三遊亭小円歌

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三遊亭 小円歌(さんゆうてい こえんか、1960年11月3日 - )は、日本の漫談家。本人曰く「日本(=世界)に2人しかいない女流三味線漫談家」。東京都台東区浅草出身。本名、茂木 康子。落語協会所属。三遊亭あす歌を経て現在に至る。

日本舞踊花柳流の名取りで鳳千佐の名を持つ。

[編集] 略歴

  • 1979年 3代目三遊亭圓歌にスカウトされる。
  • 1980年 3月、三遊亭圓歌に正式に入門する。6月には国立演芸場で初高座を踏む。演目は、「三味線漫談(7分)」。
  • 1992年 寄席では初代三遊亭小円歌を襲名。(また、戦後の色物では初めてのこと。)
  • 1993年 第54回国立花形演芸会金賞を受賞。
  • 1994年 第10回浅草演芸大賞新人賞を受賞。

[編集] 備考

今や希少価値の大変高い女流三味線漫談家の小円歌だが、本人によると、師匠の3代目三遊亭圓歌からは、スカウトされる際、「お前を女優にしてやる。」と口説かれ、その気になって入門したものの、気付けば芸人にされていたとのこと。

また、三味線漫談の他に「かっぽれ」などの寄席踊りや、扇子を20本以上も操る「松づくし」なども継承しており、マルチに活躍している。

2005年12月には江戸家まねき猫と共に「遊びまShow!」という二人会を開催。途中、観客として来ていた永六輔もゲストとして緊急出演するなど、大成功を収めた。また、毎年恒例にしようと本人たちはやる気の模様…。

2006年9月23日鈴本演芸場で三味線の調子合わせ中に二の糸を切断してしまい、下座から三味線を借りて続行すると言うハプニングを起こした。その後、借りた三味線を返却した後にかっぽれを見せた。

なお、有名ではないので代数にカウントされていないが、名古屋の雷門小福の最初の師匠が、当時名古屋にいたものの開店休業状態の三遊亭小円歌だったと、自分のHP上で語っている。三遊亭小円歌 (渡辺一博)項目参照。