行われており、粘土で覆われた和泉砂岩製の長持形石棺が確認されている。覆っていた粘土中から碧玉製鍬形石3、同車輪石18など、石製の腕輪類が出土している。確認のための小規模な調査であったので石棺の内部は調査されず埋め戻された。出土遺物から4世紀末頃の築造と考えられ、百舌鳥古墳群では最も時期の遡る古墳である。

参考文献[編集]

  • 『日本古墳大辞典』 株式会社東京堂出版 1989年
  • 『図説日本の史跡 第2巻 原始2』、同朋舎、1991、p.247